第27話 使ってはいけない魔法


「……私の足なんか見て何が楽しいんだか」

「ふふっ、無自覚なのが初心で可愛いじゃない? それだけ今のアリスは魅力的だって思えば、少しは気分も良いでしょう?」

「良くなるわけないでしょ……冗談じゃない」


 微笑むシャーロットに、呆れたアリスが苦笑する。

 そんな二人の会話を聞いてアルバルトがくつくつと笑うが、対してアルディウスは不思議そうに首を傾げているだけだった。

 今だに自分の無意識な行動を理解できていないアルディウスを一瞥して、アリスが深い溜息を吐く。

 そして思考から“その話題”を弾き出すと、アリスは面倒そうに口を開いていた。


「それで? わざわざシャーロットが手間隙掛けて私を姿にしてどうするつもり? 別に私を綺麗にしても意味ないでしょ?」

「なにを言ってるの? 今日の夜、魔女の就任式があるのよ? アリスが主役なんだから綺麗にならないと駄目でしょう?」


 被っている大きなとんがり帽子の鍔を摘みながら失笑するアリスに、シャーロットがムッと口を尖らせる。

 不満な表情を見せるシャーロットを横目にアリスは心底嫌そうに苦笑していた。


「そんなの出ないわよ。面倒くさい」

「駄目よ。ちゃんと出なさい」

「堅っ苦しい場所、私が嫌いなの知ってるでしょ?」

「我儘言わないの。それに決闘もあるんだから、アリスの綺麗な姿を国の人達に見せる良い機会よ」


 その光景は、紛れもなく親子のそれだった。

 シャーロットに嗜められて、鬱陶しそうにアリスが表情を歪める。

 この二人に血の繋がりがないと分かっていても、やはり彼女達は家族なのだとアルディウスは密かに感じていた。

 いつも不満そうに仏頂面だったアリスの表情が、どことなく柔らかく見えた。きっとそれを本人に言えば、間違いなく彼女は否定するだろう。

 しかし明らかにシャーロットと話しているアリスの表情は、自分と話している時と違うとアルディウスは不思議と断言できた。


「……ちょっと待って? 決闘でみんなに私の姿を見せるですって?」

「えぇ、そうよ? なにか変なことでもあったかしら?」


 平然とそう答えたシャーロットに、アリスが頬を引き攣らせた。


「……なんで私の受けた決闘を他人に見せないといけないのよ」

「だって正式な決闘なんだから仕方ないじゃない? アルディウス君から聞いた話だけど、決闘の約束を交わした時ってかなりの騒ぎになったんでしょう? なら決闘の話が国中に広まるのも当然じゃない?」

「別に広まっても見せなきゃ良いだけでしょ?」

「魔女のアリスと国民から最強の騎士だって言われてる人が決闘するって噂が流れれば、見たいって思う人間がいても不思議じゃないわ」

「どうでも良いわよ、そんな人間」


 呆れて笑うアリスに、シャーロットは苦笑しながら肩を落としていた。


「見せないと余計に騒ぎになるわよ? この国の人達、魔法にはうるさいんだから……ねぇ? アルバルト君?」

「うむ。もう既に昨日の時点でアリス殿の決闘の話は王都内に広まったそうだ。今朝から決闘をどこでやるのかと国民達が騒いでいると報告があったのは事実だ」


 そう言ってシャーロットに促されたアルバルトがゆっくりと頷く。

 その話を聞いて、アリスはうんざりとした表情を見せていた。


「それ、王様のアンタの力でどうにかならかったの?」

「難しいな。その話が広まってなければどうにかなったが、昨日の騒ぎを見た人間は多かった。広まってしまった噂を消すのは簡単ではない。魔法学校の方からも魔女の戦う姿を生徒に見せたいと懇願されてるくらいだ」

「死ぬほど面倒なことになってるじゃない」


 アルバルトの返事を聞いたアリスが頭を抱える。

 そんな彼女の姿を見て、アルディウスは怪訝に眉を寄せていた。


「……なぜアリス様はそこまで嫌がられるのですか?」


 頑なに嫌がるアリスの態度の意図が分からず、思わずアルディウスが訊く。

 彼に問われたアリスは、溜息混じりに答えていた。


「決闘を見せる意味がないからよ。決闘なんて大層な言葉使ってるけど、決闘の結果もそうだし、そもそも私と戦う相手にも問題があるわ」

「決闘の相手? アウレリオ・ファザードに何か問題でも? 彼は特に問題のある方ではありませんが?」


 アリスが決闘する相手は、彼女と揉めたユールバルト・ファザードの息子であるアウレリオである。

 アルディウスもアウレリオのことを少なからず知っている。自身の知る限り、別段アウレリオは問題のある人間ではなかった。


「だからよ。そのアウレリオに問題がないから私の受けた決闘に意味がないのよ」


 アリスの返答に、思わずアルディウスが眉を寄せる。

 しかしアルディウスすぐは察して、小さく頷いていた。


「確かにファザード卿の考えとアウレリオの考えは食い違っていましたね」

「そうよ。あの様子を見る限り、あのアウレリオって男がまともに決闘を受けるとは思えないわ」


 昨日の騒ぎを思い出してみれば、アリスと揉めたファザード卿とアウレリオは口論していた。

 魔女を邪魔だと考えるファザード卿と、おそらくアウレリオはその考えと正反対の考えを持っているだろう。

 そんな彼がファザード卿の思惑通りに動くはずがないと考えるのは、当然だった。


「だからそのアウレリオと軽く話でもすれば、上手く話が簡単に収まると思ってたのよ。もしそうなれば私達に都合が良い展開にできるわ。仮に決闘してもあっちが降参してくれれば良いだけだし……そんな八百長みたいな決闘を見せる方が騒ぎになるわよ」


