第50話 どちらが悪者に見えるか
アルバルトの不安は、間違いなく正解だった。
アリスとシャーロットの二人がファザード卿に歩み寄った途端、彼は自身の不安が的中していたと確信した。
「ほら、クソジジイ。さっさと隠してること全部吐きなさい」
小さく振られたアリスの右足が、ファザード卿の脇腹に突き刺さった。
脇腹から走る激痛に、ファザード卿から呻き声が漏れる。
しかしアリスは全く気にもせず、再度ファザード卿の脇腹に蹴りを撃ち込んでいた。
「ぐっ……‼」
「早く隠してること話してくれない?」
「小娘がッ……!」
拘束されているのにも関わらず、突如ファザード卿から風の刃が放たれ、アリスに襲い掛かった。
至近距離から放たれた風属性の
「残念ね。割と良い手だけど……それ、当たらないわよ?」
その刃はアリスに届くことはなく、ファザード卿が無詠唱で魔法を使った瞬間――シャーロットの手が素早く動き、風の刃を砕いていた。
無詠唱で発動させた《エアカッター》を破壊されたファザード卿が驚愕するが、アリスは驚くこともなく平然としていた。
「アンタ……本当に馬鹿ね? 少し考えたら分かるでしょ? 私達に不意打ちの魔法が通用するわけないじゃない?」
不意打ちの魔法を防がれたことに驚愕するファザード卿に、アリスは失笑しながら彼の脇腹に蹴りを強めに撃ち込む。
痛みに苦悶の声を漏らすファザード卿を見下ろしながら、アリスはもう一度蹴りを彼の脇腹に撃ち込んでいた。
「それもこの至近距離で?」
「ぐぬっ……‼」
「私達が魔法の発動を感知できないと本気で思ったの?」
「がっ……‼」
数回蹴りを放ったアリスが、小馬鹿にした笑みを浮かべる。
しかし痛みに悶えるファザード卿が必死の形相で睨んでくると分かると、アリスは呆れたと溜息を吐き出していた。
「早く話してくれない? 時間の無駄よ? それに早く吐かないと絶対後悔することになるわよ?」
「お前達に話すことなどない‼」
敵意を剥き出しにするファザード卿から雷の矢が数本放たれる。
しかしそれも、アリスが左手を払うと全て綺麗に消え去っていた。
「だから無駄だって言ってるじゃない」
「そんな馬鹿な……!」
不意打ちの攻撃をしても無駄だと理解されられたファザード卿が絶句する。
驚きを隠せない彼に、アリスは呆れながら再度蹴りを放っていた。
「言わないなら言いたくなるまで痛めつけても良いけど、それともさっきの《ステラ》で焼かれた方が良かった? その方がさっさと死ねて楽だったかもねぇ?」
悪びれもせず、楽しげにアリスが語る。
しかしファザード卿は、そのことに恐怖するよりも彼女から出た“ある単語”に目を見開いていた。
「《ステラ》だと⁉ まさか本当に……あの光は!?」
「私の撃った《ステラ》よ。綺麗だったでしょ?」
「人間が《ステラ》を放っただと……!? ふざけた冗談を抜かすな!?」
「それが冗談じゃないのよねぇ」
「あの魔法は人間が扱える代物ではない‼ あの魔法が人間に使えぬ術式だと大昔から知れているッ‼」
いまだに信じられないとファザード卿が叫ぶ。
それは原初の魔法たる《ステラ》を知っている者だからこそ見せる反応なのは一目瞭然だった。
人間が使えるはずのない魔法。それをアリスが使ったと信じられるはずもなく、ファザード卿は彼女を睨んでいた。
「小娘が馬鹿げたことを抜かして――」
「素直に受け入れなさいな? もう私の可愛い娘は、その領域に至ったのよ?」
しかし感情のまま叫ぶファザード卿の声をシャーロットが遮った。
「……なん、だと?」
「あの光は紛れもなく《ステラ》の輝きよ。私の可愛いアリスが使ったあの魔法を馬鹿にするのは……流石に私でも許せないわねぇ?」
倒れているファザード卿を見下ろすシャーロットが両手に紫色の光を灯らせる。
