第59話 私が根絶やしにしてくるわ


「アリス。まさかとは思うけど……」


 嫌な予感がして、シャーロットの眉が僅かに吊り上がった。


 不死になる方法を探し求めているアリスにとって、その魔法は喉から手が出るほど欲しいはずである。


 もし本当に不死の魔法が実在し、シャルンティエ王国を滅ぼした報酬にその魔法が得られるなら、アリスがファザード卿の代わりに王都を滅ぼそうと考えかねない。


 ファザード卿に王都の襲撃を依頼した相手が誰なのか分かっていれば、相手の望む結果を作った後で交渉などすれば良いだけの話だ。


 その僅かな可能性がシャーロットの頭を過ぎるが、その言葉にアリスは失笑してした。


「あのジジイも理由は違っても、私と同じように不死を望んでたみたいだけど……そこまで私も馬鹿じゃないわよ。嘘か本当かも分からない話で国なんて滅ぼせる訳ないでしょ?」

「でもファザード卿はその話に乗った。少なくとも信憑性のある話だったから不死の魔法が欲しかった彼は王都を滅ぼそうとした。それをアリスが察せないはずないでしょう?」


 シャルンティエ王国で魔法関連の高い地位を持つファザード卿が馬鹿であるはずがない。

 その彼が信じたことなら、少なくとも信頼できる話だろう。信じられる話だったから、王都を滅ぼそうとした。

 魔法に関する知識を多く持つファザード卿が信用した時点で、その話には多少なりとも信憑性があった。


「アンタの言う通り、ある程度は信頼できる話だと思うけど……私は遠慮させてもらうわ」

「嘘でしょ? アリスの欲しがってる不死の魔法なのよ? それなのに要らないですって?」

「えぇ、要らないわ。得体の知れない魔法を知るためだけで国を滅ぼすほど私も人間辞めてないわよ」

「なら別に私達に隠す必要なんてなかったでしょう?」


 アリスから予想外の返答に、シャーロットは怪訝に眉を寄せていた。


 不死の魔法を要らないとアリスが答えたことですら驚くことだったが、それなのに何故彼女が意図的に隠したのかシャーロットには今でも分からないままだった。


 良からぬことを考えていたから隠していたのではないのなら、なぜアリスが話さなかったのか?


