第21話 この国で最も強い者は誰か?
「……私の話に矛盾、だと?」
「そもそもあなたの話には証拠がない! もし本当にアリス様が今朝方に起きた魔物の襲撃を意図的に起こしたと言うのなら! その証拠はどこにあると言うのですか!」
アルディウスが指摘した矛盾は、ファザード卿の語るアリスに対する疑惑の核心だった。
アリスを疑うに至った核心。それをファザード卿は提示していない。ただ言葉のみでアリスを責め立てる彼の話には、その証拠が全くない。
仮説でしか語らないファザード卿の話は、証拠がなければただの仮説でしかなかった。
「ははっ……なにを言うかと思えば、そこの小娘の無罪が証明できないからと言って強引に論点を変えようとするのは実に浅はかな」
アルディウスの考えを推察したファザード卿が失笑する。
しかしアルディウスは、臆することなく話を続けた。
「では仮に魔物の襲撃をアリス様が起こしたとしましょう。数百の魔物に我が国を襲わせたとして、それをアリス様が自ら殲滅し、自身の力を良く見せようとしたと」
「仮にではない! それこそが事実である!」
アルディウスの告げたもしもの話をファザード卿が否定する。
それこそが事実だと、確信を持っていると周囲に見せつけるほどの声量で告げるファザード卿に、アルディウスは目を吊り上げた。
「それをアリス様が行う必要がないのです! 仮に魔物の大群を我が国に襲わせても、それを殲滅できる力をアリス様が元々持っていなければ襲わせる意味がない! 元より魔物の大群を単独で殲滅できる力を持っているのなら、それをする理由がアリス様にはない!」
「それも全て我々の印象を操作する為に行われた小娘の策略としか考えられないッ‼︎」
「その発言こそ強引としか思えない! あなたが私利私欲のためにアリス様を一方的に貶めようと企んでいるとしか聞こえない!」
「私欲だとッ⁉︎ 我が国の未来を考えれば、この私の考えこそが正しいとなぜアルディウス様は分からぬのだッ⁉︎」
アリスが悪だと語るファザード卿に、アルディウスは再度確信した。
やはりファザード卿は全く理解していない。アリス・フラルエヴァンという人間を少しでも理解していれば、そんな発想など出るはずがないのだから。
「アリス様には名声や名誉に興味関心はない! そしてこの方は面倒事を特に嫌われる方である! そんな方がファザード卿の語る悪行を行うはずがない!」
「それも全て魔女の立場欲しさに小娘が行った演技と思わぬのかッ‼︎」
もし本当にそうだとしたら、どれだけ良かったか。
これまでのアリスの立ち振る舞いと言動。その全てを思い返せば、むしろそう思えた方が幸せだったかもしれない。
しかしアルディウスにはそう思えなかった。この場にいるアリスは、そんな人間ではないと彼は確信していた。
今日一日の苦労を思い返して、アルディウスは口を開いた。
「事あるごとに魔女を辞めようと企む方がそんなことするはずない! 私が止めなければ、この方はもうこの国から立ち去っているッ!」
「……なに?」
「あなたには私の苦労など少しも分からないでしょう! まだ混沌の魔女となったばかりだと言うのに! アリス様は面倒だからと仕事をされる前から辞めようとしている! この方を思い留ませるのがどれほど大変なことかあなたには分からないでしょうねッ‼︎」
おそらく、それはアルディウスの心の底から出た叫びだったに違いない。
なにかと暇があれば、アリスは魔女を辞めたいと口走る。それを止めるのにアルディウスが費やした労力は計り知れない。
もし止めなければ、なにも言われなかったから承諾されたと言い出して、この国からアリスが立ち去る可能性すらある。
これまでのアリスの立ち振る舞いを見れば、そう言い出すとしか思えなかった。だからアルディウスは、毎度必死に止め続けた。
そんなことを平気で行いそうなアリスが、実は魔女を辞めたくなかったなどとアルディウスに思えるはずがなかった。
「ゆえに! ファザード卿の今までの発言はアリス様に対する不敬でしかないッ! 我が国を守護する混沌の魔女様に対する無礼な言葉の数々は、あなたを不敬罪として裁くことすら容易いッ‼︎」
決して、混沌の魔女であるアリスがファザード卿の思うような人間ではないと確信してアルディウスが告げる。
その言葉に、ファザード卿は自身の表情を怒りに染めていた。
「この私が不敬罪だと⁉︎ ふざけたことを抜かすなッ‼︎」
「ふざけてなどいない! アリス様に対する無礼は我らが王に対する無礼と同じこと! もうあなたのこれまでの発言は弁明の余地などなく、不敬罪として裁かれるものだッ!」
「そこの小娘が……我らの王と同じだと⁉︎ やはり惑わされて正常な判断すらできなくなったのか⁉︎」
眉を吊り上げ、顔を歪めたファザード卿がアルディウスを睨みつける。
対して、アルディウスも同じように目を吊り上げてファザード卿を見つめていた。
互いに正反対の意見を告げて、互いに意見を曲げる気などないと表情と態度が物語る。
決して意思を曲げないと互いに二人が睨み合っている時――ふと二人の間に、別の声が割り込んだ。
「じゃあ私がこの国の誰よりも強いって証明すれば……アンタは大人しく捕まってくれるの?」
アルディウスとファザード卿が睨み合う空間の中に、アリスの声が響いた。
呑気な声色で、気だるそうに訊くアリスに、ファザード卿の表情が怪訝に歪んでいた。
「……なんだと?」
「ごちゃごちゃとアンタが好き勝手言うのは別に構わないけどさ、一応私もアンタと同じ人間なのよ……私がなにが言いたいか、分かる?」
肩を竦めながら、失笑混じりでアリスが告げる。
彼女の話に検討がつかないとファザード卿が困惑していると、アリスは深い溜息を吐いていた。
それは、心底呆れたと言っているような溜息だった。
「あんまり私も人のことは言えないけど――ここまで貶されれば嫌でも腹が立つって言ってんのよ。このクソジジイ」
アリスがそう言った瞬間、彼女から魔力が吹き出した。
彼女を中心に、突如として魔力の圧が周囲の人間に襲い掛かる。
その魔力を肌に感じて、咄嗟にアルディウスを始めとした周囲の人間達が揃って杖を構えていた。
それに魔法としての効果は何もない。
ただ魔法使いが身体の中に持つ魔力を吐き出しただけの無意味な行為。
しかしそれを攻撃だと勘違いするほどの異様な圧力は、紛れもなくアリスから提示された敵意だった。
「良いわよ。そこまで言うなら、私が相手になってあげる」
身体から魔力を放出するアリスがそう言ってファザード卿に右手を向け、挑発するような手招きする。
アリスから吹き出した異常な魔力を受けて真顔になったファザード卿に、彼女は続けた。
「別にアンタが相手でも良いし、誰でも良いわ。折角ならこの国の全員が認める最強の人間を連れて来なさいな。その人間に勝てば、名実共に私がこの国で一番強いって認めるわよね?」
そう語るアリスの表情は、実に平然たるもので。
そこから感じる印象は、自身が絶対に負けないと確信している自信だった。
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