第20話 あの邪悪な魔女に断罪を
「皆も疑問を抱いているはずだろう!? あの大魔女の娘だというだけで混沌の魔女の名を授かっただけの小娘が、本当に単独で国と対等に戦える力を持っているのかとッ‼」
アリス達が向ける視線の先で、いまだにファザード卿は大袈裟な身振りで演説を続けていた。
庭園に響く彼の声量は、とても衰えた人間のものとは思えなかった。
おそらく、魔法で声量を大きくしている。そうでもしなければ、ただの老人の叫びがこんなにも大きく響き渡るはずがなかった。
庭園の中で響いていたファザード卿の演説は、間違いなく王城全体にも響き渡っていたのだろう。彼が演説を始めてから、少しずつ騒ぎを聞きつけた人間達が庭園に集まっていた。
「今朝に起きた魔物の襲撃は、既に皆も知ってることだろう! 混沌の魔女がたった一人で魔物の大群を殲滅したとアルディウス様は語るが……果たして、それは事実なのかと皆も思っているはずだッ!」
庭園に集まった人間達がファザード卿の演説に揃って耳を傾ける。
その数多くの視線を浴びながら、彼は語り続けていた。
「皆がそう思うのも当然であるッ‼ 魔法使いの中で最も偉大な大魔女の名を持つあのシャーロット・マクスウェルならまだしも‼ 聞けばまだ二十年しか生きてない小娘の魔法使いに……そんなことができるはずがないッ!」
その演説に、少しずつ周囲の人間達がざわついた。
確かに、そう言われればと、各々がファザード卿の話に呟きながら頷く。
そんな彼等のファザード卿に向けていた視線が、時折アリスへと向けられる。
その視線から感じる彼等の感情は、紛れもなく彼女に対する疑心だった。
「我らが魔法使いの歩む魔法の道は奥深く険しいものだッ! その道を極めることなど至難の業ッ! それを二十歳の小娘程度が極められるはずがない! つまり考えられることは、実に簡単なことだッ‼ 今朝起きた魔物の襲撃! そしてこの場で先程起きた負傷者の治療! その全てはッ‼ そこにいる小娘が自身の立場を確立するために用意周到に仕組んだことだとしか考えられないッ‼」
彼の話を聞いていた人間達の口々から、感嘆の声が漏れる。
ファザード卿の話が、まるで本当のことだと信じる者と今だに信じられないと困惑する者で反応が大きく分かれる。
その周囲の反応が二つに割れるなか、ファザード卿は大きく腕を広げると――この場にいる全員に懇願していた。
「ゆえに私はこの場で皆に提案する! そこにいる小娘から魔女の称号の剥奪を! そしてこの者がこの国で積み重ねた罪を罰することを! 私一人の言葉では決して叶わぬことでも、皆の力が合わされば我らの王も考え直すだろう! どうかこの場にいる皆よッ‼ この私に力を貸してほしいッ‼ 今こそ、我が国を貶めようと企む邪悪な魔女を断罪する時であるッ‼」
長い演説の末――ファザード卿がアリスに人差し指を向けて、そう言い切った。
庭園に集まった人間達の視線が、全てアリスへと向けられる。
嫌悪、疑心、不安と様々な感情が込められた視線が彼女をまっすぐ見つめていた。
そんな視線を一斉に向けられれば、普通の人間なら多少の動揺を見せるだろう。
「ふわぁ……ん? もう終わったの?」
しかしその視線を受けても、アリスは平然とした表情で退屈そうに欠伸をするだけだった。
大きな欠伸をしたアリスがまるで他人事のように呟く。
その全く気にしていないと告げるアリスの態度に、ファザード卿の眉が吊り上がった。
「皆、あの小娘を見よッ! 弁明すらできないということは、やはり私の予想が事実であることの証明に他ならないッ!」
怒りで表情を歪めたファザード卿が庭園に集まった人間達に訴える。
その言葉により、今まで彼の語ったことが事実かもしれないと周囲の人間が思い出した時だった。
アリスに向けられる彼等の視線を遮るように、アルディウスが一歩前に進んでいた。
「ファザード卿ッ‼︎ 口が過ぎるぞッ! あなたがアリス様に宣った数々の侮辱の言葉! 我が国を守護して頂く偉大な魔女様に対する不敬だと知ってのことかッ⁉︎」
アリスを侮辱し、貶める発言を繰り返したファザード卿にアルディウスが叫ぶ。
しかし彼に反論された途端、ファザード卿は大袈裟に頭を抱えて嘆いていた。
「あぁ……‼ なんということだッ‼ これから次期に王となるアルディウス様とあろう者が正常な判断ができないまで魅入られてしまっているッ‼」
「アリス様がそのような下賤なことをするはずないッ! この目で私は見たッ‼ たった一人で魔物の大群を殲滅できるほどの圧倒的な力をッ‼ そして熟練の魔法使いの中でも特に使うことが難しいとされる七節詠唱を杖なしで使用した類稀なる才能をッ‼ それこそ彼女が我が国で最も優れた魔法使いたる証明に他ならないッ‼」
嘆くファザード卿に、アルディウスが反論する。
誰よりもアリスの近くに居たからこそ、彼は知っていた。
圧倒的な力で魔物の大群を殲滅し、扱うことが困難とされる七節詠唱の魔法を杖を使わずに使用できる魔法使いなど、このシャルンティエ王国に存在しない。
