異世界転生して働きたくないから最強の魔法使いとなって自堕落な日々を過ごしていたら、なぜか国の守護者になってしまった〜楽して生きるために奮闘する自堕落魔女の物語〜
第54話 たとえ小さな傷でも、いずれ大きくなる
第54話 たとえ小さな傷でも、いずれ大きくなる
アリスの言葉に、ファザード卿の表情が歪んでいく。
その表情に更なる確信を得たアリスが楽しそうに笑っていると、話を聞いていたアルディウスの口から自然と疑問が漏れていた。
「……分割した魂に代償を肩代わりさせる?」
アリスの話を聞いても、いまいち理解できないとアルディウスが困惑する。
しかし彼の傍にいたアルバルトが一瞬呆けた表情を見せた後、ゆっくりと目を大きくしていた。
「そうか、そういうことか」
「……父上? 一体、どういうことです?」
震えた声で呟いたアルバルトに、アルディウスが怪訝に問う。
その疑問に、アルバルトは困惑していると言いたげに口を片手で覆いながら答えていた。
「アリス殿の言う通り誓約の魔法を使った約束が果たされなかった際、自身に課した代償は必ず支払われる。その代償は、魔法の使用者が指定しなければならない。もし仮に自分の命を代償に……魂の破壊を指定していれば、どうなるとお前なら考える?」
「それは……そのままの通り、魂を壊されるだけではないのですか?」
誓約の魔法が反故になった代償に自身の魂を破壊し、命を絶つことを指定していれば、支払う代償はその通りにしかならないだろう。
ファザード卿が自身に課した誓約の魔法が反故になれば、ただそうなるとしかアルディウスには思えなかった。
「そうだろう。だが、もしも破壊される魂がひとつでなかったとすれば……誓約の魔法に指定した代償は、一体どの魂を破壊するか。おそらくだが、代償は魔法を使った人間の魂を破壊するだろう。つまり、魔法を使った身体の外に魂を移していれば――」
当然だがアルバルトのその話は、本来ならあり得ない話だった。
これも彼の考えた仮説になるが、今回使われた誓約の魔法は使用した人間を対象とする魔法である。よってこの魔法が反故にされた際の代償は、当然のように使用者が支払う。
身体の負傷ならば使用者の身体を傷つけ、魂の破壊なら使用者の身体にある魂を破壊する。
それもそうだろう。もし自身の身体の負傷を代償に指定して、その代償を支払う時に自身以外の身体が傷つくわけがない。
代償を自分自身を対象にすれば、当然だがその人間が代償を支払う。だからこそ、もし仮にその人間の身体以外に支払う代償となる対象を移しておけば――
「反故になった代償から逃れられると?」
「必ず逃れられるとは言い切れぬ。その可能性もあり得るというだけの話だ。こんな常軌を逸脱した発想が思いつく人間がいるなど今でも信じられん」
頬を引き攣らせて、アルバルトが震えた声を漏らす。
彼の表情に明らかな怯えが垣間見えて、アルディウスは僅かに困惑していた。
分割した魂に代償を請け負わせる。それがどれほど危険なことなのか、アリスやアルバルトが話している魂の在り方すら理解できていないアルディウスには理解しきれないことだった。
考えても魂の在り方というものが分からないアルディウスが表情を強張らせていると、ふとシャーロットが口を開いていた。
「アルディウス君。魂って言葉を聞いて、あなたなら何を想像する?」
「えっ……?」
シャーロットの唐突な質問に、アルディウスが一瞬呆けてしまう。
しかしすぐにアルディウスが考える素振りを見せると、たどたどしく答えていた。
「生きてる生物の中に必ずあるモノ、ですか?」
「うーん。定義としては大き過ぎる気もするけど……まぁ一応は正解ね。じゃあ、その命を形として想像してみなさい」
「魂の形を想像?」
「えぇ、あなたの想像で良いわ。魂ってモノを形として考えた時、どういう形を考える?」
あまりにも漠然としたシャーロットの話に困惑しながらも、アルディウスは考えると思いついたことをそのまま言葉にしていた。
「丸い球体ですかね?」
「ならそれが今からアルディウスの魂としましょう。その丸い球体の魂を半分にした時、あなたの今ある意思はどうなるか。自分なりの答えを考えてみなさい。今、あなたが見て聞いて、考えて感じている意思そのものが魂であると定義して。その魂を半分に分けた時、どうなるかしら?」
今の自分の意思が魂であると定めて、それを半分に分割したらどうなるのか?
随分と哲学じみた話だと思いながら、アルディウスは漠然と考えた。
今の自分の意思が半分に分かたれた時、果たしてどうなるか。
単純に意思が二つとなるだけか、もしくは半分になったことから喜怒哀楽の感情がそれぞれ分かれてしまうのか。
考えれば考えるだけ様々な可能性が考えられる。色んな考えを頭の中で巡らせながら、アルディウスは答えていた。
「その魂を分けることが非常に危険な行為だとすれば……分割した時点で本来の魂に戻らなくなるのではと思います。と言うより、そもそも魂として成立しないのでは?」
その返答に、シャーロットは意外そうに目を大きくしていた。
「その理由は?」
「私も魂という存在を理解できていませんが、元々ひとつだったモノを分けても単純に二つになるわけではないと思います。完成しているものを壊せば、未完成のモノとなって壊れてしまう可能性もあり得ます。仮に壊れなくても魂自体に質量があるというのも奇妙な話ですが、半分にすればその分だけそれぞれ何かが欠けた状態になると考えるのが普通でしょう。その時点で元々のひとつだった魂とは別のモノになってしまいます」
水や酒などを分けても、決して味が変わることはない。そこに意思のないものなら分けても問題はないだろう。
しかし本来ひとつだった意思を持つ魂を分けた時、その意思はどうなるのか?
