第28話 悪い予感が的中したかもしれない


 魔法競技場は王都内の東側に、魔法学校と隣接する場所に建てられていた。


 魔法技術の発展が六国の中で最も栄えたこの国では、魔法を競う文化がある。

 それらが国の行事として扱われていることから、様々な魔法を競う場として建てられたこの魔法競技場は、国内では誰もが一度は足を運んだことのある場所として国民に認知されている。

 特別な行事のない時は魔法学校の生徒達が魔法を学ぶ場として使い、そして行事がある際は国民が集まり非常に賑やかな場となる。


 ゆえに特に行事のない時は、静かな場所なのだが……特別な行事もない日にも関わらず、今日の魔法競技場は多くの人で賑わっていた。


 突如行われることになった混沌の魔女とファザード卿の決闘。その話は一夜にして王都内に広まるほどの騒ぎになっていた。


 災害とも言えるほどの魔物の大群をたった一人で殲滅できる実力を持った混沌の魔女と国内で最強の騎士と称えられるファザード卿の息子が戦う。


 そんなアリスとアウレリオによって行われる戦いを見たいと騒ぐ国民達が魔法競技場に総出で押し寄せ、暴動にもなりかねない騒ぎになった結果――国民に二人の戦いを観戦させることを国側は許さざるを得なかった。


