第33話 納得できないけど、今はそれで良い


 アリスの踵落としによって、空中からアウレリオの身体が地面に叩き落とされる。

 しかし地面に衝突する寸前、咄嗟の判断でアウレリオは《エアハンマー》を発動させていた。風の力でふわりと身体を一瞬だけ浮かし、地面に落ちる衝撃を防ぐ。

 突然のアリスの攻撃に動揺しながらも、その後の対応が問題なくできたことに安堵するアウレリオだったが――


「まだ安心しない方が良いわよ」


 ふと、頭上からアリスの声が響いた。

 反射的にアウレリオが大きく後方に跳ぶ。

 その瞬間、彼が立っていた場所に空から火の矢が雨のように降り注いでいた。


「この程度の魔法で――!」


 アリスが使った魔法に、アウレリオが表情を歪ませる。


 風の渦を放つことができる風属性の中級魔法エアブラストと火の矢を撃ち出す火属性の初級魔法フレアアロー


 この二つは発動が簡単な術式とされていた。魔力の制御も難しくなく、魔法使いならば容易に発動できる魔法である。

 本来なら中級魔法は杖と詠唱がなければ発動できない。しかしアリスは魔力制御の補助をする杖と詠唱を使わずに魔法を発動させていた。


 そのことにアウレリオも内心で驚いていたが、それよりも苛立ちの方が勝っていた。

 この程度の魔法で絶剣を持つ自身に勝とうとしている。その意思が見えるアリスの行動に、アウレリオは苛立っていた。


「この程度ですって? その魔法で私に動きを縫われてるアンタが言えることじゃないわよ?」


 再度、アウレリオの背後からアリスの声が聞こえる。

 その声に向かってアウレリオが絶剣を振り抜いた。

 しかし薙ぎ払われた絶剣の先に、アリスの姿はどこにもなかった。


「外れ。そっちじゃないわよ」


 アウレリオの右側から、アリスの声が響いた。

 瞬く間に高速移動を可能とする風属性の初級魔法ソニックムーブ

 それは先程までアウレリオがアリスを攻撃する際に使っていた魔法だった。


「小娘がッ――」

「遅い」


 その声にアウレリオが反応するよりも先に、アリスが右足を振り抜いた。

 絶剣を薙ぎ払った瞬間を狙って撃ち出された彼女の右足がアウレリオの腹部に捉える。


「ぐっ……!」


 躱すこともできずアリスの右足を受けたアウレリオの身体が吹き飛んだ。腹部から突き抜けた衝撃に彼の表情が歪む。

 受け身を取り、衝撃を殺したアウレリオが着地すると、即座に彼は視線の先にいるアリスを睨みつけていた。


「……馬鹿力な小娘め」

「馬鹿力で結構。魔法使いなら簡単な身体強化くらいできて当然じゃない?」

「剣を持っている人間にただの魔法使いが近接戦闘を挑むとは……その命知らず、必ず後悔させる!」

「そのただの魔法使いの体術を食らってるアンタに言われたくないわ」


 小馬鹿にした笑みを浮かべたアリスが両手に紫色の光を灯らせる。

 アリスが両手に灯らせる光を見て、アウレリオの眉が寄せられた。


「今度は紫だと? 本当に小娘は見境がないみたいだな?」


 魔法を発動させる予兆を見せたアリスに、アウレリオが絶剣を構える。

 彼の言葉を聞いて、アリスがわざとらしく肩を竦めていた。


「別に私の勝手でしょ? 使えるものは使うのが普通じゃない?」

「扱える属性が多いことが魔法使いの強さではない。たとえ多くの術式を広く浅く使えたところで、上級魔法以上の魔法が使える魔法使いには敵わぬぞ?」

「私が使えないって言ってるの? 昨日、私が七節詠唱で《リザレクション》を使ったの見たでしょ? もしかしてもう忘れたの? やっぱり身体は若くても、中身が老人だと記憶力が下がってるのかしら?」


 失笑するアリスに、アウレリオの目が細まる。


「何を言うかと思えば、たとえ七節詠唱ができても戦闘で使えなければ意味などない。発動に時間の要する高度な魔法を戦闘中で問題なく使えることこそ、優秀な魔法使いたる証明になり得るのだ。それなのに小娘は程度の低い魔法ばかりしか使わぬ。いや、使えぬと言った方が良いのだろうな。詠唱を使用しなければ発動できない魔法を使えない以上、発動が容易な魔法を術式を弄って誤魔化す。やはり小娘の程度が知れる」

