第40話 可愛い娘を頼ってほしい


 すでに王都で起きている状況の大まかな概要はアリスもシャーロットから聞いていたが、アルバルトから改めて彼女が確認した内容は――以下の通りだった。


 突如消失した王都全体に展開されていた魔法障壁及び結界魔法の再展開は、現状では困難。


 王都を守る魔法障壁は魔法を構築する術式が魔法陣の形式を用いられて展開されていたらしく、王城内部の地下で厳重に管理されていたその魔法陣が何者かによって破壊されたらしい。


 魔法障壁を再展開するのには、アルバルト曰くかなりの時間を必要とし、大規模な魔法陣の再構築には少なくとも数刻は掛かる見通しだった。


 加えて今現在も王都に迫っている魔物の大群は、王都を中心に東西南北から接近中。遅くても半刻――三十分も掛からずに王都に到着すると予想されている。


 その各方面から接近している魔物の数は、アリスが昨日に撃退した数と同数か、もしくはそれ以上。


 王都が保有している戦力では二方向を守るだけで精一杯と言うのが、現状を見たアルバルトの判断だった。


 それが東西南北の四方向から迫っている。とてもではないが今の状態では守り切れない。頼みの綱であった魔法障壁が破壊されている状態では、全てを守り切ることは困難。


 このままでは間違いなく王都は崩壊する。


 それがアルバルトが告げる王都の現状だった。


「随分と終わってるわね。その状況」


 一通り説明を聞いたアリスが呆れたと失笑する。

 肩を落とす彼女に、アルバルトも引き攣った笑みを浮かべていた。


「うむ……アリス殿の言う通り、今の状況は非常に良くない。とにかく今は民の避難を最優先にしつつ、戦力を分散して各方面の守りを強化している最中だ」

「王都に住む人間を守りたいなら妥当な対応ね。これだけ騒ぎにもなればになった人間が何をするか分からないし」

「アリス殿? とは?」

「……気にしないで。慌てる人間を制御するのは難しいって言いたかっただけよ」


 怪訝に眉を顰めたアルバルトに指摘されて、ゆっくりと目を大きくしたアリスが渋々と答える。


 僅かに小首を傾げるアルバルトだったが、アリスの説明を聞くとすぐに納得の表情を見せていた。


 その表情を見て、アリスは即座に話を続けることにした。無意識に口から出た言葉をこれ以上追求されるのは、彼女にとって非常に都合が悪かった。


「とにかく、今の状況だとアンタ達は勝てないのね?」

「その通りだ。仮に幸運が重なった運良く守れたとしても、どの道王都は崩壊するだろう。人も大勢死ぬ」


 アリスの確認に、アルバルトが悔しそうに顔を歪めて答える。

 このままでは王都は崩壊する。その事実を誰よりも受け止めているからこその表情だった。


 顔を歪めるアルバルトがアリスを見つめる。


 気だるそうにして向き合うアリスをアルバルトが少しの間だけ見つめると――突如、彼はその場に跪いていた。


 その光景を見たアルディウスが見開く。そして周囲を慌しく走っていた人間達も、王の行動に思わず立ち止まっていた。


 同じようにアリスも、アルバルトの行動に怪訝に眉を寄せていた。


「……アンタ、この国の王様でしょ? 急に何してるのよ?」

「混沌の魔女、アリス・フラルエヴァン殿。我が国の王として、そなたに頼む。アリス殿が持つ、その卓越した力をお借りしたい。今、我が国に迫る脅威を払う力を貸して頂けないだろうか?」


 深々と頭を下げて、アルバルトが懇願する。

 その姿に、アリスは気だるそうにして溜息混じりに訊いていた。


「仮に王様のアンタが頭を下げるなら、私じゃなくてシャーロットじゃないの? 嫌々協力させられてる私より、あのクソババアなら頼まなくても率先して助けてくれるでしょ?」

