第41話 それで手を打ってあげる
「そんな親心なんて私の知ったことじゃないわよ。私は私自身の思うまま不自由なく生きるだけの為に魔法を学んできたの。誰にも指図されず、何にも縛られずことなく、私だけの自由を誰にも邪魔されない為だけに」
頭を上げるアルバルトに、彼を見つめるアリスが不快だと表情を歪める。
それは縛られる人生を経験したアリスだからこその信念だった。
自身に抗う力がなければ、自由を奪われ、生きる道を決められ、搾取され続ける。そして生きている意味すらも、なにひとつも得ることすらなく、その人生を終える。
そんな奪われ続ける人生に意味などない。だからこそ、アリスは抗う術を手に入れた。
自身の思う通りに生きられるように、自分の人生を自由に生きられるように、ただそれだけのために。
その道を進む力を得るために、途方もない努力をアリスは積み重ねてきたのだ。
「知らない人間だろうが、それが親であろうが関係ない。私の魔法は誰かのために使うものじゃない。あのクソババアがくだらない親心で私に何を言ったところで、私には一切関係ないわ」
失笑混じりに語るアリスが右手を掲げると、その手に緑の光が淡く灯った。
彼女の手に灯る光が次第に強くなり、眩い光となる。
「私の魔法は、自分自身で決めた道を進むだけの為にあるのよ。この努力を誰かに知られたいとも、認められたいとも、褒められたいとすら思わない。だからあのクソババアやアンタがどう言おうと、私は自分の生き方を変えるつもりなんて微塵もないわ……それなのに言うに事欠いて、私の努力が誰にも知られないことが許せないですって?」
そう言って、アリスが右手を握り締める。その拳から迸る彼女の魔力が周囲に撒き散らされる。
それがアリスにとって大したことのない量でも、周囲の人間から見れば圧倒されるほどの魔力量だった。
「……勝手なこと言うんじゃないわよ! 本当ならここにいることすらどうしようもなく嫌で仕方ないのに、他人のために魔法を使うことすら耐えられないのに! それを私に強要するアンタ達を見てると虫唾が走るわ!」
「――ッ⁉︎」
今にも魔法を発動しそうなアリスに、咄嗟にアルディウスが腰に携えた杖を引き抜こうとした。
しかしアルディウスが杖を抜く瞬間、跪くアルバルトが右手を払うと彼の手から杖が弾き飛ばされた。
「わざわざアンタがそんなことしなくても、そこの男が何をしたところで私には無意味よ?」
アルバルトが未然に防がなくとも、アルディウスが何をしてもアリスには意味のないことだった。
並の魔法使いが使う魔法など、大した障害にはならない。仮に魔法を先に使われたところで、それに応じたアリスが手を使うだけの話だった。
「アリス殿、これは私なりの誠意だ。私は大魔女のシャーロット殿ではなく、このシャルンティエ王国を守護する混沌の魔女たるアリス殿の力をお借りしたい」
「まだ言うか……アンタが余計なことを言わなければ、私だって嫌々でも手伝ってあげたのに」
目を吊り上げるアリスがアルバルトを睨みつけた。
彼女の鋭い視線と撒き散らされる魔力がアルバルトを威圧し続ける。
絶対に勝てないと理解させられるアリスの魔力に、アルバルトは静かに彼女を見つめるだけだった。
「アリス殿がシャーロット殿に強要されて魔女の役目を担っていることは理解している。アリス殿の持つその誰よりも自由を求める固い信念も、初めて会った時から私も察していた。その為だけに、それだけの力を得るに至ったアリス殿の信念は、言葉を選ばなければ……狂気とすら思えるほど」
「私が狂ってるですって? 随分と好き勝手に言うじゃない? 人殺しなんて趣味じゃないけど、私の信念を貶されれば……私も気が変わるわよ?」
緑色の光が迸る右手をアリスがアルバルトに突き出す。
後は彼女の意思ひとつで魔法が発動する。そうなれば杖も持たず、抵抗する意思すら見せないアルバルトは瞬く間に彼女の魔法の餌食となるだろう。
しかしその状況でも、アルバルトは動じることなくアリスと対峙していた。
「貶してなどいない。その狂気だけでここまで至ったアリス殿には、畏敬すら足りぬほどの尊敬を私は抱いている。ただ言葉だけで自由を得ると言ったところで、それを実現するのはあまりにも途方もないことだ。それを魔法の力だけで成り立たせているアリス殿の才能……いや、これは紛れもなく努力と言えよう。その大魔女にすら届きうる力を得たアリス殿の狂気的な努力は、誰が見ても誇れるものだ」
自由というモノを得るのは、簡単ではない。それは国の王たるアルバルトだからこそ理解できることだった。
アリスの語る自由とは、なにひとつの不自由もなく生きること。それがいかに困難であるかは、誰でも分かるほどの困難でしかなかった。