その誰よりも優れた魔法の知識と技術を持つ彼女以外に、混沌の魔女の名を授かるのに相応しい魔法使いはいないとアルディウスは確信していた。
「それが間違いであることに何故気づかないッ⁉ どうして仕組まれたことだとアルディウス様は理解されないのだッ‼」
だがファザード卿も、諦めることなく反論した。
そして周囲の人間達に訴え掛けるように、彼は続けた。
「このまま魔女の思惑通りになれば我が国は崩壊してしまうッ‼ ただの小娘に我が国を乗っ取られることを見逃して良いはずがないッ‼︎ この場にいる皆もそう思わぬのかッ‼︎」
ファザード卿の訴えにより、周囲の人間達が様々な反応を見せていた。
頷く者達が大半で、彼等はアリスを悪だと野次を飛ばす。残りの人間達は、ただ困惑した表情で静観している。
時間が経つにつれて、この場に集まった人間達がファザード卿の考えに感化されていく。
そんな彼等を見渡したアルディウスは、苦悶の表情を浮かべながら口を開いた。
「ファザード卿はアリス様のことを全く理解されていないッ! こちらにおられる混沌の魔女様は、自身の名声欲しさに売名行為を働く人間ではないッ‼」
「なにを言うかと思えば、ならばアルディウス様にそれを証明できるのかッ⁉ そこにいる邪悪な魔女が悪事を働かなかったと我々に示すことができるとッ⁉」
失笑交じりに告げるファザード卿の話に、周囲が賛同する。
その声を聞いて、ファザード卿がほくそ笑んだのをアルディウスは見逃さなかった。
その証明をできないと分かっているからこそ、ファザード卿は笑っているのだとアルディウスは察していた。
「ファザード卿……⁉︎」
「できるものなら証明してみよッ! 邪悪な魔女が悪事を働かなかったことを証明できるのならッ‼︎」
「この場に立つ混沌の魔女様は誰よりも面倒事を嫌われる方だッ‼ そのような手間の掛かることをアリスがするわけがないッ‼︎」
「何を言うかと思えば! そのような言い分がこの場で通ると思っているのかッ! そんな戯言を鵜呑みするほど我々は愚かではないッ‼︎」
勝ちを確信したと言いたげに笑みを浮かべるファザード卿の表情に、彼の眉間に皺が寄る。
この場にいる全員のほとんどは、アリスの活躍を見ていない。その全てを、彼等は人伝でしか聞いていない。
ゆえにファザード卿の言い分が容易に通ってしまう。彼女が自作自演で売名行為を行ったと。
アリスの持つ力を直に見た者ならば、そんなことを思うはずがない。しかし見てない人間からすれば、それも信じられないことだと思うのはアルディウスも理解できた。
魔法を扱う二十歳のアリスが、そこまでの力を持てるわけがない。そう皆が思うのも自然な考えだろう。
しかしその考えを周囲に促したファザード卿の話も、言ってしまえば同じことだった。
今までファザード卿が語った話は、アリスの力を見ていないからこそ言える話でしかなかった。
おそらくファザード卿の狙いは、アリスが魔女に相応しくないと周囲に示すことで彼女から魔女の称号を剝奪することだろう。
魔女機関に属する魔女は、王と同等の立場と見なされる。
そして国で最も魔法を扱うことに優れた魔法使いとして、魔法に関する組織を自由に扱える権利を彼女達は与えられている。
魔女の役割のひとつとして担当する国の抱える問題を解決することを強いられている以上、その権利はなくてはならないものだ。
つまり、魔女とはその国の魔法に携わる組織の中で最も権力を持つ人間となる。
それをファザード卿はなんとしてでも防ごうと目論んでいる。
もしこの国から魔女がいなくなれば、この国の魔法に携わる全ての権力は彼の属する魔法協会へと戻る。
それを目論むということは、今まで持っていた権利を失えば彼にとって都合が悪くなるということだ。
その権力によって今まで得ていた利を失いたくないとも考えられるが、アルディウスは違うと予想していた。
国家転覆を目論んでいるという悪い噂が流れているファザード卿なら、その権利を失うことを特別恐れている可能性も十分にあり得る。
大きな組織を自由に動かさなければ、悪事を考え、実行することも難しくなる。
それらのことを考えれば、ファザード卿が一見無謀に見えるような強引な手段を使う理由も頷けた。
「アリス様が無罪であることは証明できるっ!」
「……なんだと?」
しかしそれを安易に許すほど、アルディウスも無能ではなかった。
ここまで強引な手段を使えば、彼にとっても都合が良かった。
今までファザード卿を捕らえる理由がなかったのに、その理由が生まれたのだから。
「ファザード卿よ! あなたが宣うアリス様を侮辱する話には大きな矛盾があるッ!」
そう思って、アルディウスは対抗する。
ファザード卿が事実を隠し、言葉だけでアリスを侮辱して貶めるだけならば――彼にも手段はあった。
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