第53話 代償の肩代わり


「なにを馬鹿げたことを……!」


 アリスの告げた言葉に、ファザード卿の表情が驚愕に染まる。

 それに続いてアルディウスとアルバルトの二人も、その表情を困惑に染めていた。


「アリス殿? そんなことが本当にできると言うのか?」


 思わず、アルバルトがアリスに問う。

 その疑問に、アリスはわざとらしく肩を竦めていた。


「できるかもってところね。失敗する可能性も十分あるけど、私の考えが正ければ成立させられるわ」

「そんな馬鹿げたことをアリス殿が……私でも俄には信じられん」


 アリスの話を聞いても、アルバルトは信じられないと困惑するしかなかった。


 誓約の魔法は、その誓いの内容によって効果が変わる。また自身に課す代償によっても、その効力は大きく変化する。

 もし誓約の魔法が反故になった場合、どんなことがあろうとも魔法の使用者は果たせなかった誓約の償いとして代償を支払わなければならない。


 その為、差し出す代償が大きければ大きいほど効力は高くなるのが、この魔法の大きな特徴だった。


 この魔法を使ってファザード卿はアリス達に隠している秘密を誰にも口外しないことを誓い、自身の記憶を守っていた。

 考えられる誓約として最も重い自身の命を差し出したことで、彼の魔法は極めて強力なものとなっている。


 それを無視して強引にファザード卿の記憶を見ることすら困難であるのに、加えて誓約の魔法が反故になった代償を請け負う先を変えるなどアルバルトには到底信じられない話だった。


「誓約の魔法が反故になった場合の代償は、本人の意思すら関係なく支払われる。なにがあろうとも必ず……それはアリス殿も理解しているのではないか?」

「だからできるのよ」

「だから、だと?」


 アリスに即答されて、困惑したアルバルトが眉を寄せる。

 怪訝に表情を強張らせる彼に、アリスは手に持っていた小瓶を見せていた。


「もし本当にこのクソジジイが誓約の魔法で自分の命を差し出しているのなら、コレが役に立つわ」

「それは……確かファザード卿の分割した魂が入っている瓶でしたよね?」


 アルディウスの言葉に、アリスは小さく頷いた。


「えぇ、そうよ。コレにはクソジジイがご丁寧に分割してくれた魂が入ってる。こんな丁度良いモノがあるんだから使わないと損じゃない」


 アリスの持つ小瓶をアルディウスが怪訝に見つめていた。


「それが代償の肩代わりになる、と?」

「多分ね。そこの王様もさっき言ってたけど、誓約の魔法が反故になった代償は必ず払わされる。もし私がこのジジイの記憶を強引に見れば、間違いなくジジイは自分の魔法に殺されるわ。ここで問題なのは、その殺す方法なのよ」

「殺す方法、ですか?」

「誓約の魔法による代償は即座に執行されるわ。もし自分の命を代償にしていれば問答無用に即死する。それが心臓を潰されるのか、はたまた身体が吹き飛ぶのかは誓約を課した人間が決めてるのよ。そうしないと術式が正しく発動しない」


 アリスが話す説明を聞き、アルディウスが頭の中で反芻する。

 誓約の魔法が反故になった際の代償は即時。その代償の方法は魔法の使用者が指定しなければならない。

 その要点をアルディウスが把握した時、ふと彼の中にひとつの疑問が浮かんだ。


「……待ってください。ならアリス様が持っているその瓶も、もしファザード卿が自分を殺す方法を自身の魂を殺すようにしてなければ意味がありませんよ?」


 仮にファザード卿が自分の魂を殺す方法を指定していれば彼女の持つ小瓶も使えるが……もし別の方法が選ばれていれば全く使えない物になってしまう。

 これまでの話を思い出しても、ファザード卿は一言も誓約の魔法に関する話をしていない。


「そんなこと考えなくても分かるわよ。このジジイなら絶対に自分の魂を壊す方法を選んでるわ」

「これまでの話を聞いても、そう確信できる話はなかったと思いますが……」


 推察する情報がなければ予想すらもできない。それなのにアリスが確信を持って話していることが、アルディウスには全く理解できなかった。

 怪訝に眉を寄せるアルディウスに、アリスは失笑混じりに答えていた。


「それが分かるのよねぇ。このジジイが使った魂を分割する魔法、それだけで十分だわ……ねぇ? そうでしょ? クソジジイ?」


 掴んでいたファザード卿の頭をアリスが僅かに上に向ける。


「自分を殺す方法を考えろと言われれば普通なら自分の心臓を壊すか、頭を吹き飛ばすとか考えるわ。でも魂の在り方を理解しているのなら話は変わる」


 アリスから小さな笑い声が漏れる。


「アンタ、随分と魂の扱いに慣れてるのね。それもそうだわ。だって長い時間を掛けて自分の魂を使った服従の魔法を作ったんだもの。平然と自分の魂を分割するなんて狂気じみたことができる魔法使いが、魂の在り方を理解していないわけがない」


 明らかに怯えている様子を見せるファザード卿に、楽しそうにアリスが微笑む。


「誰だって痛いのは嫌よね? 心臓が潰れたら痛いし、身体が傷ついても痛いでしょう? 肉体が死に至る時、どんな方法でも痛いって言うわよね? アンタも死ぬ時に痛い思いしながら死ぬなんて嫌に決まってるでしょ? じゃあアンタなら当然……自分の意思だけが死なない方法を考えてるんじゃない?」


 そして次にアリスの告げた言葉に、彼は息を飲んだ。


「どうせ考えてたんでしょ? 分割した魂に代償を肩代わりさせようって? 随分とアンタもずる賢いこと考えるわねぇ?」


 そう言って、クスクスと楽しげにアリスは笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る