そしてその光が紫電に変わると、両手に雷を纏わせたままシャーロットは朗らかに笑っていた。
「悪いことをして、更に隠し事をした上に私の娘を馬鹿にしたなんて……とても許されることじゃないわ」
「……な、なにをするつもりだ⁉︎」
「別に変なことしないわ。その強情な口を少し軽くしてあげるだけよ」
シャーロットが紫電を纏わせた両手をファザード卿に少しだけ近づけると、彼の身体に僅かに紫電が走り抜けた。
身体を電流が駆け抜ける激痛にファザード卿が叫ぶ。
しかし彼が叫んでも、なぜかその絶叫がその場に響くことはなかった。
突如自分の口から声が出なくなったことにファザード卿が困惑するが、そんな彼にアリスはクスクスと笑っていた。
「叫んでも無駄よ? ちゃんと私が叫ぶ時は音を消してあげるから、思う存分叫びなさい?」
その声に、ファザード卿の背筋に冷たいモノが走り抜けた。
自分はどれだけ痛みに叫んでも、アリスに魔法で音を消されてしまう。
つまり周りから自分が痛めつけられていると分からないことになる。
それがどういうことなのか理解すれば、無意識に彼の背筋が凍るのも当然だった。
「あら? ちょっと近づけ過ぎたかしら?」
「アンタの魔法は威力が高過ぎるのよ。アンタの場合、思ってる以上に威力落とさないと手加減する意味ないわよ」
「手加減する機会も少ないから忘れちゃうわ。でも良い練習になりそうだわ。ちょうど良い練習相手がいるんだもの」
楽しそうに話しながら微笑む二人から見下ろされて、ファザード卿の表情が固まった。
このままでは、間違いなく二人に想像を超える何かをされるかもしれない。
そう思った瞬間、ファザード卿は大声で叫んでいた。
「誰かぁぁ⁉︎ この化け物達を――」
「うるさい」
しかしファザード卿が叫んだ瞬間、アリスが指を鳴らすと彼から音が消えていた。
口を必死に動かしても、ファザード卿から音が全て消える。そのことに彼自身が驚愕するが、すぐに身体を必死に動かして物音を立てていた。
「声を消されれば当然そうするでしょうね……ねぇ、シャーロット? 一応訊いておくけど、私達がコイツ痛ぶってるの周りに見られたら面倒?」
「面倒に決まってるじゃない。悪者だからと言っても、知らない人間達から見たら今の状況だと私達が悪者に見えちゃうわ」
拘束している人間を二人の人間が痛めつけている光景を見れば、どちらが悪者に見えるかなど分かりきっていた。
「……なら結構不味いわよ? コイツに割と大きな音立てられたし、人が集まるのも時間の問題じゃない?」
「そうね……まさかここまで意固地になるとは私も思わなかったわ。アリスの言う通り、少し注目を集めるわね」
二人が周囲を見渡せば、騒ぎを聞きつけた人間達が彼女達の元に集まろうとしていた。
「アリス? 頼める?」
「仕方ないわね」
シャーロットに促されて、アリスが渋々と指を鳴らすと――すぐにそれは起こった。
突如、アリス達の周囲を薄い膜が覆っていた。
「人払いと消音、認識阻害の魔法を使えば問題ない?」
「十分よ。これである程度は誤魔化せそうだわ」
アリスが魔法を使った途端、集まっていた人間達が首を傾げながら離れていく。
しかしアルバルトとアルディウスの二人だけは、アリス達を呆然と見つめていた。
「流石に近くにいたアルバルト君達には効かないみたいだと」
「あの二人なら別に聞かれても大丈夫でしょ?」
「二人とも? 本当に大丈夫なのか?」
今までの光景を見届けていたアルバルトが不安のあまり声を掛ける。
その声に二人が顔を見合わせると、揃って肩を竦めていた。
答えになっていない。二人の反応に、思わずアルバルトは頬を引き攣らせていた。
「頼むから程度を考えてほしいのだが……」
