異世界転生して働きたくないから最強の魔法使いとなって自堕落な日々を過ごしていたら、なぜか国の守護者になってしまった〜楽して生きるために奮闘する自堕落魔女の物語〜
第18話 魔女機関に批判的な人間もいる
第18話 魔女機関に批判的な人間もいる
不意に聞こえた老人の声に、アリスとアルディウスの二人が怪訝に眉を顰めて、互いに顔を見合わせた。
誰かと話しているにしては、随分と声量が大きい。まるでこの場にいる人間達に聞いてほしいと言いたげなわざとらしさが、アリスの中に妙な不快感を募らせた。
何気なく彼女が声の方に振り向くと、その視線の先――庭園の入口には、身なりの良さそうな老人がその背後に部下らしき数人を引き連れて立っていた。
偶然にも、視線を向けたアリスと老人が目を合わせる。
怪訝に眉を寄せるアリスに老人が小さな笑みを浮かべると、なにを思ったのか彼はわざとらしく両手を広げて告げていた。
「まさか混沌の名を冠した魔女様が皆からの信頼欲しさに売名行為をされるとは……実に嘆かわしいっ! このような卑劣な手段を魔女様が使うとは誰が思うだろうか!」
その笑い混じりの老人の声を耳にして、ムッとアリスの眉が吊り上がった。
独り言にしては、やはり声が大きい。背後にいる人間に話し掛ける声にしても、ここまでの声量は要らないだろう。
まるで演説でもしているような気さえする。その過度な声量とわざとらしい態度が、アリスに更なる不快感を募らせた。
いや、おそらく気のせいではないだろう。
たった今聞こえた笑いを堪えてるような声色と茶化した言葉が、隠す気すらないと物語っている。
それはどう聞いても、人を馬鹿にしているとしか思えない発言だった。
「……随分と頭の悪いことを口走ってるジジイがいるわね。やっぱり人間の頭って使わないと衰えるって本当みたい。だってそこに自分は馬鹿だって言ってるジジイがいるんだもの」
老人に向けて、アリスが自身の頭を指で突きながら失笑する。
しかし彼女に煽られても、老人は気にする様子もなく楽しそうに笑っていた。
「ははっ、魔女様の思惑が私に見抜かれて慌てているのでしょう! まさかそこまで取り乱されるとは!」
続けて、老人がわざとらしく大声を出す。
その強引な彼の態度に、思わずアリスの眉間に皺が寄った。
全く見当違いなことを言っている老人にアリスが困惑していると、彼女の隣に居たアルディウスが口を開いた。
「ファザード卿⁉︎ その言葉、アリス様に対する無礼だと分からないのか⁉︎」
「無礼もなにも事実でしょう! この状況を見て、そう考えない方がおかしいと思わないのですか! あぁ……さてはアルディウス様も魔女様の美貌に魅入られてしまったのでしょう! それなら納得もできる!」
「一体、あなたはなにを言って――」
返ってきた老人の言葉に、アルディウスが困惑する。
しかしアルディウスが訊くよりも先に、老人は続けた。
「私もここまで手間の掛かることを魔女様がされるとは思いませんでした! 意図して王城の中で人間を死に際まで傷付け! そして七節詠唱たるリザレクションを使ってまで自身の力を見せつけるような幼稚なことを魔女がされるなんて……これが嘆かわしいとアルディウス様は思わぬと仰るかっ!」
その話を聞いていくうちに、アルディウスの表情が次第に変わっていった。
困惑からゆっくりと、彼の表情が驚愕の色に染まった。
「あぁ、嘆かわしい! 実に嘆かわしいっ! ようやく訪れた六国の和平を作り上げる魔女機関の魔女がこんな下賤な人間だったと誰が思おうか!」
絶えず、遮ることも許さないと老人が声を大きくして叫ぶ。
「まさかあなたの狙いは――」
その時、アルディウスはハッと気づいて周りを見渡した。
アルディウスが周囲を見渡すと、そこは彼の想像通りの光景が広がっていた。
庭園の中に居た人間達が、全員が揃って困惑した表情でアリスを見つめていた。
彼等の表情から見て取れるのは、明らかに疑惑の感情だった。
その光景を目にして、アルディウスは震えた声を漏らした。
