異世界転生して働きたくないから最強の魔法使いとなって自堕落な日々を過ごしていたら、なぜか国の守護者になってしまった〜楽して生きるために奮闘する自堕落魔女の物語〜
第57話 どこか酷く哀れんでいるような
第57話 どこか酷く哀れんでいるような
「案外平気そうね」
思いのほかアリスの元気な返事に、安堵したシャーロットの肩が僅かに落ちる。
しかしアリスは眉間に皺を寄せたまま、シャーロットに自身の腕を見せつけていた。
「だからちゃんとコレ見てから言いなさいよ。私の腕、ぐちゃぐちゃの血だらけになってるわよ。自分のだと分かってても気持ち悪い……うわ、骨もちょっと見えてる」
「魔法で無理矢理動かす暇があるなら早く治しなさい。あなたの血、すごいことになってるわよ。痛覚を遮断してるから全く痛くはないんでしょうけど、そのままだと死ぬわよ?」
「もう術式は動かしてるから時間が経てば治るわよ」
アリスの宣言通り、青い光に包まれた彼女の手と腕が時間と共に治っていた。
ゆっくりと身体が治癒されていき、肉から皮膚と時間を巻き戻したように傷が癒える。
そうして少し経てば、酷かったアリスの傷は全て完治していた。
「はぁ……疲れたわ」
治った手と腕を動かして、アリスが問題ないと判断して小さく頷く。
そこでふと彼女が自分の着ているドレスを見ると、うんざりと頬を引き攣らせていた。
「結構血が付いたわね……この服、汚れたから捨てて良い?」
「良いわけないでしょう。大事な正装なんだからちゃんと洗い取りなさい」
「……分かったよ。これで取れるかしら?」
そう言ってアリスが指を弾くと、唐突に青い光が彼女の身体を包んだ。
そして再度、アリスが指を弾けば身体を包んでいた光が消える。
そうすると先程までアリスのドレスを汚していた血は、綺麗に無くなっていた。
「意外と綺麗になったじゃない。これで良いわよね?」
「無駄に器用なことするわね……水と風の魔法で汚れを落とすなんて、私でもそんな変な使い方しないわよ」
「使えるものは使う主義なのよ。別に私の魔法をどう使おうが勝手でしょ?」
鼻で笑うアリスに、シャーロットが呆れてしまう。
まるでもう先程の出来事がなかったかのように振る舞うアリスに、唖然と呆けていたアルディウスが恐る恐ると声を掛けていた。
「あの……アリス様? 本当に御身体は大丈夫なのですか?」
「もう治したから大丈夫よ。血を流し過ぎたからフラつくけど、その血も治癒魔法で生成してるから時間が経てば治るわ」
「……治癒魔法、そんな便利な魔法ではありませんよ。あの《リザレクション》であれば可能かもしれませんが」
アリスの身体は、アルディウスから見ても完治しているようにしか見えなかった。
ここまで完全に治せる治癒魔法をアルディウスは知らない。普通の治癒魔法は魔力消費も多く、治癒の時間も非常に掛かるものだ。
七節詠唱の
最上位の治癒魔法を使ってもいないのに見たこともない速度で治癒しているアリスの魔法には、素直にアルディウスは困惑するしかなかった。
「《リザレクション》を使うのは瀕死の人間だけよ。部分的な治癒なら低級の魔法を何個も重ねた方が回復が早いのよ。間違えると壊死するけど、アンタも機会があればやってみれば良いんじゃない?」
「そんな危ないことできるわけないでしょう。それに複数の魔法を同時に使える魔法使いなんていませんし、アリス様のように使えれば我々も苦労しません」
「ならできるまで努力しなさい。できないと諦めるより試すことを繰り返せばいつか辿り着けるかもね」
「本当、簡単に言いますね」
それができれば苦労しない。努力が必ずとも結果に繋がるわけではない。
やはり感覚が違うと痛感させられる。
アルディウスは深い溜息を吐き出すと、渋々と本題を切り出していた。
「アリス様が無事なら良かったです。それで……その、先程の結果は一体どのように?」
アリスがファザード卿の記憶を覗いた結果がどうなったのか、それは本人に訊くしかない。
だがアルディウスがそう訊くなり、アリスの目が吊り上がっていた。
「あぁ……そうだったわね」
淡々とした口調でアリスが答える。あからさまに不機嫌な態度を見せ始めた彼女に、アルディウスは怪訝に眉を顰めた。
「なにか悪いことでも? まさか……失敗したわけでは?」
