第9話 混沌の魔女、国王と対話する


 このシャルンティエ王国にも――遂に“魔女”が現れた。


 そんな噂が王都全体に広まるまで、大した時間は掛からなかった。早朝から日が昇り、朝になる頃には王都中の国民がその噂で騒いでいた。


 どこからともなく現れ、この国に襲い掛かる魔物の大群を単独で殲滅した。


 その偉業を信じられないと思いながら、国民達が噂話をする。

 そうして時間が経つにつれて、更に様々な噂話が王都中を飛び交い、魔女が王都に現れたという噂話は……次第に真実へと変わっていた。


 今回の戦いに参加していたアルディウス王子が見知らぬ銀髪の女を王都に連れ、王城まで案内している姿を見たと一部の国民が騒ぐ。


 この度の戦いに参加していた人間達が王都に帰ってくるなり、突然現れた銀髪の女が魔物の大群を圧倒していたと震えながら語る。


 深い傷を負って死ぬかもしれないと思った時、唐突に訪れた銀髪の女があっという間に傷を治してしまったと、治った傷を見せながら語る人間も現れる。


 そんな様々な話が、次々と王都中に広まってた。


 気づけば王都に住む国民全員がその話を知り、揃って彼等は話しながら“とある場所”を眺めていた。


 王都の中心にそびえ立つ一際大きな城。

 その場所に、あの魔女がいると国民達は確信していた。


 そこはシャルンティエ王国を治める王――アルバルト・ヴェン・シャルンティエを始めたとしたシャルンティエの一族が住む王城だった。



◆◇◆



 アルディウスに案内をさせたアリスが無事王都に辿り着くと、そのままアリスは彼に促されるまま王城に来ていた。

 王都に入る面倒な手続きを全てアルディウスに任せて、そのまま流されるままに馬車に乗せられたと思えば、気づくとアリスは王城の一室である謁見の間で大勢の人間達に囲まれながら――玉座に座る男と向き合っていた。


