異世界転生して働きたくないから最強の魔法使いとなって自堕落な日々を過ごしていたら、なぜか国の守護者になってしまった〜楽して生きるために奮闘する自堕落魔女の物語〜
第13話 魔法使いは常識に囚われている
第13話 魔法使いは常識に囚われている
常識に囚われた人間に、その常識から外れたことを話しても、決して彼等は理解しようとしない。
先の謁見の間で、アリスが新しく作る魔法障壁の作成方法を頑なに話そうとしなかったのは、それが最大の理由だった。
勿論、アリス自身が面倒だったというのもある。しかしそれを抜いても、彼女はどうせ話しても無駄だと分かっていたから話そうとしなかった。
実際、アルディウスに懇願されて説明はしたが……あの場にいた人間達の反応を見て、アリスは密かに察していた。
説明を聞いた全員の呆けた表情。それは誰一人も自分の話を理解してないことを物語っていた。
別段、アリスが難しいことを話したわけではない。むしろ、その逆だった。
今回、アリスが王都シャルナに新しく展開する魔法障壁の作成方法は――とても単純な方法だった。
ただその方法が、アルディウス達に理解されなかった。
簡単であるが故に、一般的な魔法の知識を持つ魔法使い達には理解できない。それだけの話。
彼等に染み付いた魔法の常識。それから外れた方法で、アリスは魔法障壁を新しく作ろうとしていた。
今現在、王都シャルナを魔物から守っている魔法障壁は、王都の中心となる王城を起点に展開されている。
魔法障壁とは、指定した場所に術式を設置し、その周囲を守る設置型の防御魔法のひとつである。
その魔法障壁によって、王都は外敵となる魔物から守られている。その魔法がもたらす効果は、外敵となる魔物の侵入を防ぐことだ。
一般的に使われる防御魔法は、発動した人間もしくは指定した対象者を守る魔法として使われている。
この二つの違いは術式が発動する起点となる対象が違うだけで、指定した対象を守るという用途はどちらも変わらない。
更に言うなら、この二つの魔法が発動する手順も全く同じだった。
指定した対象の周囲を守る。これが防御魔法の本質であり、魔法を扱う魔法使いならば誰もが知っている常識だった。
ひとつの起点に一個の術式を使う。それが一般的な魔法使いの考え方である。
この常識をアリスが意図的に外した所為で、アルディウス達は彼女の話を理解できなかった。
アリスがこれから新しく作る魔法障壁は、この常識となる魔法の発動方法を変えることだった。
一箇所の起点に一個の術式を使い、ひとつの魔法を発動させる。この魔法使いの常識を壊すことが、より強固な魔法障壁を作る近道だとアリスは考えていた。
アリスが考える魔法障壁。それは複数個の術式を用いた大規模な術式の作成だった。
一個の術式で魔法が発動するのではなく、複数の起点と術式を使って魔法を発動させる。
複数の術式を使って、その中核となる術式を強化し、補強すれば――必然的に発動する魔法の効果は強力となる。
簡単に言えば本当にこれだけの話なのだが、これを理解できない魔法使いが大半だった。
まず大前提として、複数の術式を使って魔法を発動させるという考えが普通の魔法使いにはない。魔法を発動させるのに使用する術式はひとつだけ、というのが固定概念として彼等にはある。
そんな彼等に、複数の術式を使って魔法を発動させるという話を丁寧にしても……理解されないのは当然のことだった。
結局、対面に座るアルディウスに同じ話をしても……彼の反応が変わることなど、始めからアリスは期待していなかった。
「――それで今はその複数の術式を発動させる起点を探していると?」
アルディウスの復習を兼ねて説明してみたが、顰めている表情を見る限り、理解しきれてないのだろう。
アリスは深い溜息を吐きながら、彼の質問に頷いていた。
「そうよ。何個も術式を発動させる以上、当然だけど使う魔力の量は多くなる。術式に強い効果を持たせるなら、使える魔力は多いほど良い。だから魔力が多く通ってる地脈を探してるのよ」
魔力がより多く通っている地脈の特定。それがアリスが馬車に乗る理由だった。
王都の中で特に魔力が多く通っている地脈がどれだけあるか、その数で作れる術式の内容が変わってくる。
その数が多ければ多いほど、魔法障壁の質は上がる。つまり、その分だけアリスの守護者としての仕事量が減ることになる。
後々のことを考えれば、楽をするなら本気で探すのが最善だと判断して、アリスは見逃すことなく目的の地脈を探していた。
「……地脈がどこにあるか分かるんですか?」
「かなり疲れるけどできるわよ。逆にアンタはできないの?」
「できませんよ。地中深くにある地脈の感知ができる人間など感知能力の優れた一部の魔法使いしかできません」
