第3話 シャーロットの子供達


「冗談じゃないわ! なんで私がそんな面倒なことしないといけないのよ!」


 咄嗟にアリスが叫ぶ。

 しかし彼女の叫びを聞いても、シャーロットは不思議そうに首を傾げるだけだった。


「この仕事にはそれ相応の実力が必要なのよ? 並の魔法使いだと魔女の役目が成り立たない以上、実力が伴う魔法使いを選ぶのは当然でしょう?」

「だから! なんでよりにもよって私なのよ!」

「何度も言うけど、この仕事ができる人材は限られてるの。魔女の仕事をするのには最低でも一人で国と戦える魔法使いじゃないとダメなのよ。アリス、あなたなら一人で国と戦争しても余裕で勝てるでしょ?」


 やれと言われれば、確かにできるだろう。アリスの持つ戦闘能力ならば、その程度ことなら容易にできると自覚していた。

 だがしかし、できるからと言ってアリスがシャーロットの新設する魔女機関に所属する理由になどならなかった。


「それなら別に私以外でも良くない⁉︎ それくらいできる魔法使いなんて探せば沢山いるでしょ⁉︎」

「……アリス、ちゃんと考えてみなさい? 本当にそんなことができる魔法使いが他にいると思ってるの?」


 そう言って、シャーロットは反論するアリスに呆れていた。


 果たして、このユースティア大陸の中に単独で国と戦うことが可能な戦闘能力を持った魔法使いが何人いるか?


 現実的に考えれば、普通なら誰もがいないと答えるだろう。そもそも、それが可能な魔法使いがいることが常軌を逸している。

 それを当然のように可能だと思っているシャーロットとアリスの二人が常識から外れた存在なだけだ。本来なら、そんな異常なことを可能とする人間などいるわけがない。


 だがしかし、アリスは『いる』と即答できた。


 自分と同じように、単独で一国と対等に戦える戦闘能力を持った魔法使いが存在していると、アリスは答えられた。

 それもそうだ。なぜなら彼女は知っていた。忘れるはずもない姉妹である彼女達を。


「そんなの考えなくてもいるじゃない! あの子達だって――」


 その瞬間、無意識にアリスが言葉を途切らせた。


 シャーロットが新しく作る組織――魔女機関。

 それは六つの国の力関係を崩さないように大魔女であるシャーロットを頂点として六人の魔女達が各国を管理する組織。


 シャーロットの選抜よって魔女の役割を任される六人。


 六人。その数字がアリスの頭の中で反芻する。

 そして同時に、アリスの脳裏に見知った五人の顔が過ぎった。


「まさかとは思うけど……私以外の五人って」


 その顔を思い出して、声を震わせたアリスがあり得ないと頬を引き攣らせる。

 そんなアリスに、シャーロットは小さく頷いていた。


「えぇ、当然だけど“あの子達”を選んだわよ」

「組織の構成が全員家族ですって!? それただアンタの身内で固めてるだけじゃない!?」


 予想通りの答えが返ってくるとは思わなかった。

 思わずアリスが頭を抱えていると、不満そうにシャーロットは口を尖らせていた。


「だってみんな強くなっちゃったんだもん」

「冗談キツイわよ……その魔女機関、だったかしら? それって大事な組織なんじゃないの? そんな大事な組織に家族全員入れる人間がいるはずないでしょ?」

「なら他に誰がいるのよ? 私の子供達以外で魔女の仕事ができる魔法使いが他にいると思ってるの?」

「…………」


 言い返せず、アリスが言葉に詰まる。

 今までの記憶をアリスが掘り返しても、シャーロットの話していた魔女の仕事ができる実力を持った魔法使いに心当たりなどなかった。

 アリスが知る限り、それが可能な人間は自分とシャーロットの除くと……五人しかいなかった。


「誰も出てこないでしょ? つまりそういうことよ?」


 そう答えるということは、元からシャーロットは自分の子供達を魔女として選ぶ気だったらしい。

 先程聞いた魔女機関の役割を思い返して、アリスは今一度深く溜息を吐き出してしまった。


「その魔女機関って組織自体が破綻してるとは思わないのね……その組織、私達がいないと成り立たないじゃない」


 簡単に言ってしまえば、魔女機関の存在は六つの国から争いを無くすために圧倒的な力を持つ魔法使いを各国に置いて争わないよう黙らせると言っているようなものだ。

 魔女となる人間がいなくなれば、全て元通りになってしまう。争いを生まないための抑止力がいなくなれば、そうなるのも当然だった。

 もし仮にアリス達が魔女の役割を担っても、人間である以上はいずれ死ぬ。

 つまりそれは一世代で終わる組織ということだ。この組織が作られる理由を考えれば長い目を見なければならないのに……それだと短期的なものにしかならない。

 次世代の魔女がいなければ、魔女機関という存在はそこで終わってしまうのだ。それは組織として破綻してるとしかアリスには思えなかった。


「そんなの始めから分かってるわよ」

「はぁ……?」


 まさか頷かれるとは思わず、アリスの口から声が漏れる。

 怪訝に眉を寄せるアリスに、シャーロットは苦笑いを見せていた。


「今まで喧嘩し続けてきた国々をまとめる方法に正当な方法なんてあるわけないでしょ?」

「だからと言って力で抑えつけるのもどうかと思わないの?」

「最初はアリス達の圧倒的な力で喧嘩しないように黙らせれば良いのよ。始まりは強引でも、時間が経てば……きっとみんなで手を取り合えるようになるわ」

「それ、世の中を甘く見過ぎよ。そんな簡単に仲良くできるなら誰も苦労しないわよ」


 なんとも楽観的な考えを語るシャーロットに、アリスが失笑する。

 国同士の喧嘩が起きる理由なんて腐るほどある。資源や食料問題、または領土拡大。もしくは各国の人間同士で起きた些細な喧嘩など、言い出せばキリがない。

 それらの問題が時間だけで解決するわけがなかった。


「それも分かってるわよ。だから保険も掛けておくの」

「……保険?」

「国同士の喧嘩が起きた一番の理由に検討はついてるわ。だから、それを解消するためにもアリス達の力がいるのよ」


 また面倒な話になってきた。

 語り出すシャーロットの話を聞きながら、アリスはうんざりとした表情を作っていた。

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