第32話 魔力を打ち消す剣


 アウレリオの腰に携えてあった二本目の鞘から、いつの間にか剣が消えている。


 おそらく雷属性の遠距離魔法を放った後、移動の瞬間に抜いたのだろう。

 先程まで持っていた一本目の剣がどこに消えたかは不明だが、それよりもアリスは彼の振るう新たな剣に妙な違和感を感じていた。


 なにも魔法を付与されていない通常の剣ならば、アリスも何も感じることはないだろう。

 逆に魔法を付与されていても、ただ剣に内包された魔力を感じるだけで終わる。


 しかし今、アウレリオが振るう漆黒の剣は、その二つのどちらにも当てはまらなかった。


 アリスが今いるシャルンティエ王国内の王都シャルナは、魔力が満ちている土地として名を馳せている。

 つまり今も彼女がいる空間には、まるで空気のように星が生成する魔力が満ちている。


 ゆえにアリスは今も肌に常に感じていた。この空間に満ちる潤沢な魔力の感覚を。


 それを感じていたからこそ、アリスはアウレリオの持つ漆黒の剣に違和感を感じていた。


 一目見るだけで分かった。アウレリオが持つ漆黒の剣に魔法の付与はされていない。その剣から全くアリスは魔力を感じなかった。

 魔法を付与されていなければ、その剣に特別な能力が備わっているはすがない。ただ色が黒い剣でしかないはずなのに――



 なぜかアウレリオの持つ漆黒の剣が、周囲の魔力を消し去りながらアリスに向かっていた。



 彼の振るう剣が、アリスの展開する《プロテクション》に触れる。

 魔法が付与されていない普通の剣なら、アリスの展開する防御魔法によってその攻撃は問題なく防がれるだろう。


 しかし振われたアウレリオの漆黒の剣が、アリスの《プロテクション》を何事もなく切り裂いた瞬間――即座に彼女は反応していた。


「……やっぱり、そうなのね」


 いつの間にかアリスの姿が消え、アウレリオが薙ぎ払った剣が虚空を切り裂いた。


「ほぉ……気づかれるとは思わなかったな」


 薙ぎ払った剣から手応えを感じなかったアウレリオが意外そうに呟く。

 そして彼が振り返ると、消えていたアリスが腕を組んだまま眉間に皺を寄せて立っていた。その表情は怪訝というよりも、心底不快だと言いたげに歪んでいた。


「……その剣、一体どこから持ってきたのよ?」

「なにを言うかと思えば、別に魔法の付与すらしていない普通の剣であろう?」


 その場で剣を見せびらかすように振り、アウレリオが平然と答える。


「普通の剣が魔力を消せるって思ってるの?」


 そのわざとらしい態度に、思わずアリスは舌打ちを鳴らしていた。


「妙だとは思ったけど、まさか実物を見る日が来るとは思わなかったわ。本当に実在したのね……魔力を打ち消す物質、絶縁石」

「大して生きてない小娘程度の魔法使いが知っているとは思わなかったな」

「これでも勉強が趣味だった時期があるのよ。それくらい馬鹿でも知ってるわよ」


 不満げにアリスが鼻を鳴らす。

 その反応に、アウレリオは失笑を返していた。


「ならば説明も不要だろう? この絶縁石で作られたこの剣――絶剣は、魔法使いの天敵にも等しい武器となろう?」

「そうね。魔力を消せるってことは、発動してる魔法も全て打ち消せることになるわ。アンタの言う通り、魔力を使う魔法使いにとってその剣は一番効果的な武器になるけど……それにしても、どうやってアンタがその珍しい鉱石を手に入れたか気になるわね」

「特別なことは何もしていない。偶然、運が良く手に入ったのだ。この鉱石で作った剣があれば、どんな魔法使いでも容易く屠れる。これを手に入れられた私は実に幸運に恵まれている」

「幸運、ねぇ……」


 勝ち誇った表情を見せるアウレリオに、アリスが目を細める。


 絶縁石。それは極めて珍しい鉱石のひとつだった。

 全ての繋がりを断つという意味の名を持つ絶縁石は、その鉱石に触れる魔力を打ち消す効果を持っている。


 その鉱石を知るアリス自身も実物を見たことはなかった。彼女の知る知識も、全て過去に見た文献などから得たものでしかない。


 その知識を思い出しながら、アリスは眉を顰めながら口を開いた。


「ただの幸運なんかで手に入るわけないでしょ? その鉱石、世界の法則に喧嘩を売ってる物質なのよ? 魔力は生命の源たる力、私達を含めた生命の源であり、精霊も、星も、全ての生きている存在に必ず必要なものなのよ? それを断ち切るってことは、私達の存在を否定してるでしょ?」

