第48話 更なる高みに至る標となる
上空から突如現れた白い光が王都を覆い尽くした。
空を見上げていた者達が、思わず眩い光に目を覆ってしまう。
その光が王都を包んだと同時に響いたのは、猛獣達の悲痛な叫び声だった。
王都の外から痛みに悶え苦しむ魔物達の叫びが王都中に轟く。
目を覆い、視野が遮られたなか耳に響き渡る異様な魔物達の叫び声に王都の人々が困惑する最中、ただ一人だけ空を見上げている人間が王都の中にいた。
「ふふっ……! 流石は私の愛しい娘だわ! こんなにも神々しく光り輝くあの光は、紛れもなく《ステラ》の光! 大昔、この星に訪れた災いから星を守る為に精霊達が唱えたとされる原初の魔法をあの子も使えるなんて……幸せ過ぎて涙が出そうだわぁ!」
空を見上げるシャーロットが、恍惚の笑みを浮かべて歓喜していた。
「本来なら精霊にしか扱えないはずの高度な術式と膨大な魔力を糧として、ようやく生み出されるあの光はその全てを際限なく焼き尽くす! 間違いなく王都に集結した魔物達は一匹も残すことなく消し飛んだわ!」
シャーロットが展開していた十枚の魔法障壁が一枚、そして更に一枚と壊れていく。
その光景を、シャーロットは空から降り注ぐ光を両手を広げて愛おしそうに見上げていた。
「あぁ……本当に綺麗! 次々と私の障壁が壊れていく! 私が作った障壁をいとも容易く壊せる魔法を私の愛娘が使えるなんて……本当に素敵ッ‼ やっぱりあの子は私の自慢の娘よ! 他の子達と同様に、あの子の魔法もいずれ私に届くわ‼ この光が指し示す標のように! あの子の魔法は私の魔法が更なる高みに至る標となるのよ! ははっ……ほんっとうに素敵だわぁ!」
満面な笑顔で目元に涙を浮かべながらシャーロットが高らかに笑う。
王都中に轟く魔物達の叫び声に飲まれながら笑う彼女の姿は、どこか狂気染みていた。
また一枚、更にまた一枚と王都を守る魔法障壁が壊れていく。
すでに四枚の魔法障壁が壊れた。残された枚数は、あと六枚。
もう王都の外から魔物達の声が聞こえなくなったのにも関わらず、いまだ消えることのない白光がシャーロットの展開している魔法障壁を破壊していく。
魔法障壁が壊れるということは、その数が少なくなるにつれてアリスが放った《ステラ》が近づいていることに他ならない。
王都周辺に数千にも及ぶ魔物達を焼き尽くした白光が迫っている。それは《ステラ》という魔法を知る者なら背筋の凍る光景となるだろう。
だがシャーロットは壊れていく魔法障壁の数が多くなればなるほど、その表情を歓喜に染めていた。
「あの子が手加減してこの威力……本当に凄いわ! あぁ……もしあの子が全力を出したら私の障壁は何枚壊れるのかしら? それが知れないのが本当に悔やまれるわ!」
アリスの放った《ステラ》が全力の威力ではないことを理解しているからこそ、シャーロットは心の底から悔しんでいた。
もし全力で原初の魔法である《ステラ》をアリスが撃てば、シャーロットの魔法障壁を全て破壊して王都を焼き尽くしてしまうかもしれない。
その可能性を考慮してアリスが威力を加減していることは、シャーロットも始めから察していた。
シャーロットも万が一に備えてアリスが全力で《ステラ》を撃ったとしても守り切れるように魔法障壁を展開していたが……果たして、それでも本当に守り切れただろうか?
七枚目の魔法障壁が破壊され、そして遂に空から降り注ぐ白光が少しずつ消えていく光景を見上げながらシャーロットは密かにそう自問していた。
「あぁ、もう終わっちゃうのね。すごく綺麗だったのに……もう少しだけ見ていたかったわ」
消えゆく白光を見上げるシャーロットが不満げに口を尖らせる。
そして白い空から青い空に変わっていく光景を彼女は名残惜しそうに見届けていた。
「すごく綺麗だったわ……ねぇ、アルバルト君? あなたもそう思わない?」
「……王都の外から聞こえたあの魔物達の声を聞いていると言うのに、そんな呑気なことを言えるのはシャーロット殿だけだ」
目を細めていたアルバルトが頬を引き攣らせて、笑みを浮かべるシャーロットに答える。
アリスの放った《ステラ》が消え、青空に戻った空を見上げるアルバルトが無意識に安堵して肩を落としてしまう。
「……あの魔物達の声を聞く限り、王都の外は酷い有様なのだろうな」
数え切れない魔物達が王都の外で死に絶えている光景を想像して、思わずアルバルトが苦笑する。
もし本当にそうなっているのなら、後始末にどれだけの時間を要するか考えるだけで気が重くなる思いだった。
しかし王都が崩壊することに比べれば可愛いものだとアルディウスが自分に言い聞かせていると、彼の前でシャーロットは失笑していた。
「なにを言ってるの? あの《ステラ》で魔物なんて全部死体すら残らず燃えて消し飛んでるに決まってるじゃない? 強いて問題があるとすれば……王都の周辺が更地になったことくらいかしら?」
彼女の告げられた言葉で、残された後始末が魔物の死体の処理から更地に変わり果てた王都周辺の復元となった。
燃えて消し飛んだ。つまり自然の草木も全て燃えているに違いない。その復元をするとなれば、一体どれほどの手間が掛かるのだろうか?