魔力を感知する能力に才能がいると語るアルディウスに、思わずアリスが鼻で笑った。
「別に魔力感知に才能なんて要らないわよ。鍛えれば誰でもできるでしょ?」
「できれば苦労しません。むしろ、どうやって鍛えるんですか?」
感知能力というのは、魔力を感じる感覚である。
それを鍛えろと言われても、アルディウスには鍛え方が検討もつかなかった。
呆れたとアリスが肩を落とすと、面倒そうに人差し指を上に立てた。
「……急になにを?」
「目を瞑りなさい」
「は……?」
「良いから、瞑って集中」
有無を言わせない圧でアリスがそう告げると、アルディウスは渋々と目を閉じた。
その様子を見て、アリスは自身の立てた人差し指の先にかなり強めに魔力を集めていた。
「この魔力、分かる?」
「……はい」
彼の返事を聞いて、アリスが指先に集めていた魔力の量を僅かに下げる。
「じゃあ、これは?」
「かなり分かりにくいですが、若干感じます」
「……若干?」
僅か二度目にして分かりにくいと答えたアルディウスに、アリスが眉を寄せた。
「この量で感知できないのね……呆れたわ」
人差し指に集めた魔力を消して、アリスが失笑する。
彼女の小馬鹿にした声を聞いて、アルディウスが目を開くと不満そうに目を細めた。
「これになんの意味が?」
「もし魔力の感知能力を鍛えたいなら、誰かに今のをやってもらいなさい。毎日、欠かさずに続ければ感覚が鋭くなるわよ」
「……こんな方法で鍛えられると?」
「他にもあるけど、アンタには今の方法で十分よ。感知能力が低過ぎて話にならない」
明らかに馬鹿にした笑みを浮かべるアリスに、アルディウスの眉間に皺が寄った。
「これでも私、魔法学校を主席で卒業した魔法使いですよ?」
「なに言ってるんだか、魔法学校で学んだだけで魔法を学んだ気になるんじゃないわよ。教科書に載ってる魔法が使えるなんて誰でもできるに決まってるでしょ?」
「別に感知能力を鍛えても使う機会はありません」
不満げに答えるアルディウスに、変わらずアリスは失笑していた。
「感知能力が高いだけで戦闘でどれだけ役に立つか分からないの? 流石にそこまで馬鹿じゃないでしょ?」
戦闘において、魔力の感知能力が高ければ、どれだけ役に立つか……考えなくても分かることだった。
相手から微弱な魔力を感知することができれば、何かしらの攻撃をされると即座に判断できる。
そのことを察したアルディウスの表情が悔しそうに歪む。
そんな彼にアリスは呆れたと失笑しながら、おもむろにまた人差し指をその場で立てていた。
「馬車の中で黙って地脈探ししてるのも退屈だから、暇つぶしにアンタの練習に付き合ってあげるわ」
「いや、アリス様が直にされなくとも……」
「察しが悪いわね、私の暇つぶしに付き合えって言ってるのよ? それともなに? アンタが別の暇つぶし見つけてくれるの? それなら別にそれでも良いけど?」
眉を吊り上げるアリスに、アルディウスが頬を引き攣らせた。
王城から出てから、王都を走っている馬車が全ての道を走り終わるまで、後どれくらいだろうか?
外の景色を見て、まだ馬車は王都の中を半分も走ってない。
今から馬車が走り終わるまで、遅くとも数時間は掛かるだろう。
その間、アルディウスにアリスの暇つぶしを提供し続けられる自信などあるわけもなかった。
魔女相手に退屈させない話などできる自信はない。加えて、馬車の中という限られた空間でできることなどないに等しい。
つまるところ、アルディウスに選択肢などなかった。
「……非才な身ですが、ご教授お願いします」
「それで良いのよ」
欠伸をするアリスが、人差し指に魔力を集める。
そこでふと、彼女は良いことを思いついたと楽しそうな笑みを浮かべた。
「失敗しても良いって言うのもつまらないわね。なら王城に帰るまでに、この魔力を感知できるようになりなさい。できないと罰を与えるわ」
「は……?」
アリスの指に小さな光が灯る。
それはアルディウスから見ても、ただの光にしか見えなかった。とてもではないが、魔力の反応など感じすらしなかった。
「ちなみに……その罰とは?」
「私の言うことをなんでも一つ聞くこと。言っておくけど、拒否権なんてないわよ」
「……はい」
絶対に失敗できないと、アルディウスは確信した。
このアリスという魔女は、なにを言い出すか分からない。
まさかこの場で魔法使いとしての鍛錬をするなど夢にも思わなかった。
明らかにできないと確信しているのか、アリスが小馬鹿にした笑みを浮かべている。
そんな彼女に顔を顰めながら、アルディウスは目を瞑った。
しかしアルディウスの努力は虚しく、馬車が王城に着くまで彼はアリスの指定した魔力を感知することはなかった。
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