赤い顔と恋心

第22話 『好きだよ』



 美桜を抱きしめてしまっている腕を解き


「美桜、シャワー浴びておいで」


美桜の顔を見ずに言う。


 俺の様子に美桜もしゅんとしていて


「う、うん。美桜、シャワー浴びてくるね……」


 おずおずとタオルと着替えを持って風呂場へと急足で歩いて行った。


 美桜の姿を見送って、はあとため息を吐く。


 ……ああ、やってしまった。


 激しい後悔が襲いかかってくる。社会人六ヶ月目の頃の俺の考えが頭の中でリフレインする


"地位を利用して新人にセクハラをするなんて許せない”


 今の俺、まんまそれじゃないか。

 美桜は見た目こそ年頃だが、それでも未成年。

 そして実際には数日前まで猫だったんだ。


 男に襲われるという事がどういう事かなんて、知るはずがない。

 しかも俺以外に頼る人が居ないんだ。俺がちゃんとしてやらないと、露頭に迷うのは美桜なんだ。

 そんな事……絶対したくない。

 出来るならこのまま、毎日笑って一緒に過ごしていたい。


 色々考えて猛省した頃、美桜がおずおずとした表情で帰って来た。


「ごしゅじんさま……? ただいま……。シャワー、浴びて来たよ」


 何も知らない美桜が、こんな不安そうな顔をしているのは可哀想だ。俺がしっかりしなくては!


「んっおかえり。美桜。ちゃんと自分で入れるようになってえらいなっ。ちょっと……一緒に買い物でも行くか?」


 なんとなく、外の空気を吸って気分を変えたかった。美桜もずっと部屋に引きこもっているのも良くないだろうと思った。


「お買い物?」


「そうだ、お買い物。すぐ近くのコンビニまで行こっか」


 出来るだけ明るい声で言った。その声に安心したように、


「うん! 美桜も行くっ」


 美桜はいつもの明るい顔で返事した。



 軽く身支度をして外に出る。


「わ、暗ーい」


 美桜がちらちらと俺の顔を伺ってくる。


「ん、どした?」


「……えっと、手……繋いでもいい?」


 美桜は外が暗いのが怖いのか、それともさっきまでの気まずさで俺に気を遣っているのか、恐る恐る聞いて来た。


 そんな気を使わせている事に少し罪悪感もあって、


「ん、いいよ」


と俺の方から手を繋いだ。


 すると美桜はまた嬉しそうな少し赤い顔をして、


「へへへぇ」


ふにゃりと幸せそうな顔をした。


 そんな美桜の顔を眺めてから、ふと視線を空へと移す。


「お、星がキレイだ。明日は晴れそうだな」


「え? ほんとだ。キレイ……美桜、夜のお星様がキレイなの知らなかった。いつもお外が暗いと、怖い怖いって、そればかりだったから……夜のお空を見上げた事なかった」


 その言葉にハッとする。そうか……つい忘れそうになるけど、美桜は猫だったんだ。

 猫の美桜を公園で世話していた時も、夜は美桜を連れて帰れず公園に置いたままだった。

 その時は猫とはいえ……怖い怖いと思いながら過ごしていたんだと思った。


 そう思うと、昨日の夜だって、俺にとってはわがままでも、美桜にとってはただただ夜を俺と一緒に過ごしたいだけなんだ。


 ずっと……寂しい夜ばかり過ごしていたんだもんな。


 男の下心なんか、美桜は知らない。

 そんなの、知らなくていい。


 今はこの、純粋無垢なまま、俺のそばで笑ってて欲しい。

 俺はこの子を守ると決めた。




……

…………


 しばらく歩いてコンビニまで来た。


 外の暗さとは対照的に、コンビニの中はやけに明るい。


「いらっしゃいませー」


 少し気怠げな男性店員の声がする。


 さて、なんとなくコンビニに来てみたものの、何を買おう?