 確かにアリスの言う通り、アウレリオがファザード卿の考えに従わない方が都合が良かった。

 アウレリオの考えがアリス側に寄っているのなら、彼を自分達側に引き込むだけで話は済む。

 決闘をしても意図的にアウレリオに負けてもらえば、それだけでファザード卿の立場が悪くなるのだから。

 そのアリスの考えは、アルディウスも納得できた。しかしひとつの疑問が彼の中に生まれていた。


「確かにアリス様の考え通りの展開になれば、こちらにはとても都合が良い話になりますが……流石のファザード卿もそこまで愚かな人間ではないのでは?」

「それが一番の問題なのよねぇ……なんであそこまで考えが違う人間を私の決闘の相手に選んだのか、意味が分からないのよ」


 そう言って、アリスは顔を顰めていた。

 どう考えてもファザード卿が自分の考えに同意しない人間をアリスの決闘の相手に選べば、望む展開にならないことは誰でも簡単に想像できるだろう。

 それをあえてそうしたファザード卿の考えが、アリスには今でも理解できずにいた。


「考えられることは幾つかあるけど……シャーロット、もしアンタがそのファザード卿だったらどうする?」


 ふと、アリスが隣に座るシャーロットに訊く。

 シャーロットがそっと顎に指を添えると、小さな声で唸りながら答えていた。


「アルディウス君? この国で一番強い人間が、そのアウレリオって人なのよね?」

「はい。おそらく、彼の近接戦闘と魔法の才能はこの国の誰よりもあると言われてます」

「ファザード卿って人、魔法の実力はある方?」

「魔法協会を管理する人間でもありますから、この国の中でもファザード卿は特に優れた魔法使いの一人です」


 シャーロットの疑問に、アルディウスが即座に答える。

 その返事を聞いて、シャーロットは僅かな間を空けた後、口を開いた。


「仮に手段を選ばないのなら、一応方法はあるわ。すごく下賤な方法だけど」

「やっぱりそうなるか」


 シャーロットの話を聞いた途端、アリスが深い溜息を吐き出す。

 二人にしか分からない会話に、アルディウスとアルバルトは揃って顔を顰めた。


「シャーロット殿、なにか良くない方法が?」

「簡単な話よ。そのアウレリオって子にどんな手を使ってでも言うことを聞かせれば良いだけよ」


 その返事を聞いて、アルバルトの表情が強張った。

 そして彼は頭を抱えると、信じられないと言いたげに頬を引き攣らせていた。


「……シャーロット殿、冗談だろう? まさか彼が、自分の息子にそんなことを?」

「それが一番手っ取り早くて簡単ね。たとえ魔法の才能があっても、身構えてなければその手の魔法は防げない。それに親からその魔法を使われるなんて夢にも思わないから」


 シャーロットの話に、アルバルトが乾いた笑みを浮かべる。

 そして彼女の隣で話を聞いていたアリスは、その話に小さく頷いていた。


「やっぱり……もし予想通りなら、面倒ね」

「あの……全く話が見えないんですが」


 自分以外の全員が理解している話についていけなくて、堪らずアルディウスが訊いてしまう。

 その彼の疑問に、シャーロットが答えていた。


「アルディウス君、この世に数多くある魔法で使ってはいけない魔法はなにがある?」

「えっ?」


 唐突の質問に、アルディウスが困惑する。

 しかし困惑しながらも、彼は答えることにした。


「……任意の相手を呪い殺す呪殺の魔法や人間を生贄とする儀式魔法など色々ありますが?」

「その中で人を殺さない魔法は?」


 続けてシャーロットから問われて、アルディウスが思考する。

 そして思いついた答えが頭を過った瞬間、彼は驚愕の表情を見せていた。


「まさか、服従の魔法を?」

「それが一番簡単な方法よ。対象の人間を使用者の支配下に置く魔法。どうやってその術式を知ったかは分からないけど……もしアウレリオが私の話を聞いてくれなかったら、そういうことね」

「禁忌の魔法ですよ? まさかそれを自分の息子に使うなんてこと――」

「私にあれだけ威勢良く喧嘩を売ってきたんだから、それぐらいしてもおかしくないんじゃない?」


 驚くアルディウスに、アリスが失笑する。

 そして彼女がアルバルトに視線を向けると、


「まだ決闘まで時間あるわよね? 試しにアウレリオをこの場に呼んでみたら? もし来なかったら、私達の予想が当たってるかもね?」

「……ブリジット、すぐに手配を」

「承知致しました」


 アリスの話を受けて、アルバルトがブリジットに指示を出す。

 この場で考えられた予想が違って欲しいと願うアルディウスとアルバルトだったが、しばらく時間が経った後、戻ってきたブリジットから受けた報告に二人は愕然とした。


 王から直々の召集にも関わらず、アウレリオは一切従う気がないと。


 嫌な予感が募っていく二人にアリスとシャーロットは目を合わせると、揃って呆れたと肩を竦めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る