第49話 コイツ、私を子供だって言ったのよ!?


 《ステラ》の光が王都の空から消えて、王都に集結していた魔物達が一斉に姿を消した現状に王都中が騒然としているなか――その空からアリス達は落下していた。

 遥か上空から重力に逆らうことなくアリスが気怠そうに落下し、それに続く光る鎖で拘束されたアルディウスから悲鳴にも似た叫び声が王都の空に響いていた。


「アリス様ッ⁉ 魔法はどうしたんですかッ!? 早く魔法を使ってくださいッ⁉」

「今使っても意味ないでしょ? まだ空の上なのに使う意味ある?」

「このまま落ちたら死にますよッ!? ここは魔法を使って安全にゆっくりと降りるべきだと思うんですがッ⁉」

「別に大して変わんないわよ。わざわざ魔法使ってゆっくり降りるなんて時間の無駄」

「この状況が私の心臓に悪いんですッ‼ それくらい察してくださいッ⁉」

「そんなの私にはどうでも良いわ」


 しかしアルディウスがどれだけ懇願しても、自由落下を続けるアリスは魔法を使うことなく落ちるだけだった。

 空から落ち続けていくうちに、二人の落下する速度が増していく。その度にアルディウスから悲鳴が聞こえて、アリスは鬱陶しそうに眉を寄せるだけだった。


「もうすぐそこに地面見えてますよッ⁉ 早くしてくださいッ⁉」

「ならアンタが勝手にやれば?」

「あなたに縛られて杖が取り出せないから困ってるんですッ! それくらい見て分からないんですかッ⁉︎」

「本当にうるさいわね……まったくもう」


 再三に渡ってアルディウスが懇願して、アリスが辟易してしまう。

 そうして遂に二人が地面に衝突する間際、アリスが優しく腕を払うと二人の周囲を風が包み込んだ。

 ふわりと落下する勢いが消え、一度空中で二人の身体が制止する。その後、ゆっくりと二人が魔法の力で地面に降りていくと、何事もなく無事に二人はアルバルト達の元に降り立っていた。