 今日はもう夜ご飯も済んでいるし、美桜が作ってくれたプリンを一緒に食べたので、デザートもいらない。


 ここのところご褒美続きで明日は期待するなと言った手前、デザート類、お菓子類はなしかなと思う。


 となると……あ、ジュースでも買うか。

 飲み物くらいならご褒美でもないよな。

 うん。そうしよう。


「美桜、飲み物でも買おっか」


「うん!」


 俺は美桜と手を繋ぎながら飲み物コーナーへと移動する。


「どれがいい?」


 美桜に聞いてみるものの、美桜はやはり眉尻を下げて困り顔だ。

 そりゃそうか。初めてみるものばかりでどれがどんな味かも分からない。自分がどんな味が好きなのかも分からないんだ。


「んー……どうしよ、美桜、わからない……」


 ちょっと困ってる美桜が可愛く思えたりもして。


「じゃあ、美桜、これはどうだ? いちごミルク。

昨日食べたいちごアイスと、こないだ食べたパフェのクリームを足したような味だ!」


 俺の提案に美桜は途端にぱあっと明るい顔をする。


「うん! 美桜、これにするっ!」


 にこにこの笑顔で大事そうに両手でいちごミルクのペットボトルを持っている美桜がやたら可愛い。


「じゃあ、美桜はそれね。俺は……コーラにしようかな」


 二人で飲み物を選んでレジに行く。

 せっかくだから、美桜に買い物の仕方を教えてやるか。


「美桜、前にいる人が今からお会計するから見てて。

品物出して、店員さんがピッとする。そしたらお金を渡して、お釣りと商品をもらったらおしまいだ。

俺は一緒にいるから、美桜もやってみるか?」


「うん! やってみる!」


 美桜はまた、小さく意気込むようなポーズをして見せた。


 美桜と一緒にレジに行く。


「お、おねがいしますっ」


 美桜は少し緊張したような声で商品を店員さんに渡した。


「お預かりいたします。——ピッ 有料のレジ袋はいかがいたしますか?」


——しまった。レジ袋の存在を忘れていた。

 美桜も途端に俺の顔を見て困り顔だ。


「あ、このままで大丈夫です」


 咄嗟に俺が助け舟を出した。まあ、今回は仕方ない。美桜もホッとした顔をしている。


「では……〇〇円です」


 淡々とした店員さんの声に、美桜はそーっと500円玉を渡す。


「はい、では500円お預かり致しましたので……〇〇円のお返しでございます。ありがとうございましたあ」


 お釣りと商品を受け取った美桜は、俺の顔を見て『やったあ!!』っと声が聞こえて来そうなほど嬉しそうな満足げな顔をしながら、二本のペットボトルを抱えている。


 俺は『よしよし、よく出来た』と顔で伝えて美桜の肩を抱き寄せて店の外に出た。


 店の外に出たところで、


「やったー! 美桜お買い物できたよ!」


と、嬉しそうに言う美桜。そんな美桜に


「そうだな、よくできました」


言いながら俺は美桜の頭をポンポンと撫でた。



 買い物を終えて店の外に出ると、なんだか外の空気は清々しくて気持ちが良かった。

 すぐに帰るのも少しもったいない気がして、コンビニの前にあるベンチに座った。


「美桜、少しジュース飲んでから帰ろっか」


「うんっ」


 けれど美桜はペットボトルを見つめながら困り顔で、ああそうかと思う。

 

「美桜、貸して。……はい」


 美桜のペットボトルの蓋を開けてやる。


「おおー! すごい。ここひねったら開くの? ね、美桜もごしゅじんさまの開けたい!」


 そう言うので、俺のコーラを渡した。

 すると美桜は少し意気込むような仕草を見せて、えいっと蓋を捻った。そしたら多分、その反動のせいなのだろう


——プシュー!!


 コーラの泡が吹き出した。


「えっえっえ!!!!」


 美桜は思いもよらない出来事に慌てふためいていて。そんな美桜が可愛くて、つい笑ってしまう。


「あはは、美桜、コーラ開ける時振っただろー。振ったらこうなるんだよ。もう、ばかだなあ」


「えー!! 知らなかった。爆発するのかと思った!!」


 焦る美桜が可愛くて、また笑った。


「もー可愛いなあ。ほら、いちごミルク、飲んでみ」


 美桜の手からコーラを抜き取ると、一度預かっていたいちごミルクを美桜に渡す。それをひと口飲んだ美桜は目を見開くように輝かせ、


「んー! おいしいー!」


満面の笑みでそう言った。


「はは、美味しかったか?」


 もう美桜が可愛くて可愛くて仕方がない。そんな俺に向かって美桜は


「うん! 美桜、いちごミルクだいすき! 

……ごしゅじんさまのことも……だーいすき!!」


キレイな星空の下、美桜はしあわせそうな顔を浮かべて俺をまっすぐ見つめてそう言った。


 うっ…………やば。不意打ちかよ。


 俺はまたドクンとなった心臓の音に気付かないフリをして


「ん、俺も美桜 好きだよ」


そう答えた。




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