第30話 魔法には、無限の可能性がある


「さっきの話を聞く限り、その身体を乗っ取ってる今のアンタとあそこで見てるだけのクソジジイは意志の疎通ができないみたいね」

「それができなくても何も問題はない。後で分かれた私の意思が元の身体に戻った時、この記憶も戻るのだからな」

「そういうこと。本当、不完全な術式ね。よくやるわ」

「小娘に知られてしまった以上、この術式を他の人間に知られるわけにはいかない。当初の予定通りだが、ここで口封じをさせてもらおう。苦しいのは最初だけだ。素直に斬られると良い」

「この私に向かって舐めたこと言ってんじゃないわよ。アンタの持ってる剣で私を切れるもんなら切ってみなさい」

「言われずともッ!」


 接近したアウレリオの剣がアリスに向けて振われる。

 アリスの魔法に攻撃を防がれた瞬間、その姿を消し、そして別方向から現れては何度もアウレリオは攻撃を繰り返す

 しかしアリスの展開する防御魔法の《プロテクション》によって、一度たりとも彼の剣は彼女の身体に届くことはなかった。


「だから無駄だって言ってるじゃない。その剣を何度振っても、私の《プロテクション》は壊せないわ」

「これほどまで高性能の魔法が初級魔法の《プロテクション》であるはずかなろう?」


 退屈そうにアリスの嘆きに、絶え間なく攻撃を繰り返すアウレリオが失笑する。

 アウレリオの身体を乗っ取っているファザード卿も、当然ながらアリスの使用している魔法プロテクションの知識はあった。


 任意の方向に向けて、魔法の障壁を展開する魔法。それが初級魔法に部類される《プロテクション》である。


 この魔法は、発動が容易であることから指定した一方向だけしか展開することはできない。よって展開した方向以外からの攻撃は防げない。


 その知識を持っていれば、アリスが展開する魔法が《プロテクション》だと思えるはずがなかった。


 魔法によってアウレリオの身体を強化し、更に高速移動を可能とする魔法を使って攻撃しているのにも関わらず、今もアリスは全ての攻撃を防いでいる。


 不意打ち、常人では決して反応できない速度の攻撃を死角からしても、アリスの魔法によって防がれる。


 それを全て認識して初級魔法の《プロテクション》を的確に展開できるはずがなかった。


「別にアンタの感想なんて興味ないわ。私が今使ってる魔法は紛れもなく《プロテクション》よ」

「小娘が戯言を抜かすな。ならばこれまでの攻撃を全て認識して的確に魔法を展開しているとでも言うのか?」

「私がそんな面倒なことするわけないでしょ? 初級魔法でも術式を少し変えれば色々できるのよ? アンタも馬鹿ねぇ、もう少し勉強した方が良いんじゃない?」


 アリスが小馬鹿にした笑みを浮かべる。

 その表情に思わずアウレリオの眉が寄った。


「……術式を少し変えるだと? なにを言うかと思えば、魔女と名ばかりの小娘が無知を晒す姿は実に愉快だな?」

「はぁ? 私の魔法に文句でもあるわけ?」


 失笑するアウレリオに、アリスが目を吊り上げる。

 アウレリオは攻撃を繰り返しながら、アリスに諭すように語り出した。


「魔法使いの端くれでも分かることだ。この世に広まっている魔法の術式は長い月日を経て完成された術式なのだ。それを改変したところで、完成された術式以上の性能は出ない。ましてや初級魔法が中級魔法以上の性能を出すなどあり得ぬ。それを考えれば、今も小娘の使っている魔法が《プロテクション》ではなく中級以上の魔法だと思うのが当然だろう? 自分が使っている魔法を勘違いしている小娘が魔女と呼ばれるなど、実に嘆かわしいことだとお主も思わぬのか?」


 それが数多くいる魔法使い達の常識だった。


 過去の魔法使い達が長い時間を掛けて完成された魔法を発動する術式を改変しても、それによって起きるのは些細な変化しか起きない。むしろ改変しても、それが改悪してしまうことがほとんとだ。


 魔法を研究する魔法使いでも、完成された術式を更に改良化できることは稀である。ましてや初級魔法が中級魔法以上の性能となる改良などあり得ない話だった。


 よって今のアリスは初級魔法ではなく、それよりも性能の高い中級以上の魔法を使っているとしかアウレリオには思えなかった。


「はぁ……やっぱり頭の固い人間って本当に馬鹿ね。素直に事実を受け入れて、それを経験として積んだ方が良いに決まってるのに」


 深い溜息を吐き出して、アリスが呆れる。

 その反応に、思わずアウレリオは苦笑していた。


「事実? 小娘が無知であることだろう?」

「なら偏屈なクソジジイに見せてあげる。魔法の術式には、無限の可能性があるってことを」


 アウレリオに攻撃をされ続けていたアリスが腕を払うと、突如強風が吹き荒れた。

 発生した強風にアウレリオの身体が後方に吹き飛ぶ。しかし難なく着地し、彼は身構えた。


「杖なしの無詠唱で初級魔法の《エアハンマー》を使えても、自慢にはならぬぞ?」


 アリスが発動した魔法を即座に看破したアウレリオが失笑する。


 初級魔法に部類される風属性の魔法エアハンマー


 その魔法が発動する効果は、任意の方向に向けて突風を放つこと。殺傷性の低い魔法として認知されている魔法である。

 魔力制御の補助をする杖を使わず、呪文の詠唱を行わずに使うことが容易い魔法としても知られている。


「馬鹿なアンタに実演してあげてるのよ。今のが普通の《エアハンマー》って分かったのなら、説明は不要ね。ならこれは?」


 そう言って、アリスが人差し指をアウレリオに向ける。


 その時、緑色の淡い光がアリスの人差し指に灯った。


 次第に強くなる緑色の光が彼女の人差し指の先で集まっていくと、その指の先で小さな球体が生まれる。

 子供の掌に乗る程度しかない大きさの緑の球体が、アリスの指先に浮遊していた。


「……なんだ、それは」

「これも《エアハンマー》よ。ちょっとした術式の応用ね」


 怪訝に顔を顰めるアウレリオに、アリスが淡々と告げる。


「ただの初級魔法でも、こうすれば立派な攻撃魔法になるのよ」


 そしてアリスが浮遊する緑の球体と共に指先をアウレリオに向けると、彼女は緑の球体に人差し指を弾いていた。


 アリスの指から風が吹き荒れる音が響く。


 その音と共に、彼女から発射された緑の球体が凄まじい速度でアウレリオに飛翔した。


「その程度の攻撃――」


 見るからに貧弱にしか見えない魔法に、アウレリオが持っていた剣で防ごうとした瞬間だった。


 向かってくる緑の球体を凝視していると、奇妙な音がアウレリオの耳に入った。

 まるで風が吹き荒れるような、台風を目の前にしているような轟音が聞こえる。


「ッ――⁉︎」


 その音を聞いた途端、咄嗟にアウレリオはその球体から離れていた。

 アウレリオがその場から飛び引き、アリスの放った緑の球体が彼の立っていた場所に衝突する。


 その瞬間、大きな爆音が競技場内に響き渡った。


 アウレリオが先程まで立っていた場所を見て、目を大きくする。

 その視線の先には、地面に大きな穴が空いている光景があった。


「あら、防がなかったのね。残念、もし防いでたら腕の一本は無くなってたのに」

「今の魔法は、一体……?」

「今のも《エアハンマー》よ」


 唖然とするアウレリオに、アリスが答える。

 その返答に、アウレリオは意味が分からないと顔を強張らせて困惑していた。

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