第34話 その結末に至る道筋
「また同じことを……これしきの数、生温いッ!」
アリスから放たれた十四本の《ショックアロー》をアウレリオが凄まじい速度で絶剣を振るい、その全てを打ち消す。
その剣技を見せつけられながら、その場から即座に《ソニックムーブ》で移動していたアリスの口から自然と感嘆の声が漏れていた。
「……大したものだわ」
雷の属性となる《ショックアロー》は、初級魔法の中で最も飛翔速度の速い遠距離攻撃の魔法として知られている。近距離も当然のこと、中距離でさえ瞬きする間もなく着弾するほどの飛翔速度を備えている。
その魔法を先程と変わらず、苦もなくアウレリオが絶剣で叩き落とした。
それも一本だけではない。十四本の全てをひとつも逃すこともなく消し去った。身体を強化する魔法も使わず、自身の肉体のみで。
仮に身体を強化する魔法を使用しても、おそらく彼と全く同じことを常人が行うのは不可能だろう。一瞬で迫る十四本の《ショックアロー》を剣一本で叩き落とせる人間などいるはずがない。
とてもではないが人間技とは思えなかった。
それを可能とした彼の優れた身体能力は、紛れもなく怪物と評するべきだろう。
間違いなく、才能だけではない。ここまでの力を彼が得ることができたのは、絶え間なく続けてきた鍛錬の結果に違いない。その途方もない彼の努力に、素直にアリスも称賛するほどだった。
決して、アリスが称賛する相手はファザード卿ではない。彼が支配する身体の本来の主に、彼女は屈託のない称賛を抱いていた。
「――駄目ね。もし本当にそうなら、その身体をアンタが好き勝手に使うのは流石に度を越してるわ」
アウレリオの頭上に《ソニックムーブ》で移動したアリスが空中で静かに目を吊り上げる。
当人が積み重ねてきた努力の成果を他人が勝手に使うなどアリスに許せるわけがなかった。
彼女自身も、自身の願いのために途方もない努力を積み重ねてきた人間の一人だった。
もし自分がその努力を他人に奪われれば、必ず後悔させる自信がある。自身の持てる全てを掛けて、その人間に報復するだろう。
アウレリオ本人がどう思っているかなど分かるはずもないが、おそらく自分と同じ感情を抱いているに違いない。
そう勝手に思うことにして、アリスは地面にいるアウレリオを見据えながら瞬時に思考し、行動を開始した。
常人を遥かに超えたアウレリオの身体能力は、アリスも危険だと判断している。
最速の魔法とされる《ショックアロー》を目視で捉えられる彼の目は、非常に厄介だった。速度を優先した攻撃魔法を放っても、正面から撃てば確実に絶剣で打ち消されるだろう。
もし確実に勝つことをアリスが選ぶのなら、生死を問わない攻撃を最優先に行うのが最善だった。それを行う手段であれば、幾らでも彼女は持っていた。
しかしその方法を現時点で選べない以上、アリスに使える魔法が制限される。
上級以上の魔法の使い方を間違えれば、アウレリオを殺してしまう。そのためアリスは中級以下の威力が抑えられた魔法を使わざるを得なかった。
しかしそれでも、アリスが勝てる方法は幾らでもあった。その結末に至るまでの道筋は、もう彼女の頭の中に組み上げれていた。
「まずは、これね」
アリスがそう呟くと、その両手に二色の光が灯っていた。
赤色の光が右手に、そして左手に紫色の光を集めたアリスが右手を振り下ろした瞬間――彼女の右手から火の渦が吹き出した。
火属性の
術式を改変し、威力は本来よりも多少抑えている。様子見の初手としてアリスの放った《フレアブラスト》がアウレリオの立つ地上に降り注いだ。
「舐めるなッ!」
空中にいるアリスの存在に気づいたアウレリオが空を見上げ、絶剣を構える。
そして即座に彼が絶剣を頭上に掲げると、手首の力だけで回転させ、空から迫るアリスの《フレアブラスト》に正面から対峙していた。
アウレリオが凄まじい速度で絶剣を回転させたことで、彼の手から円形の盾が現れたと錯覚してしまう。
その盾にアリスの《フレアブラスト》が衝突すると、まるでそれが当然のようにアウレリオが彼女の魔法を防いでいた。
「なんともまぁ……そんな馬鹿げたことができるなら、魔法も使う必要ないってことね」
アウレリオが《フレアブラスト》を防ぐ姿に、思わずアリスが呆れた笑みを浮かべていた。
今度は攻撃範囲の広い《フレアブラスト》を魔法も使わず、剣だけで防いでいる。それはあまりにも馬鹿げた光景にしか見えなかった。
その光景は、魔力を打ち消せる絶剣だからこそ為せることだった。
