第35話 馬鹿じゃないの⁉︎
魔法の区分は、術式の構成によって決められる。
その最も分かりやすい見分け方が、詠唱の長さだった。
術式を発動させる詠唱が短ければ発動する魔法は弱くなり、逆に詠唱が長いほど発動する魔法は強くなる。
初級魔法の発動に必要な詠唱は三節。そして中級魔法の発動には四から五節の詠唱を必要とする。
今、アウレリオが発動させた魔法の詠唱は六節。
それは上級魔法を発動させるのに必要な詠唱だった。
彼が紡いだ六節詠唱によって発動した魔法は、火属性の上級魔法――《フレアインパクト》。
その魔法は使用者を中心に、周囲を見境なく焼き尽くす危険な魔法として扱われている魔法だった。
競技場内に、アウレリオが放つ《フレアインパクト》が荒れ狂う。
その光景を前に、胸の前で両手を組んでいたアリスが淡々と詠唱を始めていた。
「――詠じる我に集え。慈愛たる水の精霊よ。大地に生命の加護を授けよ。命を貪る愚者に裁きを。飢餓に荒れ狂う者達に恵みの喝采を。今ここに生命を救う唄を奏でよ」
アリスの口から六節の詠唱が紡がれる。
そして詠唱を終えたアリスが組んでいた両手を振り上げ、勢いよく振り下ろすと――競技場の上空から突如、水の巨大な壁が地面に落下していた。
「使うつもりなかったけど……かなり手加減してるし、これなら死にはしないでしょう?」
アウレリオが生み出した《フレアインパクト》を押し潰しながら、空から水の壁がアウレリオに迫る。
空から迫るそれを見て、無意識にアウレリオの口から舌打ちが鳴っていた。
「その魔法――《アクエリアスフォール》か」
星の名を持つ水属性の上級魔法。その魔法は、地上に空から凝縮した水を振り落とす。
落ちる膨大な水を相手に《フレアインパクト》が生み出す炎の渦が対抗する。触れる水を炎が蒸発させるが、それでも落下する水の質量に押し潰されていた。
「ならばこちらも――」
落下する水の壁を前に、アウレリオが杖を構える。
そしてアウレリオの持つ杖に緑の光が灯ると、即座に彼の口から詠唱が紡がれた。
「――我は命じる。激情たる風の精霊よ。秘めたる力を見せよ。今ここに邪悪を滅ぼす息吹を。常世を循環するのは浄化の風。その暴風を以てその裁きを下せ。かの忌まわしき者達に激情の鉄槌を!」
紡がれた言葉と共に、アウレリオが杖を空に掲げた瞬間――空から落ちる水の壁が消し飛んだ。
アウレリオの杖から吹き荒れた暴風が、一瞬にしてアリスの《アクエリアスフォール》を吹き飛ばしていた。
七節詠唱。その詠唱によって発動するのは、上級魔法を更に超える最上級の魔法だった。
術式を発動される魔力量も膨大であり、それを制御する魔力操作も困難であることから魔法の発動すら限られた者にしかできない高度な魔法。
その魔法名は《シルフィードブレス》。
それは風の精霊王の名を冠した最上級魔法だった。
アウレリオが放った《シルフィードブレス》がアリスの《アクエリアスフォール》を吹き飛ばし、更に勢いを止めることなく吹き荒れる。
そしてアウレリオの《シルフィードブレス》が空に突き抜けた時、競技場内を覆っていた結界を破壊した瞬間――思わず、アリスが目を見開いた。
「アンタ馬鹿じゃないの⁉︎ ここの結界壊したら死人が出るわよ⁉︎」
アリスとアウレリオが戦う魔法競技場内は、観客席と競技場を隔離する結界が常に展開されていた。
競技場から観客席に謝って魔法が撃ち込まれないように、観客を守る防衛として。
それがもし壊れてしまえば、どうなるかなど考えるまでもなかった。
守る結界がなければ、競技場から観客席に向かっていく。一つ間違えれば、死者も出るだろう。
その心配を競技場内にいる人間がしないために防御魔法の結界が展開されていたのだから。
その結界が壊れた状態で戦うのは非常に危険である。
そう判断して、呆れたアリスが肩を落とした。
「はぁ……少しは加減くらいしなさいよ。これじゃあ決闘なんてしてられないわよ? まったく……その魔法、一回止めなさい」
壊れた結界を再度展開するまで、一度決闘を中断するだろう。間違いなくそうすると、アリスは思っていた。
彼女がアルバルト達の座る方を見れば、彼等も驚いた表情を見せながら慌てた様子で今の状況に対応している姿が見える。
しかしアリスの視線の先にシャーロットが見えた時、何故か彼女がジッとアリスを見つめていた。
アリスを見つめるシャーロットの口がゆっくりと動く。
その口の動きをアリスが見ていると、シャーロットが紡いだ三文字の言葉に彼女は怪訝に眉を寄せていた。
「……まもれ?」
思わずアリスが首を傾げた時、すぐに彼女はシャーロットの言葉の意味を察知した。
空に突き抜けるアウレリオの《シルフィードブレス》が、まだ止まっていない。
そしてあり得ないことに、アウレリオは空に向けて放っていた《シルフィードブレス》の方向を下に向けていた。
その先にあるのは、観客席。アリス達の決闘を観戦しに来ていた国民達が大勢いる場所だった。
「ばっ――!」
馬鹿という言葉よりも先に、咄嗟にアリスは動いていた。
高速移動を行う《ソニックムーブ》で即座に観客席の前に移動したアリスが両手を前に突き出す。
それと同時に、アウレリオの《シルフィードブレス》が空から観客席に向かう。
高位の防御魔法の詠唱は間に合わない。
そう判断して、アリスは強引な力技で初級魔法の《プロテクション》を即座に展開していた。
アリスの両手から巨大な壁が展開される。術式を改変し、本来の《プロテクション》よりも規模を拡大化させ、魔力を大きく消費して強度を上げる。
その咄嗟の判断で改変した《プロテクション》によって、無事アリスは迫る《シルフィードブレス》を防いでいた。
「クソジジイ! 早く魔法を止めなさい! 止め方も分からないなら七節詠唱なんかするんじゃないわよ!」
思わず、アリスが叫んだ。
本来、アリスが単独なら最上級魔法を使われてもなにも問題はなかった。
別段、最上級魔法が使われても対応策など幾らでも彼女は持っていた。
しかしアリスの背後に大勢の人間がいる以上、彼女も下手に動くことができずにいた。
展開している《プロテクション》がもし少しでも壊れれば、アウレリオの魔法が観客席に行くかもしれない。
よって全力で魔力の消費も後先考えずにアリスは《プロテクション》を展開するしかなかった。
「早く止めなさい!」
「止める必要がどこにある?」
「……はぁ?」
アウレリオの返事にアリスが唖然とするのも束の間、彼の腕が動いた。
アリスから見て右に動いていく《シルフィードブレス》に、彼女は舌打ちを鳴らしていた。
「こんのクソジジイッ!」
アウレリオの中にいるファザード卿の意図が理解できず、アリスが《プロテクション》を展開しながら右に動いた。
好き勝手に観客席に攻撃を行うアウレリオに、アリスは目を吊り上げながら《プロテクション》を展開し続けて移動を続けざるを得なかった。
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