「アリス殿の言う通り、シャーロット殿の人柄ならば我々を助けてくれるだろう」


 頭を下げるアルバルトの返答に、アリスが小さく頷く。

 シャーロットの人柄を知っていれば、彼女ならそうするだろうと誰でも分かることだ。

 それなのにアルバルトが頭を下げる意味を見出せず、アリスは眉を寄せたまま口を開いた。


「なら――」

「だが、それはシャーロット殿の望みではない。私は、シャーロット殿から頼まれている。アリス殿を頼むと」

「は?」


 唐突に告げられたアルバルトの言葉に、アリスが呆然とする。

 呆ける彼女に、アルバルトは頭を下げたまま続けた。


「私よりも私の可愛い娘を頼って欲しいと。アリス殿を混沌の魔女に任命したシャーロット殿が言っていたのだ」

「今の状況でそんなこと言ってられるの? 国が滅ぶかもしれないってのに?」


 あり得ないとアリスが頬を引き攣らせる。

 しかし彼女の声を聞いても、アルバルトは一貫して頭を下げたまま頷いていた。


「この国は、過去に何度もシャーロット殿に助けられてきた。簡単に返すことのできない恩を返そうとしても、彼女は一切受け取らなかった。その彼女が、初めて私に頼み事をしてきたのだ」

「そんなこと今は関係ないでしょ?」


 呆れるアリスに、アルバルトの首が左右に動いた。


「シャーロット殿の願いを叶えることこそ、この国が彼女から受けてきた恩を返せる時なのだ。混沌の魔女としてのアリス殿の立場を利用する形になってしまうが、私はアリス殿に頼みたい」

「その義理を通すってアンタの勝手な都合でしょ?」


 アルバルトの話を聞いたアリスが小さく肩を落として失笑してしまう。

 全く自分に関係のない話をされても、なにも心に響かないというのがアリスの素直な感想だった。


「アンタの都合なんて私には関係ないわよ。どちらにしても私もクソババアに強制されてるんだから多少なりとも手助けはするわ。わざわざアンタが頭を下げる必要なんてないでしょ?」

「確かにそうだろう。これも、私なりの誠意と思って頂きたい。シャーロット殿の願いを叶えたい私の都合でもあり、彼女の語るアリス殿を見た私がそなたを頼りたいと思った。アリス殿の言葉を借りるなら、それだけの話だ」


 淡々と語るアルバルトに、アリスが目を細める。

 随分と勝手な話だと思いながら、彼女は少しだけ気になったことを何気なく訊いていた。


「シャーロットが語る私ですって?」

「シャーロット殿は言っていた。私の自慢の可愛い娘は、誰よりも努力を惜しまない子だと。その努力の末に洗練された才能を誰にも知られずに人生を終えることだけは、母として親として決して許せないと。だからこそ、アリス殿を頼って欲しいとシャーロット殿は嬉しそうに話していた」

「……よくもまぁ、あのババアは好き勝手に」


 頭を抱えながらアリスが溜息を吐きたくなった。

 勝手に自分のことをシャーロットが他人に話していることにも腹立たしく、勝手な親心を出されていることにも苛立つ。


 自分の努力は、全て自身の願いの為に続けてきた努力でしかない。それを誰かに知られたいとも思わないし、褒められたいと思ったこともない。


 そんな承認欲求など初めからアリスは持ってなどいなかった。


 いつもあの親は余計なことばかりとアリスが腹を立てていると、ふとアルバルトが頭を上げていた。

 苛立ちを見せる彼女の表情を見て、アルバルトはゆっくりと口を動かした。


「アリス殿。私の話でシャーロット殿に対する怒りを感じているのなら、どうか抑えてはくれぬだろうか?」

「……なんでよ?」

「親というのは、自分の子が成長する姿を見るのが嬉しくて仕方のない生き物なのだ。シャーロット殿の親心を、どうか察して欲しい」


 そう語るアルバルトに、無意識にアリスは困惑した表情を浮かべていた。

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