第31話 魔法の本質の考え方
「今の魔法が……《エアハンマー》だと?」
「えぇ、これも今さっき私が使った《エアハンマー》と同じ術式を使ってるわ。さっきと今の魔法で違うのは、少しだけ術式に手を加えたことくらいね」
「ふざけたことを抜かすな! 術式に少し手を加えた程度で初級魔法の《エアハンマー》がここまで変わるはずないだろう!」
風を生み出し、任意の方向に撃ち出して相手を吹き飛ばすことが《エアハンマー》の主な能力である。その魔法に殺傷能力はないに等しい。
しかしアリスが先程放った魔法は、明らかに殺傷力に優れた魔法にしか見えなかった。
アウレリオの視線の先、地面に空いた大きな穴がその威力を物語っていた。
「今の魔法を見て、少しは考えて理解する努力くらいしなさい? 固定概念に囚われると新しい発想は生まれないわよ? その固い頭を少し考えれば分かるでしょう?」
「考えるだと? 今の魔法が《エアハンマー》だと本気で宣ってるのか?」
「はぁ……やっぱり理解しようとしないのね。まぁ良いわ。その馬鹿な頭でも分かるように説明してあげる」
あり得ないと困惑するアウレリオに、溜息を吐きながらアリスが再度人差し指を彼に向ける。
そしてまたアリスの指先に淡い緑色の光が集まると、瞬く間に緑色の球体が現れていた。
「簡単なことよ。風の属性を持つ初級魔法の《エアハンマー》によって発現する事象は、指定した方向に突風を放つこと。この魔法から生み出される風を私は術式を書き換えて、一箇所に収束させてるの。そうすると、これができるってわけ」
小馬鹿にした笑みを浮かべて、アリスが生み出した緑色の球体をアウレリオに向けて放つ。
風が吹き荒れる轟音を響かせながら飛翔する球体をアウレリオが瞬時に回避すると、また爆音と共に地面に大きな穴が空いていた。
「風って不思議よね、姿も形もない空気でしかないのに一箇所に集まるだけで簡単に強い威力が出せるんだから」
楽しそうに語るアリスの人差し指に、また緑色の球体が生み出される。
アリスが使う《エアハンマー》の威力を見せつけられたアウレリオは、その球体を見るだけで身構えていた。
「小娘が戯言を宣りおって……ここまで魔法の本質を大きく変える高度な術式の改変が容易にできることなどあり得ぬ」
アリスの魔法を何度見ても、信じられないとアウレリオが失笑する。
彼の反応を予め予想していたのか、アリスも同じように失笑を返していた。
「本当に馬鹿ね。考え方を少し変えれば良いだけなのに。この《エアハンマー》をただ風を飛ばすだけの魔法と考えるのは非常に勿体ないわ。この魔法の本質は、魔力消費が最も少なく風を生み出せる魔法と考えるべきなのよ」
そう言って、アリスが球体となって形を変えた《エアハンマー》を撃ち出す。
その魔法をアウレリオが回避している僅かな時間で、おもむろにアリスが人差し指を空に向けて掲げていた。
先程までと違うアリスの動作に、攻撃を回避しているアウレリオが怪訝に眉を寄せる。
「今から見せるこの魔法も《エアハンマー》の応用よ。一箇所に風を集める方法を変えれば、こんなこともできるのよ?」
アリスが掲げた人差し指を振り下ろした瞬間、見えない風の刃が地面を切り裂きながら飛翔した。
飛翔して向かってくる風の刃を前にして、アウレリオの目が見開かれる。
先程、アリスによって放たれた球体化した《エアハンマー》を回避したところに、続けて放たれた風の刃。
回避行動をしている所為でアウレリオが行う次の行動が制限されている。
その隙を狙ったアリスの一撃に、アウレリオの表情が苦悶する。
「その程度でッ――!」
咄嗟にアウレリオが地面に無詠唱で《エアハンマー》を放ち、強引に身体を宙に浮かせていた。
その後、着地したアウレリオを見たアリスが少しだけ眉を吊り上げた。
「へぇ……よく躱せたわね。当たると思ったんだけど」
「この身体を舐めるな。この程度、造作もない」
「勝手に他人の身体を使ってる身分で偉そうに言うんじゃないわよ」
睨むアウレリオに、アリスが呆れた笑みを見せる。
今だに余裕を見せるアリスに、アウレリオは舌打ちを鳴らしながら剣を構えた。
身構えるアウレリオに向けて、アリスが球体化させた《エアハンマー》を生成する。
生み出されたアリスの魔法を見て、アウレリオは納得できないと思いながら口を開いた。
「その魔法の変化を術式の改変のみで本当に行なっているのなら、先程の《プロテクション》も……」
「多分だけど、アンタが考えているそれで合ってるわよ。《プロテクション》が発現する魔法の本質は魔法障壁を生み出すこと。なら私を囲うように魔法障壁を展開できる術式に変えれば良いだけ」
本来の魔法からあまりにもかけ離れた魔法の変化を行うアリスに、あり得ないとアウレリオの顔が歪んでいた。
ここまで自在に魔法を変化させられるなど、本来ならあり得ないことだった。
もし仮に発想があったとしても、その想像を形にすることは容易ではない。
発想もそうだが、それを実現する為に術式を改変し、魔法を発動できる術式として完成させることなど並大体の努力ではできない。
何度も試行錯誤し、長い時間を掛けた末に術式は完成するのだ。
それが容易にできるのなら、この世にある全ての魔法を自在に変えられる。
過去の魔法使い達によって作られた完成された魔法の固定概念を壊し、新しい魔法の形を生み出す。
その才能が本当にあれば、まさに自由自在に魔法を扱えると言っているようなものだった。
「あり得ぬ! そんなことはあり得ぬ! そのふざけた妄言など信じられると思うな!」
「やっぱりクソジジイね。もう歳を食った老人はさっさと隠居した方が良いわよ?」
「……その人を舐め腐った口、必ず後悔させてやろう」
「できるものならどうぞ? できると思ってるならね?」
笑うアリスに、アウレリオが目を吊り上げる。
「そこまで余裕を見せるのなら、もう少し本気で行こう」
「私も手加減するの逆に疲れるのよ。さっさと全力で来なさい。すぐに叩き潰すから」
「減らず口を……!」
アリスを睨むアウレリオが剣を右手だけで構えて駆け出した。
空いた左手をアウレリオがアリスに向ける。
その瞬間、彼の右手から雷の矢が放たれた。
一瞬の内にアリスに向かって、七本の雷の矢が飛翔する。
「杖なしの無詠唱で使えるのは流石ね。でも威力が足りないわ。それだと私の《プロテクション》は抜けないわよ?」
アリスが展開する《プロテクション》によって、放たれた雷の矢が全て塞がれる。
その光景を、アリスがつまらなさそうに眺めていた時だった。
「いや、これで良い」
アリスの背後から、アウレリオの声が聞こえた。
また懲りずに同じことをしている。
そう思いながらアリスが視線をアウレリオに向けた時、彼女の目が妙なモノを捉えていた。
先程までアウレリオが持っていた剣は、銀色の剣だった。
それがいつの間にか、漆黒の剣に変わっていた。
その漆黒の剣をアリスが見た瞬間、思わず彼女は目を見開いていた。
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