「馬鹿にしてるんじゃないわよ」


 アリスの両手から十四本の雷の矢が放たれた。

 雷属性の初級魔法ショックアロー。またアリスから発動が容易な初級魔法が放たれたことに、アウレリオが溜息を吐きながら絶剣を振り、全ての矢を掻き消した。


「ほれ、見よ。またもや初級魔法……やはり戦闘面に関しては小娘も小細工がなければ戦えないようだ」


 そう言って、アウレリオが肩を落として落胆する。

 そのあからさまな彼の態度に、思わずアリスが怪訝に眉を寄せていた。


 このアウレリオの中にいるファザード卿の反応に、どうにも妙な違和感がアリスにはあった。


 先程まで戦闘を振り返れば、明らかにアウレリオは劣勢にも関わらず強気な態度を貫いている。

 絶剣という秘策を用意しても、問題なく対応されれば間違いなく焦るはずなのに……彼にその様子もない。


 むしろ更に攻めて来いと言いたげに挑発してくるアウレリオは、アリスから見れば奇妙としかいえなかった。


「アンタ、私に殺されたいの? まるで私に上級以上の魔法を使えって言ってるようにしか聞こえないんだけど? 私でも上級以上だと手加減できないわよ?」

「誤魔化すな。できないと素直に言えば良い。もう小娘の程度は知れた。もう私に慢心もない。先程までと同じと思うな」

「……まだ言うのね」


 先程と変わらず挑発する態度を見せるアウレリオに、アリスが苦笑してしまう。


 彼が何を考えているのか全く分からなかった。思い返しても、アリスには彼が死にたいと言っているようにしか聞こえなかった。


 決闘で死者が出ることは稀にある。それくらいのことは誰でも知っていることだ。


 まさか自分にアウレリオを殺させて立場を悪くさせようとしているのだろうか?


 確かに今戦っているアウレリオが死んだところで、ファザード卿に実害はない。

 もし自分の息子が死ぬことに何も感じないのなら、むしろ利用すらできる。

 混沌の魔女に息子を殺された哀れな父として、その立場を利用してアリスを貶めることも不可能ではない。国民の意識をそうなるように向ければ、容易にできるだろう。


 まさか今までのファザード卿の全ての行動が息子の死に向けて行われたとは、アリスも思えなかった。


 しかし可能性としては十分にあり得る。ファザード卿は、自分の息子に禁忌とされる服従の魔法を使う父親なのだ。それを考え、実行できる人間と考えてもおかしくはない。


 もし仮にそうだとするのなら、意図的でなくともアウレリオの命を絶つことは避けなければならないだろう。


「……面倒くさい」


 思考したアリスの口から不満が漏れる。

 人殺しをする気もないが、目の前の人間を殺さずに倒す方法を考えるのが手間だった。


 魔力を打ち消す絶剣を持ち、ある程度は魔法を戦闘中に扱うことに長けた近接戦闘すら得意な人間を殺さずに無力化させる。


 決してできないわけではないが、面倒なことには変わらなかった。


「はぁ……本当に面倒くさくなってきたわ」

「面倒? ならさっさと負けを認めれば良いだろう?」

「私がそんなことするわけないでしょう? 言っておくけど、昨日アンタが私を貶してきたことまだ許してないから……それに」

「それに? なにか他にあるとでも?」


 言い淀んだアリスに、アウレリオが苦笑する。

 彼の表情に少しだけ苛立つアリスだったが、ふと昨日のことを彼女は思い出していた。


 ファザード卿には、心底腹を立てている。あの顔を本気で殴りたいくらいくらいだ。

 もし他に理由があるとすれば、ファザード卿を好きにさせれば良くないことが起きると話していたアルディウスの話くらいだろう。


 別にシャルンティエ王国がどうなろうとアリスにはどうでも良いことだが、このまま腹の立つあの男に好き勝手されるのは……非常に癪だった。


「……どの道、私がアンタとあのクソジジイを叩きのめさないと私の気が済まないし」


 アリスの両手に、ゆっくりと紫色の淡い光が灯る。


「なんか納得できないけど、今はそれで良いわ」


 その光景を見たアウレリオが身構えるが、即座にアリスはその場から姿を消していた。

 《ソニックムーブ》で移動したアリスがアウレリオの背後から現れる。


「私と同じことをしたところで攻撃が通ると思うな!」

「少しは頭使って戦いなさい。今から詰めてくわよ」


 その声と共に、アリスの両手から《ショックアロー》が放たれた。

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