綺麗な更地を頭の中で想像したアルバルトは、自然とその場で頭を抱えていた。
「なるほど……それは実に大変そうだ」
「燃えた草木くらいなら後で私とアリスで戻してあげるわよ。この国なら立派な地脈もあるから大した手間でもないわ」
「……感謝する。是非とも頼みたい」
それならもう大きな問題はない。無事、王都に迫っていた危機は解消されたと言っても良いだろう。
思わず頭を抱えたくなるほどの問題をシャーロット達が解決してくれると聞かされて、安堵のあまりアルバルトは小さく胸を撫で下ろしていた。
「それにしてもあの眩い光が原初の魔法と呼ばれる《ステラ》か……私も実物を見るのは初めてだったが、これほどまでとは」
安堵するなかでアルバルトが先程まで王都を包んだ白い光を思い出しながら呟く。
王都全体を超え、更に周辺にまで広がった《ステラ》の光は極めて強力な魔法だと思い知らされた。
あの第七詠唱によって紡がれる最上級魔法でも王都全体を攻撃できる魔法はひとつもない。
それを容易に行えた原初の魔法の存在は、間違いなくこの世界の力関係を変える魔法となり得るだろう。
もしシャーロットが新設した魔女機関が作られるよりも前に、六国のどこかが原初の魔法の再現に成功していたらと考えるだけで……アルバルトの背筋は文字通り凍りそうだった。
「そんなの当然じゃない? 今を生きる私達が使う魔法を作り上げた始祖たる魔法なのよ? むしろ人間よりも魔力の扱いに長けた精霊達が使う特別な魔法だと思えば、納得しかできないでしょう?」
「シャーロット殿の言う通りだが……あの魔法をどの国も使えなくて本当に良かったと心から思い知らされた。あんな恐ろしい魔法が使われれば、瞬く間に全ての国が崩壊することになっただろうな」
仮にアルバルトの言う通り、六国の全てが原初の魔法を使えたのなら……六国戦争も今よりも違う形で終戦していたのだろう。
原初の魔法を互いに撃ち、国同士が崩壊して終わる未来もあり得たかもしれない。その未来を想像するだけでアルバルトの背筋は更に冷たくなった。
「大丈夫よ。本来なら人間に使えるはずのない高度な術式を使ってる魔法なんだから、どれだけ頑張っても発動すらできないわよ」
普通なら発動すらできない魔法だとシャーロットから聞かされたアルバルトが僅かに眉を寄せる。
そして思うままに、彼はシャーロットに訊いていた。
「人間には? それならアリス殿やシャーロット殿はどうなるのだ?」
「あら? 私が使えるなんて過去に一度でも言ったことあったかしら?」
「先程、楽しそうに言っていたではないか。原初の魔法をアリス殿“も”使えると」
あの《ステラ》の眩い光と魔物達の叫びが響くなかで聞いていたとは意外だった。
シャーロットは少しだけ目を大きくすると、恥ずかしそうに苦笑していた。
「あの状況でちゃんと聞いてるなんて思わなかったわ。案外、アルバルト君も隙がないのね」
「思ってもないことを言うでない。それで、先程の私の質問に答えてはくれぬのか?」
「ん? そうねぇ……私も、多分アリスもだけど」
苦笑いするアルバルトに催促されたシャーロットが考える仕草を見せながら答えていた。
「過去に精霊と大喧嘩した所為かもね」
「……なにを言ってるのだ?」
「さぁ? どちらにしてもアルバルト君達からすれば、私もアリスも化け物ってことなんでしょう?」
「それは――」
「私達も歴とした女の子なのに酷いわ」
「シャーロット殿? 本当に思って言っているのか?」
「ふふっ、当然でしょう?」
怪訝に顔を歪めるアルバルトに、そう言ってシャーロットはわざとらしく肩を竦めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます