第47話 純然たる無垢な祈りに、我等は抗おう


 シャーロットによって王都全体に展開された十枚の魔法障壁は、一枚も壊れることなく王都に侵入しようと試みる魔物達を塞き止めていた。


 王都の中心にある膨大な魔力が通る地脈を求めて、魔物達が王都に侵入するべく本能のまま魔法障壁に攻撃を切り返す。

 しかし数え切れないほどの魔物達から怒涛の攻撃を受けても、展開された魔法障壁は傷ひとつ付くことはなく、彼等は無作為に攻撃を続けていた。


 魔法障壁を壊そうと攻撃を繰り返し、時間と共に増えていく魔物達が王都に押し寄せていく。


 展開されている魔法障壁に隙間ひとつもなく、欲望のままに魔物達が押し寄せる光景は……見ているだけで実に気分の悪くなる光景だった。


「……流石にここまでの数が集まると気持ち悪いわね」


 上空から王都を見下ろしていたアリスが頬を引き攣らせながら呟く。

 上から見れば、王都を中心に周囲から魔物達が群がっている光景が広がっていた。


 一匹の魔物が黒い点となり、それが数千も集まり無作為に動いている。


 空にいるアリスから見れば、紛れもなくそれは膨大な虫達が餌に群がっているようにしか見えなかった。


「本当に気持ち悪いわね、今日の夢にでも出てきそう……これも全部アンタが我儘言うからよ」

「あなたが素直に私のお願いを聞いてくれれば早く済んだ話ですよねッ⁉」


 空に浮かんでいるアリスの少し下で、空中に展開された魔法陣にしがみつくアルディウスが叫ぶ。

 先程からずっと叫び続けているアルディウスに、アリスは何度目かも分からない溜息を吐いていた。


「はぁ……本当にうるさい。わざわざ魔法陣を展開してあげたんだから礼のひとつでも先に言いなさいよ」

「それは本当にありがとうございますッ‼ ですけど最初からこうしてくれれば良かったと思いませんかね!?」

「言っておくけど、次に私が鬱陶しいと思ったらその魔法陣消すから。後、そこにいるのを良いことに上なんて見上げたらアンタの目玉潰すわよ。別に見られて困るモノでもないけど、無遠慮にドレスの中を見られるのは流石の私でも腹が立つわ」


 アリスから突如奇妙なことを言われて、アルディウスが表情を驚愕に染めた。


「はぁ!? この私がそんな変態みたいなことするわけないでしょう!?」

「好き勝手に人の足を舐め回すように見つめてた人間に言われたくないわねぇ……」


 下にいるアルディウスに、アリスが失笑しながら鼻で笑う。

 魔女の正装を着て座るアリスの足を見つめていた彼は、まだ彼女の記憶に新しく残っている。

 たとえそれが無意識でも、アリスからすればアルディウスが見ていた事実には変わりなかった。


「舐め回す⁉︎ 急になにを言うかと思えば! 私は見てません!」

「しっかり見てたわよ。目を見開いて思いっ切りね」

「見てません! と言うか今そんなことを言う必要ありますか!?」

「先に言っておかないと……アンタならやりそうだわ」

「そんな下賤なこと私はしません! もし仮にでも見たら私の目は潰しても抉っても構いませんから早く魔法を使ってくれませんかねッ⁉」

「あら? 随分と良い心掛けじゃない?」


 何気なくアリスが見下ろすと、アルディウスが間違っても上を見ないように地上を見つめていた。

 自分から言い出すとは彼も良いことと言う。もし本当に彼が上を見た時は見物だと思いながら、アリスはクスクスと笑っていた。


「アリス様ッ!? 下を見てください!? あり得ない数の魔物が王都に群がっているんですよ!? 早くしないと王都が――」

「そんなに急かさなくても壊れないわよ」


 アルディウスに急かされても、現状は変わらないと判断してアリスが淡々と答える。


 シャーロットの展開した魔法障壁が魔物の攻撃程度で壊れるはずもない。

 仮にこの状況がしばらく続いたとしても、絶対に一枚も壊れないとアリスは断言できた。


 しかしこのまま状況が変わらなければ、まだ魔物の数は増えるだろう。何気なくアリスが周囲を見渡せば、遠方から少しずつ魔物が迫って来ているのが見えた。


 一体、これだけの数の魔物がどこから現れているのか?


 そんな疑問をアリスが思わず抱いてしまうが、それも後で良いだろう。とにかく今は数を減らすことを優先させよう。

 今よりも魔物の数が増えれば、地上の光景は更に悪くなる。今でさえ地上の光景が気持ち悪くて仕方ないのに、これ以上気持ちの悪くなる光景などアリスも見たくなかった。


「確かにこれ以上数が増えるのは気分が悪くなるわね」

「でしょう!? ですから早くお願いします‼」

「そんなに急かさないの。全く、急かす男は嫌われるわよ?」

「ですから余計はことは良いですから早く――」


 また余計なことを話すアリスに、アルディウスが魔法の催促しようとした時だった。


 ふと、彼の背筋にぞわりとした寒気が襲った。


 自然と、アルディウスが言葉を止める。自身の上空から感じる異様な魔力を感じて。

 無意識に下を向いていたアルディウスが空を見上げると、その先に見えた光景に彼は静かに息を飲んでいた。


 上空にいるアリスの身体から――異様な量の魔力が溢れていた。


 一度、彼女の持つ魔力を垣間見たアルディウスでも言葉を失うほどの魔力量が溢れる。


 あの時見た魔力でさえ化け物としか思えなかったのに、今感じる彼女の魔力の量は――常軌を逸していた。


 その光景にアルディウスが言葉を失い、力なく魔法陣の上に座り込んでしまう。

 自然と身体が震えていることすら理解できず、ただ彼はアリスを見上げていた。


「今から一言でも喋ったら落とすわよ。全部終わるまで、アンタは黙ってなさい」

「……」


 目を瞑って、深い深呼吸を繰り返していくアリスにアルディウスが静かに頷く。

 決して目を閉じたアリスから見えないと分かっていても、彼は素直に頷いて見せるしかできなかった。


 そして彼の反応を見ることもなく、目を瞑るアリスがゆっくりと胸の前で両手を合わせていた。


 まるで祈りのように。溢れていく彼女の魔力がその両手に集い、眩く光っていく。

 その光を両手に眩く輝かせて、アリスの口が言葉を紡いだ。


 人間が扱う魔法。その詠唱たる術式は、精霊達に願いを伝える祈りの言葉とされていた。


「――詠じる我に集え。星を導く精霊達よ」


 詠唱の言葉を、アリスが紡ぐ。

 自身が願い、詠唱することを精霊達に伝える言葉を紡いでいく。

 それから彼女によって紡がれる十節の言葉は、この世界で初めて紡がれた――精霊達の祈りだった。


「生を授かる者達に善はなく。死に奪われる者達に悪もなく。廻り続ける生命の善悪に隔たりはなく。純然たる星の祈りは生命を祝福する。いずれ訪れる終焉を待ち続けて」


 紡がれていく言葉が増えていく度に、アリスの身体から魔力が溢れていく。

 止まることなく溢れた魔力が彼女の手に集い、眩い白い光が更に強さを増していく。

 その光に包まれながら――アリスは静かに言葉を紡いでいた。


「されど我等は無垢な星の祈りに抗おう。廻り廻る生命の円環に終焉はなく。星と共に我等は果てのない道を歩む。我等の祈りを星の祝福の元に捧げよう。我等の祈りは星を導く標とならん」


 始まりも終わりも、全てを祝福して受け入れる星の意思に抗う為に精霊達が紡いだとされる祈り。

 全てを結果として受け入れる無垢な星を導く為に、彼等が紡いでいくのは――この星が進むべき道を示す標を作る言葉。


 その光は――精霊達の祈りが集まった極光だった。



「――ステラ」



 その言葉を最後に、アリスを中心に白い光が大きく広がっていく。

 それは眩い星が輝く光のように。周囲の全てを光の中に包み込んだ。

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