第43話 術式の基礎、始まりの魔法
「もしこの説明で理解できないのなら……もう私から何を話しても時間の無駄ね」
唖然とする二人を横目に、呆れたとアリスの肩が落ちる。
これ以上の説明はないと告げるアリスのその話は、どう聞いてもアルバルト達からすれば意味の分からない話だった。
そもそも魔物の侵入を阻む魔法障壁を展開する結界魔法は万能ではない。魔物の侵入を防ぐ魔法障壁も大きな力を加えれば必ず破損してしまう。
仮に魔物の数が少数ならば何も問題はない。少ない数の魔物達が魔法障壁を壊そうとしても、問題なく彼等の侵入を防ぎ切れるだろう。
しかし魔物の数が膨大であれば、話は大きく変わる。展開している魔法障壁に加えられる力が大きくなれば、当然だがその分だけ破壊される可能性が高くなってしまう。
今現在、王都に迫る魔物達の数は各方面毎に数百以上。その全てを合わせれば、総勢にして千を超えるほどの魔物達が王都に向かって来ている。
その膨大な数の魔物達が展開している魔法障壁に向かって一斉に衝突すれば、どうなるか?
そんなことは考えるまでもなく全方位から受ける衝撃に耐えきれず、一瞬で魔法障壁が壊れるに決まっていた。
それを僅かな時間でも維持することすら困難であるのに……その魔物達をまとめて大きな魔法で殲滅するとアリスが宣っているのだ。
魔法を知る者なら、その話はとてもではないが信じられる話ではなかった。
「本当に……そんなことができると?」
いまだに信じられないとアルバルトが訊く。
そんな彼に、アリスは深い溜息を吐き出していた。
「できるから話してるのよ」
「……本当にできるのか?」
「私に何度も同じことを言わせないでくれない? アンタもそこまで馬鹿じゃないでしょ? この私がやるって言ってるのよ? これ以上の言葉が必要なの?」
信じようとしないアルバルトに、アリスの目が吊り上がる。
明らかに苛立ちを見せる彼女の表情を見て、アルバルトの表情が僅かに強張った。
「アリス殿。理解したくても、できないのだ。確かにアリス殿やシャーロット殿が持つ膨大な魔力ならば、王都を覆えるほどの巨大な魔法障壁を展開することもできるだろう。だが……仮にそれができたとしても、どうやって魔法障壁で足止めしている魔物を殲滅するというのだ? そんな魔法、あるはずがないだろう?」
確かにアリスの実力なら王都全体を覆える魔法障壁を展開し、維持することはできるだろう。それだけならアルバルトも信じることはできた。
しかしそれを維持しながら、王都に迫る千を超える魔物達を殲滅する方法が全くアルバルトには検討もつかなかった。
「はぁ? なに言ってるのよ? あるに決まってるじゃない?」
アルバルトの告げた疑問に、アリスが即答する。
そんな馬鹿げた魔法があると断言するアリスに、アルバルトは怪訝に眉を顰めた。
「なにを言って……たとえ七節詠唱の最上級魔法でも王都全域を攻撃できるほどの広範囲魔法など――」
ふと、唐突にアルバルトの言葉が途切れた。
第七詠唱を使用した魔法の中で最上位となる最上級魔法よりも、更に威力のある魔法とは?
その疑問がアルバルトの脳裏を過った瞬間、彼は口を僅かに開いたまま――無意識に息を飲んだ。
時間が過ぎていくにつれて、あり得ないと驚愕するアルバルトの目が大きく見開かれる。
そしてゆっくりと口を右手で覆いながら、彼は震えた声で呟いていた。
「……まさか、いや、あり得ぬ。あり得るはずがない。あの魔法を一人の人間だけで扱えるはずがない」
何度も首を横に振りながら、自身の言葉をアルバルトが否定する。
そんな異様な反応を見せるアルバルトに、アリスは失笑混じりに答えていた。
「今のアンタが何を思ってるか知らないけど、多分合ってそうね。そのアンタの勝手な常識、私に押し付けられても困るんだけど?」
「……本当に使えると言うのか⁉︎ あの十節の詠唱を唱えられると⁉︎ 今の我々が扱う魔法を作り上げた術式の基礎、始まりの魔法たる“原初の魔法”を使えると言うのかッ⁉︎」
「使えるから言ってるのよ。かなり疲れるけど……あの魔法ならこの周辺を更地にするくらい造作もないでしょう?」
困惑するアルバルトに、アリスが動じることなく答える。
その返事に、素直にアルバルトは絶句していた。
「術式の発動にどれだけの魔力が必要か本当に分かっておるのか? 数百人の魔法使いの魔力をかき集めて、ようやく発動できるとされる術式をアリス殿だけで発動できるのか?」
驚きのあまり、アルバルトが再度問いかけてしまう。
また似たような質問をされて、苛立つアリスの眉間に深い皺が寄っていた。
「だから何度もしつこいわよ。できるって何度も言ってるでしょ。その程度の魔力、持ってないと使えるなんて言わないわよ。術式の発動も魔力の操作も私なら造作もないわ」
それか当然のように語るアリスの話は、やはり俄には信じられない。
たとえそれが混沌の魔女の言葉であろうとも、いまだにアルバルトは信じられないと言葉を失うしかなかった。
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