「……本当に死ぬかと思った」

「私が一緒にいるんだから死ぬわけないでしょ? 馬鹿じゃないの?」

「あなたの母上様が先程してたことを見てれば不安にもなりますからねッ⁉」


 アリスから魔法を解かれて身体を拘束していた光る鎖が消えると、早々にアルディウスは叫んでいた。


 彼の頭の中に、空から舞い降りたシャーロットが拘束していたファザード卿を地面に叩きつけた光景が蘇える。


 あの光景を見せつけられれば、嫌でも彼が不安なってしまうのは当然だった。


「別にそうなっても治せば良いだけでしょ?」

「間違って即死したらどうするんですかッ!?」

「大丈夫よ。案外人間って意外と丈夫にできてるから落ちても死なないわよ。死に掛けてるだけなら生きてれば魔法で治せるから安心しなさい」

「心から不安になる御言葉ありがとうございます! 本当にあなた達親子は似た者同士だと確信しましたッ⁉」


 悪びれもせず答えるアリスに、思いのままアルディウスが叫ぶ。

 全く同じ言葉を平然と口にするアリスとシャーロットは、決して血が繋がってなくとも親子としかアルディウスには思えなかった。


「は……?」


 その叫びに、アリスはあり得ないと言葉を失っていた。


「私とシャーロットが似てるですって? 冗談でしょ?」

「言っておきますけどそっくりですからね!?」

「舐めたこと言ってんじゃないわよ? ぶっ飛ばされたいの?」

「アリス様が何を言っても事実は変わりません‼」


 自分勝手なアリスに遂に我慢の限界を迎えたのか、アルディウスが怒りの表情を浮かべて叫ぶ。

 そんな彼にアリスは眉間に皺を寄せると、両手に緑色の光を灯らせていた。


「本当にぶっ飛ばされたいみたいね? なら遠慮なくそうさせてもらうから覚悟しなさい?」

「どうぞご自由に! 後で王族の私をぶっ飛ばしたことを後悔しないでくださいね!」

「随分と偉そうなこと宣うわね! 良い度胸じゃない! 良いわよ! さっきアンタがこっそり私のドレスの中を覗いてたこと忘れてないわよ!」

「あの状況で覗くわけないでしょう⁉︎ そもそも女性のドレスの中を覗くなんて下賤なことを私はしませんから⁉︎」


 売り言葉に買い言葉とアリスとアルディウスが口論する。

 どう考えても二人の実力を比べてもアルディウスがアリスに勝てるはずもないが、彼はそれでも思うままに言葉を叫んでいた。


「あなたも子供じゃあるまいし、大人ならいい加減にしてください‼」

「言うに事を欠いて私を子供ですって!? あぁ、もう頭に来たわ! 絶対ぶっ飛ばす! 絶対南の海の彼方までぶっ飛ばしてやる!」


 アリスが緑色の光を灯らせた両手をアルディウスに向ける。

 そして今にもアリスが魔法を放とうとした時だった。


「アリス。ここでアルディウス君に魔法を使うのは流石にまずいわよ」


 シャーロットが苦笑しながらアリスに声を掛けていた。

 しかし彼女の制止の声を聞いても、アリスは両手をアルディウスに向けたまま目を据わらせていた。


「ここまでコイツに好き勝手に言われたまま私に我慢しろって? この私が許せると思ってるの? コイツ、私を子供だって言ったのよ!?」

「親の私から見たらアリスは子供だから間違ってないわよ?」

「そういう意味じゃないわよ!」


 見当違いなシャーロットの返事に、アリスが呆れてしまう。

 とにかく今は目の前にいるアルディウスをぶっ飛ばそうとアリスがシャーロットの制止を無視して魔法を放とうとするが――


「だからダメだって言ってるでしょ」


 音もなくアリスに接近していたシャーロットの手が、彼女の手の甲をそっと優しく叩いていた。

 鋭い音が鳴る。そして反応が遅れて、突如手から走り抜けた激痛にアリスは苦悶していた。


「――痛ッ! 急になにするのよ!?」

「大勢の人間がいる場所で王子に魔法なんて使ったら面倒事が増えるわ」

「私には関係ないわよ!」

「アリスはこの国の魔女なんだからあるに決まってるでじゃない。それは後でこっそりやりなさい」

「え……シャーロット殿?」


 止めてくれていると思っていたシャーロットから予想外の言葉が聞こえて、アルディウスが困惑する。

 しかし彼の言葉は二人には聞こえていないのか、アリスとシャーロットは互いに見つめ合うだけだった。


 睨むアリスと朗らかな笑みを浮かべるシャーロットが、しばらく見つめ合う。


 そうしてしばらくの間を空けると、アリスが大きく肩を落として両手に灯る緑色の光を消していた。


「……絶対あとでやるから」

「アリスは素直で良い子ねぇ。お母さん、嬉しくて涙が出そうだわ」

「よく言うわ」


 鼻を鳴らして失笑するアリスに、シャーロットが嬉しそうに微笑む。

 そんな二人に、アルディウスは恐る恐ると声を掛けていた。


「あの……それだと私の状況、なにも変わらなくないですか?」


 アルディウスにとって何も現状が変わってない。そのことを密かに彼が不安になっていると、


「自分で言ったことには責任を持つのが男の子よ。感情の向くままに言葉を口にするのは王族としてとっても良くないことだわ。それくらいはちゃんと後で後悔しなさい。わかった?」

「……」


 シャーロットから告げられた言葉に、アルディウスは何も言えなかった。

 確かに先程は怒りのあまり考えずに叫んでしまった。彼女の言う通り、正しいことを言われてしまえば反論もできなかった。

 そう思ってアルディウスが地面に座り込んで猛省していると、彼を他所にシャーロットが唐突に手を叩いていた。


「今はそんなことよりも、アレに話を聞くことが大事だと思わない? アリスもアレに聞きたいこと、沢山あるんでしょう?」

「……アレ?」

「アレよ」


 アリスに聞き返されたシャーロットがある方向に人差し指を向ける。

 自然とアリスがその方向に視線を向ければ、そこには拘束されたファザード教が空を見上げて言葉を失ったまま震えていた。


「あぁ……そうだったわね。あの男には聞きたいことが沢山あったわ」

「でしょう? なら色々と吐かせる方が大事だと思わない?」


 シャーロットの思うように動かされている気がするが、その通りだった。

 不満そうにアリスがシャーロットを一瞥して、小さな舌打ちを鳴らてしまう。


「アンタの言いなりになるのは癪だけど、そうね。今はあの男から色々と聞き出す方が楽しそうだわ」

「ふふっ、なら早くしましょう? あの趣味の悪い小瓶も使っちゃいなさい?」

「……趣味が悪くて悪かったね」


 そして気だるそうに肩を落としたアリスは、ドレスの中から小さな小瓶を取り出していた。


「きっと叩けば出る埃みたいに色々出てきそうだわ」

「えぇ、何が出てくるかお母さんも気になるわね」


 倒れているファザード卿に、アリスとシャーロットが歩み寄っていく。

 その後ろ姿を見ながら、アルバルトは不安のあまり声を掛けていた。


「二人とも? 分かってるとは思うが間違っても……殺すなどは控えてほしいのだが?」

「そんなことしないわよ、勿体ない」


 ファザード卿に近づくアリスが、淡々と答える。


「死なない程度にしておくわ」

「全然安心できないのだが……」


 持っている小瓶を手の中で遊ばせながら答えるアリスに、アルバルトは苦笑しながらその背中を眺めていた。

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