「失敗はしてないわよ。ちゃんと見てやったわ」
「成功したのでしたら、不機嫌になる必要はないと思いますが……」
たどたどしくアルディウスが話し掛けると、アリスは舌打ちを鳴らしながら倒れているファザード卿を顎で指していた。
記憶を強引に覗かれ、誓約の魔法が反故になった反動なのか意識を失ってファザード卿は倒れたまま身動きひとつしていなかった。
「あのジジイが使ってた誓約の魔法以外にも、別の魔法が使われてたのよ。それも私が見たこともない変わった術式だったわ」
「珍しいわね。アリスが知らない術式なんて」
その話に、思わずシャーロットは声を漏らしていた。
アリスの知らない魔法など限られたものしかない。それを知っているシャーロットからすれば、彼女の話は驚くほかなかった。
「それだけならまだ良いわよ。あのジジイが使ってた誓約の魔法も魂を破壊したらちゃんと消えたのに、あの変な魔法がずっと邪魔してきたのよ」
「変な魔法……?」
奇妙な言い回しをするアリスに、シャーロットが首を傾げた。
魔法に関して、アリスはあやふやな言葉を使わない。変な、などという漠然とした言葉を彼女が使うとは特に珍しいことだった。
「術式の構成自体が全く違ったのよ。使われた術式自体も魔法の効果か知らないけど隠されて全部見れなかった。それでも私達が使ってる魔法の術式とは全く別の構成だったことだけはハッキリと分かっただけね」
「別の構成……その術式が発動したのはいつだったの?」
「あのジジイを使った人間が出てきた瞬間だったわ」
「術式の発動がその時だったとすると――」
「余程知られたくなかったんでしょうね。顔も見れなかったし、声も正確に聞き取れなかったわ。記憶自体に細工なんて魔法、私でも初めて見たわよ。それに記憶の細工以外にも魂自体も攻撃して本体を殺そうとしてたわ。他人に知られる前に本体を殺そうとするなんて用心過ぎよ。私の痛覚遮断も貫通して来た時は流石に驚いたわ。滅茶苦茶痛かった」
肩を落としながら、アリスは小さな溜息を吐き出していた。
ふと、シャーロットが倒れているファザード卿を一瞥してしまう。
「アリスが見れなかったなら、私がやっても同じ結果になりそうね」
「私で見れる限り見たから、今はやるだけ無駄よ。使われてる術式もちゃんと把握できてないし、発動する度に効力が増す術式の可能性だってあり得る。下手に発動させるとジジイが死ぬから生かしておきたいなら今はやめておきなさい」
考えられる可能性を考慮してアリスが答えると、納得したとシャーロットは頷いていた。
「でもファザード卿を使って王都を襲わせた人間が分からないとなると困ったわね。黒幕が分からないままだとまた襲われても不思議じゃないわ」
使われていたファザード卿を捕らえても、彼を利用していた人間が誰か分からなければ同じことを繰り返してしまう。
シャーロットの告げた可能性に、アルバルトとアルディウスは揃って頷いていた。
「シャーロット殿の言う通りだ。国の者を利用されれば同じことを繰り返してしまう」
「これからどうするか考える必要がありますね」
二人が揃って考えながら唸る。
しかし悩んでいたアルバルトは、おもむろにアリスに気になったことを訊いていた。
「アリス殿。今回、ファザード卿が我が国を滅ぼそうとした理由はなんだったのだ?」
「ん? あぁ、その話ね」
アルバルトにそう訊かれて、アリスが興味もなさそうに相槌を返す。
そして淡々と返ってきた彼女の次の言葉に、アルバルトとアルディウスは言葉を失っていた。
「このジジイ、ただの売国奴よ。全部終わったら亡命して他の大陸に逃げるつもりだったみたいね」
他の大陸。
その言葉を聞いた瞬間、彼等の頭に先日の出来事が脳裏を過った。
少し前、このユースティア大陸に圧力を掛けてきた大陸があった。
もしアリスの話が本当なら、それは事実上、ユースティア大陸に対する敵対行為としか受け取れない話だった。
「…………そうか」
倒れているファザード卿をアルバルトが見つめる。
その目は怒りで鋭く吊り上がっているはずなのに――どこか酷く哀れんでいるような、そんな目だった。
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