 その疑問に、アリスは作業を進めながら片手間に答えていた。


「単純に言わない方が良いと思っただけよ。ユースティア大陸の外で“闇の魔力”を使った魔法があるなんて話、知らない方が良いでしょ?」


 あまりにも平然と、まるで世間話のようにアリスが語る。

 しかしその話を聞いた途端、いつの間にかシャーロットの目が据わっていた。

 一目で分かるほどの怒りを露わにする彼女の身体から少しずつ魔力が溢れ出していた。


「魔力が漏れてるわよ。アンタの魔力だと出され過ぎたら認識阻害の魔法が崩れるわ。さっさと抑えなさい」

「アリス。その話、本当なの?」


 先程と全く違う、強い声色で、魔力を撒き散らすシャーロットが問う。

 背中に感じる重い魔力の圧を感じながら、アリスは気にする素振りもなく作業を続けていた。


「確かどこだったかしら? ユースティア大陸に喧嘩売ってきた大陸って?」

「……アスタリア大陸よ」

「あぁ、そうだったわ。そこよ」


 シャーロットの返答に、アリスが思い出したと言いたげに相槌を打って頷く。

 そしてそのまま気怠そうにアリスは話していた。


「あのジジイを雇ったアスタリア大陸には、どうやら闇の魔法があるらしいわ」

「人間が闇の魔力に手を出すなんて……!」


 シャーロットの表情が怒りに歪む。同時に彼女から漏れる魔力が、その密度を増していく。


 周囲がシャーロットの魔力で満たされつつある状況に、思わずアリスは眉間に皺を寄せていた。


 魔力の濃度が濃くなれば、その分だけ空気が異質になる。


 たとえアリス達がいる場所が王都の大通りを外れた路地だとしても、シャーロットが魔力を出し続ければ異変に気づく人間が現れる可能性も十分あり得る。


 もし気づいて誰か来てしまえば、アリスが隠れて術式を設置している意味が無くなってしまう。


「だから早く魔力を抑えなさいって! アンタが馬鹿みたいに魔力垂れ流したら私の認識阻害も意味ないでしょ!」


 アリスが指摘すると、渋々とシャーロットは周囲に漂う魔力を回収していく。


 シャーロットが撒き散らした魔力が無くなっていくのを確認して、アリスは呆れて深い溜息を吐いていた。


「だから言いたくなかったのよ。言えばアンタがそうなるのなんて分かりきってたわ」

「人間が闇の魔力を使った術式を使えばどうなるか……アリスが知らないはずないわよね?」


 冷たい声で、再度シャーロットが問う。

 その質問に、アリスは鼻で笑いながら答えていた。


「私が知らないはずないでしょ? 魔物だけが持つ闇の魔力を術式で使うってことは、使用者の体内に闇の魔力を取り込む必要がある。魔物を構成する魔力を人間が取り込めば、使えば使うほど使用者の身体も――」

「魔物になるわ。その人間は知恵を持ったまま、人ならざる者になる。文字通りの化け物になり、その成れの果てが欲望に抗えない魔族になる。もし魔族が増えるようなことがあれば……」


 下唇を噛みながら、シャーロットは怒りで顔を歪めていた。


 魔物だけが持つ魔力――闇の魔力。

 それを用いて術式を発動される魔法は、闇の魔法と一部の魔法使い達に呼ばれている。


 その魔法を使い続ければ、使用者の身体は闇の魔力に侵されていき、次第に身体は魔物に近い存在と変わっていく。


 その成れの果てが、魔族と呼ばれる人ならざる者達の名だった。


 もし魔族が増えていけば、いずれ必ず人間と争うことになる。それは大昔に起きた戦争として歴史の中に刻まれていた。


 魔族たる自分達こそ新しい人類だと語り、人間達を襲う。そして大きな争いが生まれる。


 その魔族を率いる王は、必ず現れる。


 その名は、アリスも当然知っていた。


「そのうち魔王様なんて生まれるかもね。もしかしたら、もうそのアスタリア大陸にいるかもしれないわ」

「……笑えないわよ?」

「笑わせるつもりなんてないわよ。ただ私は事実を言っただけよ」


 険しい表情を見せるシャーロットに、アリスが呑気に答える。

 そしてようやく続けていた作業をアリスが終えると、開いていた地面を閉じて立ち上がっていた。


「ユースティア大陸に喧嘩売って来たアスタリア大陸が闇の魔法を使うなんて言われても信じるわけもないし、あの王様達が仮に信じたとしても彼等のやることは変わらないわよ」

「……私が根絶やしにしてくるわ」


 今にも動き出そうとするシャーロットに、アリスは呆れたと失笑した。


「相手が何してくるかも分かんないのに敵陣に単独で突っ込むのも別にアンタの勝手だけど、そこまで相手も馬鹿じゃないでしょ? アンタの名前も有名なんだから対策されててもおかしくないわよ?」

「私が負けるとでも思ってるの?」

「アンタでも注意した方が良いって言ってるのよ。闇の魔法に関する知識なんて私達でも大してない。無知の突貫は馬鹿のやることよ。突っ込むよりも、準備くらいしてから行きなさい。アンタが行くよりも先やること、幾らでもあるでしょ?」


 アリスにそう諭されて、シャーロットは眉を顰めた。


 確かに、やることは幾らでもあった。


 それこそ新しく創設した魔女機関によってユースティア大陸に存在する六つの国をひとつにする為にやることは山のようにある。


 攻めるよりも、まとまりのない各国をまとめることも必要である。

 各国が守護者の魔女で守れたとしても、国同士の連携の取り方など何も決まっていない。


 いまだ数々の問題を抱えているユースティア大陸の状況で、戦争が始まれば良くないことは考えなくても分かる。


 しかし今すぐにアスタリア大陸に向かいたい気持ちも、シャーロットの中から消えなかった。


「地盤を固めることも大事だけど……」

「別に止めはしないわよ。ただ私にこれ以上の面倒事が来なければ好きにしなさいな」

「そこは私も手伝うって言うところでしょう?」

「嫌よ。だってアンタが言ったじゃない。この国を守るのが私の仕事だって。だから私はここから動く気もないわ」

「まるでこの国は襲われないみたいな言い方ね」


 まるで自分には関係ないと語るアリスに、シャーロットが呆れる。


「私も対策のひとつくらいするわよ。今作ってる術式が完成すれば、魔物一匹すら通さないわよ」


 そんな彼女に、アリスは誇らしそうに胸を張っていた。

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