人や権力、金銭など生きる人間の集団の中で生きれば、様々なしがらみが自由を邪魔する。
自由を求めて一人で生きようとしても、一人だけでは限界がある。なにをするにも、必ず限界というものが訪れる。
それを魔法の力だけで解決させた愚直なアリスのひたむきな努力は、紛れもなく狂気としか言えないものだった。
全てのことを魔法で完結させる。その為に困難とされる魔法の創造すら習得し、自在に魔法を扱えるまでにアリスは至ったのだ。
その安直な願いの為に惜しまぬ努力を続け、それを実現したアリスをアルバルトは貶せるはずがなかった。
アルバルト自身も、代々継がれるシャルンティエ王国をより良くする為に努力を積み重ねてきた人間の一人。アリスの狂気的な努力には、彼も素直に尊敬できるほどだった。
「……それで私の気が変わると思ってるの?」
「私は事実を言ったまでだ。アリス殿の機嫌取りがしたいわけではない」
「よく言うわ」
不快だと鼻を鳴らすアリスに、アルバルトが淡々と告げる。
そして再度アルバルトが深々と頭を下げると、彼はまたアリスに懇願していた。
「アリス殿。この私の願いとシャーロット殿の親心を汲んで、どうかその力を我々に貸して欲しい」
「……また性懲りもなく余計なことを」
思わず、アリスが頭を抱えたくなる。
大魔女のシャーロットではなく、頑なに自分に頭を下げるアルバルトにアリスは心底呆れていた。
彼が余計なことを言わなければ、アリスも嫌々ながらも手助けはしたのだ。
国の為、恩の為、そしてシャーロットの頼みの為など色々とアルバルトが押し付けて来なければ、アリスも知らないまま手助けをしていた。
しかしもう知ってしまった以上、アリスも頷く気にはなれなくなった。
誰かの思惑の為に、自身に利もないのに魔法を使う。それをアリスも簡単に容認するわけにはいかなかった。
一度頼み事を受け入れれば、また同じことを繰り返す。人間とはそういう生き物だ。
目の前で王が直々に跪いて懇願しても、彼が人間なのは変わらない。きっとまたいつか、彼も同じことをする。
だからこそ、もし仮にアルバルトの話を受け入れるなら――それに応じた対価を示すべきだろう。
そう思い、アリスが口を開こうとした時だった。
「この国で差し出せる物なら、なんでも差し出そう。この国に、アリス殿が望む物があるのなら」
「……へぇ?」
思わぬ言葉がアルバルトから出て、アリスの意表が突かれた。
「本当に良いのかしら? シャーロットに言えば無償で済むのに、それでもわざわざ私に頼むの?」
「構わぬ。国の為、シャーロット殿の願いの為なら安過ぎるほどだ」
即答するアルバルトの返事に、そっと自身の顎に指を添える。
そう言われれば、この国の魔法障壁を作り直すと話していた時もアルバルトは似たようなことを話していた。
その件に加えて、更になんでも差し出すと告げられたことに、アリスの口角が僅かに上がった。
不自由な生活をしていても、アリスにも欲しいものはあった。決して手に入らないわけではないが、善人の化身たるシャーロットの所為で手に入らないものがある。
わざわざ自分から言い出すとは殊勝なことだ。アルバルトの構えの良さに笑みを浮かべると、アリスは撒き散らしていた魔力を消していた。
混沌の魔女となった自分の力を借りたいのなら、それに見合うものを提示しよう。自由に使えるなどと思われるのは、非常に不愉快でもある。
そう思って、アリスは笑みを浮かべながら口を開いた。
「ならこの国の保有する魔導書、全部私に見せなさい。希少な本だろうが開いてはならない禁書だろうがなんだろうが一切関係なく、全て包み隠さずに私に見せなさい。それで手を打ってあげる」
アリスの言葉に、アルバルトとアルディウスの目が見開かれた。
国が所有する魔法の本。魔法の詳細や術式が記載された魔導書は、国の資産として扱われている。
他国に明らかにされていない自国だけが保有する魔法など、様々なことが書かれている魔導書は所有する数が多いほど国としての価値を高くする。
それを全て差し出せと告げたアリスの要望は、あまりにも馬鹿げた内容だった。
「……差し出すのではなく、見せるだけか?」
「所有権は要らないわ。本って多いと邪魔なのよ。私の好きな時に、自由に閲覧できる権利をよこしなさい。まさかとは思うけど、嫌なんて言わないわよね?」
「言わぬ。王に二言はない。アリス殿の提示した要望、全て受けよう」
笑顔を見せるアリスに、アルバルトが即答する。
「気前が良いのは好きよ。なら喜んで手伝ってあげる」
その承諾の返答を聞いて、アリスは満足そうに頷いた。
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