「ファザード卿……本気なのですか?」
「アルディウス様がなにを仰ってるか私には見当も付きませぬ! これもやはり魔女様に魅入られた所為か! なんという下賤なことを!」
だがアルディウスが問うても、老人――ファザード卿は苦悶の表情を浮かべるだけだった。
周囲に堪えず混沌の魔女を貶める発言を繰り返すファザード卿に、アリスは首を傾げながらアルディウスに訊いていた。
「私の気のせいかもしれないけどさ……あのジジイ、もしかして私のこと邪魔だと思ってる?」
「おそらくは……もしや今回の件も、彼の差し金かもしれません」
眉を顰めるアリスに、アルディウスが表情を歪める。
彼の返事を聞いて、アリスは怪訝に眉を顰めた。
「ふーん? なら辞めても良いわよ?」
「もしアリス様が本当にそうすればあの者の思惑通りになりますので、どうか考え直しください」
今もいかに混沌の魔女が劣悪な人間かと語るファザード卿に聞こえないように、アルディウスが小声で答える。
しかしアリスはその声量に合わせることなく、普通に話していた。
どの道、ファザード卿の声が大き過ぎて自分達の言葉など聞こえるとは微塵も思えなかった。
「だって私のこと邪魔なんでしょ?」
「それは一部の人間だけです。あの者の名はユールバルト・ファザード。我が国の魔法協会を管理する者の一人です」
「……魔法協会?」
アルディウスの口から出てきた名称にアリスが訊き返すと、彼は小さく頷いた。
「我が国の魔法に関連した組織などを管理する機関です。魔法学校を始め、魔法に関連する組織を総括して取り締まっています」
「あのジジイがそこのお偉いさんってことね」
「えぇ、そしてあの者には以前から妙な話が……」
「妙な話?」
言い淀むアルディウスに、アリスが目を細める。
彼女が怪訝に待っていると、たどたどしくアルディウスは告げていた。
「ファザード卿を始めとした一部の人間達が魔女機関に対して批判的だと密かに噂されてまして」
その話を聞いて、アリスは少し目を大きくした。
そしてすぐに、彼女は自然と頬を緩ませていた。
「へぇ、そんな人間がいるのね。まぁ、考えたらそうよね。いきなり知らない人間が国を管理するなんて言われても納得できない人間も当然いるわ」
「あの……気のせいかとは思いますが、なぜ嬉しそうなのですか?」
「嬉しいに決まってるじゃない。だってあのジジイに好き勝手言わせておけば、私が魔女を辞める理由を勝手に作ってくれるのよ?」
弾む声で答えるアリスに、アルディウスが苦悶した。
本来ならファザード卿も、アリスが魔女を辞めたくないと反論すると思っているのだろう。
しかしアルディウスは知っていた。ここにいる混沌の魔女は、自身の仕事を嫌がっていると。
アリスは大魔女であるシャーロット・マクスウェルに強いられて魔女の仕事を担うことになった。それを良しとしていない。なにかと理由があれば辞めようと考えているのが今までの会話で垣間見えるくらいである。
そんな彼女にここまで都合の良いことが起きれば、どうなるかなど考えるまでもなかった。
「アリス様、それだけはどうか考え直してください。あなた様が素直に魔女を辞めてしまえば、彼等の思う壺です」
「なにを企んでるか知らないけど、別にどうでも良いわよ。この国がどうなろうとも」
だからアリスのその返事も、容易にアルディウスは想像できた。
このままでは間違いなくアリスは魔女の仕事を辞めるだろう。
それだけは回避しなければと、アルディウスはまだ彼女に伝えたくなかったことを伝えるしかなかった。
「まだ噂の範疇ですが……彼等は国家転覆を考えているかもしれないのです」
「……はぁ?」
「アリス様がいなければ、彼等は戦争を続けようと暗躍するかもしれません。それを回避するためにも、アリス様のお力が必要なのです」
そう告げたアルディウスの話に、アリスは意味が分からないと困惑した表情を浮かべた。
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