「それはコイツ次第よ。アンタも知りたいこと色々あるでしょ?」
「それはそうだが……」
今回の一件の主犯と思われる人間がファザード卿なら、聞かなければならないことは山のようにある。
しかし、だからと言っても、このやり方はどう考えても間違っているとアルバルトは断言できた。
「もっと別の方法を考えた方が良いと思うのだが……」
「甘いこと言ってんじゃないわよ。コイツは私に喧嘩売ったのよ? あと私には関係ないけど他人の身体使って街の人を襲った挙句、王都を魔物に襲撃させた人間よ? それ相応の罰がないと割に合わないでしょ?」
「それはそうなのだが……!」
アリスの言いたいことはアルバルトも分かっていた。
尋問をして、犯人から情報を吐き出させることも理解できる。罰も罪に応じたものを与えるべきなのも当然である。
しかし問題はそこではない。それを実行しようとしている人間がアルバルトには問題だった。
アリスとシャーロット。
混沌の魔女と大魔女の二人が何をするかアルバルトには見当もつかなかった。むしろ加減を間違えてしまうのではと考えてしまうくらいだった。
しかしたとえそれを伝えても、二人は止まらないとアルバルトは察していた。どの道、この化け物と呼ぶに相応しい二人を止める方法など初めからなかった。
「なら私とシャーロットの邪魔しない。わかった?」
「わかったと言いたいが……頼むからやり過ぎることはないようにしてくれ」
それを痛感しているからこそ、アルバルトは懇願するしかなかった。
「大丈夫よ。アルバルト君、程度は考えるわ」
アルバルトの考えを察したのか、シャーロットが優しい笑みを浮かべる。
その表情にアルバルトが胸を撫で下ろしたが――
「身体はちゃんと治しておくわ。壊れた心は魔法だと治せないから……一応、気をつけておくわね」
全く安心できないシャーロットの返答に、アルバルトは苦笑するしかなかった。
「さて、話もまとまったし……続き始めるわよ?」
「えぇ……ちゃんと吐かせて悪い人は全部炙り出さないと良くないわ」
楽しそうに微笑むアリスとシャーロットが、ファザード卿に近づく。
逃げる手段を全て断たれたファザード卿の表情が強張り、身体を震わせる。
「あ! そうだったわ! アンタにコレを返すの忘れてたわ!」
震えるファザード卿に、ふとアリスが手に持っていた小瓶を見せつける。
紫電を纏った小瓶を見せられて困惑するファザード卿に、アリスは満面な笑みを浮かべていた。
「コレ、アンタの分割した魂が入ってるの。電撃を浴びせ続けて結構時間が経ってるわ。ちなみにコレから聞いた話だけど、分割した魂が本体に戻ると記憶も引き継がれるらしいわね? じゃあ、この魂が受けた痛みもアンタに帰るのかしら?」
アリスの話に、ファザード卿の目が見開かれた。
彼女の顔と、彼女の持つ小瓶を交互に見ながらファザード卿が首を横に振るう。
その反応を見て、アリスは満足そうに頷いていた。
「やっぱりそうだったのね。ならちょうど良かった。あとでちゃんと返してあげるわ。分割した魂が戻らないと本体に悪影響があるかもしれないし、戻さないとダメよね?」
「戻すのは後よ、アリス。先に色々と話してもらわないと」
「それくらい分かってるわよ。先に話しておいた方が色々と都合良いじゃない」
小刻みに震えるファザード卿に、アリス達が微笑む。
二人に見下ろされながら、ファザード卿は恐怖に震えるしかできなかった。
「これ以上、痛めつけられたくないなら全部吐きなさい? わかった?」
表情は笑っているのに、目が全く笑っていない。見下ろすアリスに、ファザード卿は何度も激しく頷いていた。
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