アルディウスはその疑問に焦点を当てて、自身の考えを述べていた。
「もしそれぞれが意思を持っていれば、当然どちらが本来の意思かと言う話にもなります。時間と共に互いの魂は個別に生きてしまう。それを後からひとつに戻そうとしても、別々のモノになった魂を合わせても本来の形に戻せなくなってしまうと思うのですが……というか素直に分かれた魂同士が合わさるとも思えません」
分かたれた魂は、それぞれが意思を持って生きる。
それはもうひとつの魂ではなく、二つの魂として生きてしまう。
本来ひとつの魂が得るはずだったモノをそれぞれが個別に経た後、後からひとつにすればどうなるのか?
単純にひとつに混ざり合うだけかもしれないが、それはもう元々の魂の形ではない。新しい魂として生まれ変わってしまう。
そしてその意思が混ざり合った時、果たしてどちらの意思が残るのか?
それも実際にひとつになるまで分からないのだから、分かれた魂が素直にひとつに合わさるとはアルディウスには思えなかった。
そう思ったアルディウスが話し終えると、シャーロットは小さく頷きながら笑みを浮かべていた。
「良いじゃない。そこまで考えられるなら、もしその仮定を信じるとしてそのまま魂の質量が減ったままになったらどうなるかも考えられるわよね?」
分かたれて未完成の形になってしまった魂がそのままになれば、どうなるのか。
自身の考えをそのまま使って、アルディウスは思考した。
完成されたモノが未完成のモノになり、それぞれが意思を持って生きる。そのまま放置すれば、どうなってしまうか。
10あった質量が5に変わる。その分だけ何かが欠落したままになる。
壊れたモノがそのままになるとは思えない。
そうアルディウスが思うと、彼は怪訝に表情を歪めていた。
「まさかとは思いますが……時間と共に壊れるとでも言うんですか?」
「馬鹿だと思ってたけど、案外ちゃんと考えられるのね。良いこと言ってるじゃない」
アルディウスの発言に、アリスは驚いたと苦笑していた。
彼女に馬鹿だと思われていたことにアルディウスが不満そうに顔を歪める。
しかしアリスは気にする様子もなく、掴んでいるファザード卿の頭を揺らしながら話していた。
「そもそも魂を分割すること自体、狂気じみてるのよ。アンタの言う通り、考えられる可能性は幾つもある。その最も考えられる可能性が破損した魂の行く末よ。魂に寿命なんてない。人間が死ぬ時は肉体が衰えた時だけど、正しい形として成り立たなくなった存在にはどこかしらに綻びが生まれるものよ。たとえ小さな傷でも、いずれ大きくなる。それは魂でも同じこと。それが大きくなれば、当然だけど形として成り立たなくなる。だから単純に本来あるはずのない寿命が生まれるのよ」
その説明を聞いて、ようやくアルディウスは理解した。
今までの話を思い出し、誓約の魔法の代償を分割した魂に肩代わりさせる行為の危うさを彼が把握すると、その表情を驚愕に染めていた。
「肉体よりも先に魂が死ぬ?」
「そういうこと。身体が衰えていくのと違って魂の破損は自覚できないから自分がいつ死ぬのかも分からないまま生きていくのよ。このジジイ、それを平然とやってるの」
「……狂ってる」
あり得ないとアルディウスが声を震わせていた。
「だけど誓約の魔法で今死ぬよりは良い。多分、そういうことなんでしょうね。だから私も遠慮なくできるのよ」
驚くアルディウスにそう言って、アリスが小瓶を持った手に白い光を灯らせる。
そしてアリスは小瓶を持ったままの手を白く光らせて、ファザード卿の頭に乗せていた。
「もし本当にアンタがその保険を掛けているのなら、多分他にも分割した魂を保管してるんでしょう? それなら初めなら無くなるかもしれないって準備してたなら、少しくらい無くなっても良いわよね? 魂の消えた肉体は使えなくなるけど、魂が他にあるなら死ぬわけじゃないわ。大丈夫よ。もし失敗でもちゃんと探し出してあげるわ」
「すごく気になることを言ってますが、今は良いです。とにかくアリス様、どうか失敗だけはしないように」
「別にこんな人間の身体くらい死んでも良いでしょ?」
アリスが失笑するが、アルディウスは首を横に振っていた。
「それは駄目です。安易に死を与えるのではなく、犯した罪は正しく償わせる。それが法というものです。なので失敗だけはしないように」
「……めんどくさいわね」
「と言うか、どうやるつもりですか? まさかまたとんでもないことをされるつもりですか?」
「まぁ……割と?」
その発言に、アルディウスの眉間に皺が寄る。
その表情を横目に、アリスは面倒だと思いながらも説明することにした。
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