 頬に大きな傷を持った、猛獣のような強面をした初老の男が玉座に座っている。


 その男にこの場の人間全員が頭を垂れているということは、あの強面の初老がこの国の王なのだとアリスが察するのは簡単だった。


「そなたが大魔女シャーロットから聞いていた混沌の魔女で間違いないか?」


 腕を組みながらアリスが欠伸をしていると、ふと玉座から声を掛けられた。

 唐突に話し掛けられたアリスが少しの間を空けて、ムッと眉を寄せた。


「アンタさ……人に名前を訊く時は、自分から名乗れって親に教わらなかったの?」

「おい! 貴様ッ! 王の御前だぞッ‼ そのふざけた言葉、不敬だと思わぬのかッ⁉」


 国王を前にしても頭を下げようともしないアリスの態度に、謁見の間に怒声が響く。

 しかしアリスはその怒声を受けても、平然とした表情を崩すことはなかった。


「王でも王女だろうと一緒の人間よ。当たり前の礼儀ができない人間に私が名乗る筋合いなんてないわ」

「なッ……貴様ッ⁉」


 王に対して敬意を欠いた態度を見せるアリスに、その声と共に謁見の間にいた人間達の表情が歪む。それは明らかにアリスに対する怒りの表情だった。


 そんな周りの反応に、密かにアルディウスは頭を垂れたまま、全身に冷や汗を流していた。


 この場にいる全員は事前に説明していたのにも関わらず、全く分かっていない。もしアリスがになれば、一瞬でこの場が死体の山になることを。

 間違ってもアリスの機嫌を損ねてはならない。その一心でアルディウスは一切の反応を見せることなく、王に頭を垂れ続けた。 


 謁見の間に、アリスを責め立てる怒声が響く。

 しかし玉座に座る男が僅かに手を上げると、騒がしかった謁見の間が途端に静寂になっていた。

 僅かな動きなのにも関わらず、全員が王の動きを見逃さなかった。

 その反応の速さに、アリスは内心で感心していた。余程、この玉座に座る男は王として周りに慕われているらしい。

 そう思いながらアリスが王を眺めていると、彼の口がゆっくりと開かれた。


「皆、気にするな。そちらの彼女の言う通りだ。挨拶が遅れてすまない。私はこの国の王、アルバルト・ヴェン・シャルンティエである」

「アルバルトね、覚えたわ」

「互いに挨拶は済ませた。では、もう一度訊こう。そなたは混沌の魔女で間違いないか?」


 シャルンティエ王国の王――アルバルトに問われて、アリスは頷いて答えた。


「えぇ、そうよ。私の名前はアリス・フラルエヴァン。あの大魔女のババアから強引にこの国の魔女にさせられた魔法使いよ。どうぞ、よろしく」


 この世界で名高き大魔女をババアと呼んだアリスの言葉に、その場にいた全員が言葉を失った。

 当然ながらアルバルトも、予想もしていなかったアリスの発言に言葉を失うが……どうにか冷静さを取り戻して、言葉を紡いだ。


「そうか……それはすまないことをしたな。アリス殿」

「あなたは何も悪くないわ。悪いのはあのババアよ」

「大魔女をそう呼んだ人間はアリス殿が初めてだ。そなたの態度を見る限り、余程大魔女と仲が良いと見える。やはり、彼女の話は本当だったのか」

「……彼女?」


 首を傾げるアリスに、アルバルトは微笑みながら続けた。その話が、この場を騒然とさせると知りながら。


「大魔女のことだ。以前、彼女から聞かされたのだ。そなたが大魔女の娘だと」


 アリスが大魔女の娘という話を聞いて、謁見の間が騒然となった。

 この場にいるアリスが、シャーロット・マクスウェルの娘。つまり彼女は、大魔女と同等の魔法使いかもしれない。その予想が、彼等を酷く動揺させるのに十分な情報だった。

 周りが騒ぐなか、アリスは鬱陶しそうに溜息を漏らしていた。


「あのババアとは義理の関係よ。血は繋がってないわ」

「それでも家族には変わりあるまい?」

「……まぁ、そうね」


 反論に困ることを言われて、アリスが言葉に詰まる。

 どう思おうが、アリスの親はシャーロット・マクスウェルである。その事実を彼女自身が曲げるつもりなど毛頭なかった。


「親子で仲が良いことは好ましいことだ。しかし、あまり親を悪く言うのは頂けないが」

「別に私があのババアをどう言おうが勝手でしょ?」

「それもそうだが、たまには素直になることを提案しよう。私の子供達も、素直じゃない者もいる。勝手に危険な戦場に出るような馬鹿息子もいるくらいだ」


 そう言って、アルバルトがアルディウスを睨む。しかしアルディウスは我関せずと頭を垂れたままだった。

 この場でその話はしないとアルディウスの無言の抵抗に、アルバルトは小さな溜息を吐いていた。

 そしてアルバルトは肩を落とすと、眉間に皺を寄せているアリスに向き合った。


「まぁ、その話は別の機会にしよう。今は今回の件について、礼を言わせてほしい」

「……礼?」


 怪訝にアリスが表情を顰めるが、アルバルトは気にする素振りもなく続けた。


「王都の北で起きた魔物の襲撃の件だ。今回の顛末はアルディウスから直に聞いている。混沌の魔女、アリス・フラルエヴァンよ。この度の魔物の討伐、国を代表してそなたに感謝する」

「王が自ら何をされていますかッ!?」


 玉座でアルバルトが頭を下げる姿を見て、周りの人間達が慌てふためいた。

 しかしそれでも、アルバルトは一向に頭を上げることはなかった。

 また周りが騒がしくなったことで、思わずアリスは顔を顰めていた。


「アンタが頭を下げると周りがうるさくなるから早く上げてくれない?」

「む? そうか?」

「良いから、早くして。うるさくて頭が痛くなる」


 アリスに催促されて、アルバルトが渋々と頭を上げる。

 そうするとようやく周りが静かになって、アリスは呆れたと肩を落とした。


「王様のアンタがそんなことする必要なんかないわよ。偶然通り掛かっただけ、そこまで感謝される必要なんてないわ」

「なにを言うかと思えば……そなたはこの国の危機を救ったのだ。我々の感謝を素直に受け取ってはくれぬのか?」


 また頭を下げそうなアルバルトの雰囲気を感じ取って、咄嗟にアリスが眉を顰める。

 そうなる前にさっさと話を終わらせよう。そう思って、アリスは渋々とアルバルトの感謝を受け入れることにした。


「……まぁ良いわ。そこまでアンタが言うなら、その感謝は受け取っておくことにするわ」

「それで良い」


 素直にアリスが感謝を受け入れて、アルバルトが嬉しそうに微笑む。

 そしてふと腕を組んでいるアリスをアルバルトが見つめると、おもむろに彼は口を開いた。


「しかし大魔女から事前に聞いていたが……本当に若いな。失礼なことを訊くが、アリス殿の歳を聞いても?」


 アルバルトから見ても、視線の先にいるアリスはとても若く見えた。

 田舎の平民のような外見をしているが、その顔立ちは端正なものだった。

 血のつながりがないとアリスは言うが、不思議と大魔女であるシャーロットと似た美しさをアルバルトは感じていた。

 雑に伸びた長い銀髪、少し荒れた白い肌と端正な顔立ち。きっと整えれば、誰もが見惚れる女性に変わることだろう。

 唐突に歳を訊かれたアリスが困惑するが、別段秘密にすることでもないと判断して彼女は答えることにした。


「……二十歳だけど?」

「その若さで、これほどまでの力を……」


 アリスの年齢を聞いたアルバルトが、感嘆の声を漏らす。

 彼の反応を見て、アリスは意外そうに少し目を大きくした。


「へぇ……アンタ、分かるの?」

「私も一人の魔法使いだ。今ではこの玉座に座るだけの老人になってしまったが……これでも自慢ではないが、昔はそれなりにこの国で実力ある魔法使いの一人だった。だからこそ、分かる」


 そう告げて、引き攣った笑みをアルバルトが浮かべる。

 アルバルトの言葉に、話が見えない周りの人間が怪訝に眉を顰める。

 しかしこの場にいるアリスだけは、アルバルトの言葉の意味を理解していた。

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