 魔法に興味関心が特に強い人間が国内に多くいる以上、そうなるのは国王であるアルバルトも想定していたが、予想以上の騒ぎに密かに頭を抱えるほどだった。


 今では一万人を収容できる魔法競技場が、賑やかな活気に包まれている。座ることができず立ち見する人間もいるほどの集まり様は、この国でも近年稀に見ない光景だった。


 彼等全員の視線が、競技場内の中心へと向けられる。

 楕円の形を模って作られた競技場内で向き合う二人に、彼等の視線は釘付けだった。


「馬鹿みたいに集まってるわね……どうせすぐ終わるのに、本当暇な人達ね」


 賑やかな会場内を見渡したアリスが呆れながら失笑する。

 そして面倒だと言いたげにアリスが肩を落とすと、彼女は自分と向き合う人間に気だるそうに声を掛けていた。


「アンタもそう思わない? 私達が戦っても無駄じゃない?」

「…………」


 話し掛けても、反応を見せないアウレリオにアリスが戯けるように肩を竦めた。


 この場に現れてから一切なにも話さず、ただ自分を見つめてくるアウレリオを見て、妙な違和感がアリスの中に募る。


 まるで感情が抜け落ちたような表情を見せるアウレリオの不気味な顔は、昨日とは全く違っていた。


 昨日アリスが見たアウレリオは、凛々しさのある端正な顔立ちの青年だった。彼女が側から見ても、女受けが良さそうな好青年に見えた。

 それがたったの一夜にして正反対の印象になっていれば、嫌でも違和感のひとつも抱くに決まっていた。


「ひとつ訊かせなさい? アンタ、あのクソジジイに何かされた?」

「…………」

「訊いても答えられるはずもないか……まぁ、良いわ。納得したから」


 変わらず無反応のアウレリオに、アリスが呆れながら苦笑する。


 これは間違いなく、悪い予想が的中したかもしれない。

 おそらく、目の前にいる人間は全力で自分を殺しに来るだろう。


 そんな予感を感じながら、アリスは腕を組みながら対峙するアウレリオを観察することにした。


 昨日の鎧姿から一変して、今のアウレリオの姿は非常に軽装になっていた。

 全身を鎧に包んだ姿ではなく、動き易さを重視した姿だと一目で分かる。腰に携えた二本の剣と杖、魔法と近接戦闘を同時に行う珍しい組み合わせの装備。


 近接戦闘を最も得意とする騎士でありながら、魔法戦闘も得意とする優秀な騎士をこの国では魔導騎士と呼ぶらしい。

 数多くいる騎士の中でも、その名を授かる騎士は特に稀だとアルディウスに聞かされたことをアリスは思い出していた。


 その名を授かる騎士は、魔法と近接戦闘を同時に行え、そしてどちらの実力も特に秀でた人間にしか与えられない。


 そこから分かることは、その魔導騎士の名を授かったアウレリオは戦闘面で特に優れていることになる。

 国内で最強と呼ばれる人間なのだから、それも当然のことだが……果たして、彼の実力はどれほどのモノなのか。


 自分が負けることはないと確信しているが、アリスもその点には少なからず興味はあった。


 剣を使う近接戦闘を行う人間が、どのような手法で魔法を戦いの中で使うのか。


 剣と杖を両手に構えるのか、もしくは杖なしの無詠唱で魔法を扱う人間のなのか、考えれば考えるほど戦う方法は様々ある。


 最強と呼ばれるまでに至った騎士なら、自分の予想を超えていた方が見ていて面白い。むしろ自分の予想を超える戦い方を見せてほしいとアリスは思うばかりだった。


「――皆の者、静まれ」


 密かにアリスがそう思っていると、ふと競技場内にアルバルトの声が響いた。

 魔法で声量を大きくしているのだろう。静かな声にも関わらず大きく響く国王の声に、競技場内は瞬く間に静まった。


「うむ。ではこれより、混沌の魔女殿とファザード卿の決闘を行う。この度は二人の取り決めにより、魔導騎士アウレリオ・ファザードがファザード卿の代理人としてこの場に立っている。では両者に訊く、今回の決闘相手に不満はないな?」


 アルバルトの声が競技場内に響く。

 その声に、二人は各々の反応を見せた。


「別にないわよ。早くして」

「……」


 急かすアリスと一度だけアウレリオが頷く。

 それを了承と判断して、アルバルトは頷くと続けて口を開いた。


「両者の承諾を得た。ではこれより決闘内容の確認を行う。勝敗は互いのどちらかが敗北を認める。もしくはどちらかが戦闘不能と判断する怪我を負った場合、その者を敗者とする。決闘によって勝敗が決まった時点で、敗者は勝者の要望をひとつ受け入れること。二人とも、それで良いな?」


 アルバルトから再度問われて、アリスとアウレリオが了承する。

 その反応を見て、アルバルトは小さく頷いた。


「良かろう。では両者の合意により、今より決闘を行う。両者、構えよ。我の合図を以て、それを決闘開始の合図とする」


 その声が聞こえた途端、アウレリオは剣を抜いていた。

 淡々とした表情で、アウレリオがアリスに向けて正眼に剣を構える。


「好きに来なさい。仕方ないから、遊んであげる」


 対して、アリスは先程と変わらず、腕を組んだまま気だるそうに欠伸を漏らしていた。


 正反対の態度を見せる二人をアルバルトが見つめる。


 アウレリオの異様な姿を内心で心配しながら、それを決して顔に出してはいけないと自制する。


「大丈夫よ。アリスなら悪いようにはしないわ」


 そしてアルバルトの横で、シャーロットが朗らかな笑みを浮かべる。

 その自信がどこから出てくるのかアルバルトには全く分からなかったが、大魔女がそう告げるのなら信じるのが最善なのだろう。

 そう判断して、アルバルトは視線の先にいるアリスを見つめながら大きく息を吸った。

 きっと混沌の魔女ならば、悪いことにはならない。そう願いながら、彼は声を発した。


「では――始めッ!」


 国王の声と共に、一斉に競技場内が騒がしくなる。

 国民の歓声が湧き上がった瞬間、アリスの視界からアウレリオの姿が消えていた。


「へぇ……杖なしで使えるのは意外ね」


 意外そうに驚くアリスの背後に、いつの間にか移動していたアウレリオが剣を振るう。

 しかし彼の振り下ろされた剣は、見えない壁によって防がれていた。

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