第51話 言わないのではなく、言えない


 やはり今回起きた一連の騒動は、ファザード卿によって仕組まれたものだった。


 昨日起きた魔物による王都の襲撃。

 自身の息子を操って行われたアリスとの決闘騒動。

 そして王都を守る魔法障壁を破壊した上で行われた魔物達の王都襲撃。


 それらの全てが自身の手によって行われたことだと、アリス達の尋問によってファザード卿は白状していた。


「そんなこと初めから分かってるに決まってるでしょ! 私は! なんでアンタがそんなくだらないことしたのかって理由を訊いてるの!」


 ファザード卿の胸倉を掴んで引き寄せたアリスが空いた手に紫電を纏わせると、それを彼の顔の前に近づけた。


「良いから全部洗いざらい吐きなさい! また私の電気喰らいたいの!?」

「もう全部話した! 一体何度言えば分かるのだッ‼」


 アリスの手から迸る紫電にファザード卿が必死に顔を逸らす。

 しかしアリスは舌打ちを鳴らすと、強引にファザード卿の身体を引き寄せていた。


「ちゃんと話してないから何度も訊いてるのよ! 今更アンタの口から自分が犯人でしたって聞いたところで驚きもしないわよ! その理由を言えって言ってんの!」

「この国を滅ぼしたかったからだと言ってるだろ!」

「だからその理由を吐けって言ってるのよ! 理由もなしに国を滅ぼそうなんて企む人間がいるわけないでしょ!」


 我慢の限界だとアリスが胸倉を掴んでいたファザード卿の頭を紫電を纏わせた手で強引に掴んだ。


 ファザード卿の身体に紫電が駆け抜ける。その激痛に彼が絶叫するが、アリスの魔法によって音が消されてしまう。


 そしてしばらくの間ファザード卿に電撃を浴びせると、アリスは彼の頭から手を離していた。


「ほら! 早く理由を言いなさい!」

「だ、だから王都を滅ぼしたかったからだと――」

「また電気喰らいたいの!」


 紫電が迸る手をアリスから見せつけられて、ファザード卿の表情が引き攣った。


「これ以上話すことはない! 何度も言ってるではないか!」

「詳しいこと全く話してないくせに言ったとか抜かしてんじゃないわよ!」


 必死に抗おうと身体をのけ反らせるファザード卿に、アリスは胸倉を掴む彼の身体を前後に振っていた。


「この国を滅ぼしたかった理由も言わない! あの魔物達を王都に襲わせた方法も言わない! あまつさえ私との決闘の時に使ったあの剣を作った絶縁石の出所も言わない! それで白状した気になってんじゃないわよ!」


 ファザードの身体を激しく揺さぶった後、もう一度アリスが紫電を彼に浴びせていた。

 また声も出せず彼は絶叫した後、震えた声でアリスに告げていた。


「だから、私は――」

「えっ⁉︎ 聞こえないわ? もう一度言ってくれないかしら?」


 ファザード卿の返事を聞く前に、アリスの手が彼の頭を掴んだ。

 そしてまた、彼は無音の絶叫を繰り返していた。


「だ、だから……私は」

「違うわね? 私の耳が遠いのかしら?」


 またファザード卿の身体にアリスの電撃が走り抜けた。


「だか、ら……もう、全部、話した」

「聞こえないわねぇ?」


 またアリスから電撃を受けて、ファザード卿が苦悶する。

 その後、再三に渡ってアリスが同じ質問をしてもファザード卿は変わらない返答を繰り返すだけだった。

 そしていつの間にか気を失ってしまったファザード卿に、アリスは苛立ちながら頭を乱暴に掻いていた。


「あぁもう! なんでさっさと言わないのよ⁉︎」


 いつの間にか気を失っていたファザード卿の身体を、アリスが雑に投げ捨てる。

 力なく倒れる彼を一瞥して、アリスは大きな舌打ちを鳴らしていた。


「本当に腹が立ってくるわ! わざわざ私がこんな手間の掛かることしてるのに全然吐かないじゃない!」


 怒りのあまり、アリスの身体から魔力が溢れ出す。

 そんな彼女に、隣にいたシャーロットが深い溜息を吐いていた。


「随分と頑固ねぇ……私もここまで強情だとは思わなかったわ」

「何もしてないアンタに言われたくないわよ!」

「だって私もこの人に魔法使ったら死にそうじゃない? 流石に死なせるわけにもいかないでしょう? 聞かないといけないこと沢山あるのよ?」

「だから吐かせようとしてるのよ!」


 わざとらしく肩を落とすシャーロットに、アリスは無意識に舌打ちを鳴らしていた。


「かなり威力上げてるのに全然吐かないわ……どれだけ我慢強いのよ」


 先程まで使っていた魔法を思い出すと、アリスの中に沸々と怒りが込み上げてくる。


 今回の一件を起こした詳細を話さないファザード卿に、少しずつアリスは魔法の威力を上げていた。


 意識を保てる限界まで威力を上げた雷属性の魔法を使って痛めつけても、一向に彼が白状しなかったのは彼女も予想外のことだった。


「ここまでされると言わないじゃなくて……言えないって考えた方が良さそうね」

「……それだとかなり面倒よ」


 何気なく呟くシャーロットに、アリスが頭を抱えてしまう。

 そんな二人の会話を、彼女達の少し後ろで恐る恐る眺めていたアルディウスが怪訝に眉を寄せていた。


「……お二人共、どういうことですか?」

「この人。多分、誓約の魔法を交わしてるのよ」


 ふと、彼から問われてシャーロットは振り向いて答えていた。


「誓約? それはもしや、あの誓約ですか?」


 その返答にアルディウスが聞き返すと、シャーロットは小さく頷いた。


「その《誓約》で合ってるわ。そもそもアリスなら尋問する必要すらなかったのに……わざわざ尋問してること自体が、その証明にもなるわ」

「……シャーロット殿? どういうことだ?」

「どういうことって訊かれちゃうと困るわね〜」


 話を聞いていたアルバルトに訊かれて、シャーロットが視線だけをアリスにそっと向ける。

 その視線にアリスが頷くと、シャーロットは肩を竦めながらアルバルトの質問に答えていた。


「私とアリスなら他人の記憶を魔法で覗けるのよ」


 アルディウスが怪訝に顔を顰めるが、アルバルトは驚いたと目を大きくしていた。


「まさかあの魔法の術式を知ってるとは……いや、シャーロット殿なら当然か」

「父上? どういうことです?」


 話が分からないとアルディウスが疑問を告げる。

 その疑問にアルバルトは少し悩んだ素振りを見せた後、渋々と答えていた。


「……アルディウスも知るはずもないか。禁忌までとはされていないが、一部の魔法使いにしか知られていない魔法があるのだ。それが他者の記憶を見れる魔法だ」

「それはまた随分と便利な……」


 他人の記憶を見れる魔法。もしその魔法が使えればどれだけ便利なのかは、それはアルディウスが考えるまでもなく分かることだった。


 記憶を自由に見れるということは、事実上隠し事ができないことになる。


「その魔法が使えないと?」

「このお爺さん、自分の記憶を魔法で頑丈に守ってるのよ。それも私達が簡単に突破できない高度な魔法で」

「それが……」

「その誓約よ。交わした約束を必ず守るように魔法で契約を交わしてる。これを突破するの、結構面倒なのよ」


 そう言って、シャーロットは小さな溜息を吐いていた。

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