アリスが放った《フレアブラスト》から生まれた炎は、当然ながら彼女の魔力から作られている。ならば当然、絶剣で消せないはずがなかった。
絶剣が魔力を消せる範囲は、その剣が触れる箇所のみ。
よって持続して広範囲に炎を放ち続けられる《フレアブラスト》のような魔法を絶剣で防ぐには、向かってくる炎の全てに絶剣を触れさせるしかない。
現実的に向かってくる炎の全てに絶剣を触れさせるなどできるわけがない。迫る範囲攻撃に対して、一本の剣で防ぐ手段などあるはずがない。
そのはずなのに……それを強引に力技で解決する方法を見せつけてくるアウレリオに、アリスは驚きを通り越して呆れていた。
「なら次はこれね。その状況でアンタは躱せるかしら?」
すでに左手に集めていた魔力を使い、アリスが魔法を発動させる。パチンと小さな音を鳴らして、彼女が指を弾く。
その瞬間――突然、アリスの周囲に四十八個の紫色の球体が現れていた。
小さな稲妻を迸らせた紫色の球体がアリスの周囲を浮遊する。
そしておもむろにアリスが左手を下に向けると、彼女を取り囲んでいた紫色の球体が一斉にアウレリオに向かって飛んで行った。
今だにアリスから放たれ続ける《フレアブラスト》を防ぐアウレリオを全方位から取り囲むように全ての紫色の球体が飛翔する。
「ほぉ? 二つの魔法を同時に使うとは、程度は知れても流石の小娘も、どうやら魔女に任命されるだけはあるらしい」
その光景を目の前にして、アウレリオは意外だと言いたげに眉を僅かに上げていた
二つの魔法を同時に発動させるのは、魔法使いにとって非常に難しい技術だった。
魔力を消費し、術式を介して魔法を発動する。これが魔法使いの誰もが行う魔法を発動させる手順である。
たとえ簡単な術式でも、魔力の制御を誤れば魔法が発動しない。よって魔力の制御に魔法使いは必ず意識を向けなければならない。
その制御を二つ同時にアリスが行なっている。それはアウレリオの中にあるファザード卿も、驚いてしまうことだった。
加えて、アリスが《フレアブラスト》と同時に発動させた魔法にもアウレリオは驚いていた。
雷属性の中級魔法となる《フレキシブルフォトン》――魔力によって生成した雷の球体を自在に操作し、攻撃する魔法である。
その魔法は、生成した球体毎に操作が必要となる。それを他の魔法を発動させているアリスが四十八個も同時に操っている。
それはアウレリオにとって、間違いなくあり得ないと断言できる光景だった。
一体どんな方法を使えば、二つの術式の制御に加えて、四十八個もの《フレキシブルフォトン》の操作ができるというのか?
本来なら《フレキシブルフォトン》の操作も、魔法の発動もできない。それを可能としているアリスの小細工がアウレリオには全く予想できなかった。
「小細工ばかり使いおる。小娘がそう来るのなら――」
現状を見て、アウレリオが僅かな思考の末、素早く息を吸っていた。
アリスが放つ《フレアブラスト》に動きを止められている状態から続けて放たれた《フレキシブルフォトン》に対抗する手段を即座にアウレリオは考えていた。
ただ防ぐだけでは、アリスに更なる攻撃を許してしまう。選ぶなら、攻撃の流れを自分に変える手でなければならないだろう。
そう考えたアウレリオは左手で腰に携えていた杖を引き抜くと、即座に口を開いていた。
「――我は命じる。勇猛たる炎の精霊よ。ここに顕現せよ。純然たる焔を見せよ。断罪の業火を見せよ。その灼熱を以て罪人に裁きの鉄槌を授けよ!」
早々と彼の口から紡がれたのは、六節からなる呪文の詠唱だった。
詠唱を終えたアウレリオがその場で杖を薙ぎ払った瞬間――膨大な炎が勢い良く舞い上がった。
アウレリオを中心に放出された炎が渦を作り、大きな竜巻となって競技場内を一瞬のうちに埋め尽くす。
アリスが放っていた魔法を全て掻き消して、アウレリオの炎の渦が全てを飲み込む。
その光景を見たアリスの眉間に僅かに皺が寄せられた。
「あの僅かな時間で六節詠唱とは、クソジジイもやるじゃない」
魔法を掻き消されたアリスが両手に青い光を灯らせる。
「アンタがそう来るなら、私もやってやるわよ」
そう呟いたアリスが胸の前で両手を組み合わせると、即座に口を開いた。
相手が火ならば、彼女も対抗するまでだった。
火に対抗する一番手っ取り早い方法など、初めから決まっていた。
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