「なにを言われようとも事実なのだから仕方のないことだろう?」


 魔力の在り方を語るアリスに、アウレリオはわざとらしく肩を竦める。

 そんな彼に、アリスが睨みながらこめかみを揉むように押さえていた。


「そんな運程度で手に入る代物じゃないわよ。私達の魔力を打ち消せるってことは、その物質は私達の持つ魔力に相反する物質で作られてるの。普通の方法じゃ絶対に手に入らない。そこら辺に生えてる草とわけが違うわよ」


 この世界を構成している魔力と相反するモノが存在して良いはずがない。

 それが当たり前のようにあれば、世界の法則が崩れてしまうことにもなりかねない。

 だからこそ絶縁石という存在があるとだけ知れ渡り、その物質を実際に見たことがある人間は限りなくいないのだ。


「過去の文献がある以上、本当に絶縁石は存在していたんでしょうね。実際、色んな説が唱えられてたわ。星の生み出す老廃物だなんて言う人間もいるみたいだし、星の生命力が弱ったことによって生まれた物質だなんて言われてる」


 アリスが過去に見てきた文献を思い出す。かなり昔に見たことがあるだけで、その詳細までははっきりと思い出せなかった。

 しかし大雑把な概要だけは、アリスは忘れてはいなかった。

 絶縁石が生まれる最も有力な説。それを彼女は思い出した。


「確か……一番有力なのが闇の魔力の結晶体だったわね。私達の魔力に相反する魔力を持つ魔物達によって作られた物質とも言われている。実際はどうなのか全く分からないけど、その剣を作れるだけの質量は簡単には手に入らない。流石に私もアンタがどうやって手に入れたのか、興味が湧いたわ」

「だから何だと? 入手方法を教えろと言われたところで、偶然見つけたとしか言えぬぞ?」


 入手が困難とされる絶縁石を使用して一本の剣を作るのには、当然ながらそれに応じた質量を必要とする。


 希少と言われている絶縁石。その詳細は未だに明かされていない。

 有力だと言われている説も、実際に本当なのかも定かではない。


 別段、アリスも絶縁石を手に入れたところで使い道はないのだが、その知識を得ることに関しては別だった。

 魔法に関して知らないことはあってはならない。魔法を極める道を選んだ以上、魔法に関する未知を放置することは彼女も容認できなかった。


「別にそう言うなら良いわよ。無理にでも吐かせるだけだわ」

「この絶剣を前にして、そんな戯言を宣うとは……実に愚かよ」


 絶縁石によって作られた漆黒の剣――絶剣を右手に構えて、アウレリオが左手に紫色の光を灯らせる。


「絶剣だか絶交だか名前なんて知ったことじゃないわよ。ただ私がアンタを叩き潰す理由が増えただけの話なんだから」


 対して、アリスも組んでいた腕を解き、アウレリオに向き合っていた。


「どの道、この決闘の結果は変わらないわ。私がアンタを叩き潰して、アンタを牢屋にぶち込む。そうしないと私も面倒なことが増えるのよ。それでアンタから絶縁石の出所を吐かせる。これで全部綺麗に解決よ。だから、さっさと負けなさい。その方が苦しまなくて気が楽よ?」

「その威勢だけでこの絶剣に勝てると抜かすのならすぐに後悔すれば良い!」

「面倒だから動かないであげようと思ったけど、気が変わったわ。今度は私から動いてあげる」


 それぞれの両手に、アリスが赤色と緑色の光を灯らせる。

 それが魔法使いにとっての戦闘態勢だと理解して、アウレリオは身構えた。


「できるものならやってみよ!」

「えぇ、ならそうさせてもらうわ」


 両手に魔力を灯らせたアリスが、その場で一度だけ小さく足踏みをする。

 アリスの足が地面に触れる寸前、彼女の足に黄土色の光が迸ったのをアウレリオは見逃さなかった。


 その瞬間、アウレリオの立つ周囲の地面から棒状になった土が彼に襲い掛かった。


「小賢しいことを!」


 咄嗟にアウレリオが上に飛び、アリスの不意打ちを回避する。

 すかさず彼も反撃するべく動き出そうとした瞬間だった。


「――私がアンタに何かさせると思ってるの?」


 アウレリオの上から、アリスの声が響いた。

 反射的にアウレリオが空を見上げると、そこにはすでにアリスが緑色に光る右手を突き出していた。


「一応手加減してあげる。死に掛けても治してあげるから安心なさい」


 アリスの右手から風の渦が放たれた。

 迫る風の渦をアウレリオが絶剣を激しく振るい、魔力を掻き消す。


「この剣に魔法は効かぬ!」

「知ってるわ。だから直接叩くだけよ」


 アウレリオが魔法を打ち消したと同時、いつの間にかアリスが彼に迫っていた。

 そして彼が反応するよりも先に、アリスが空中で右足を振り上げた瞬間――そのまま振り下ろした。

 アリスの振り落とした右足が、アウレリオの腹部を打ち抜いた。

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