第37話 『酔った美桜』
「美桜、ただいまっ」
俺はバタバタと家に帰ると、急いで玄関を開けて美桜に声を掛けた。
「えっどしたの? ごしゅじんさま、そんな慌てて……」
そんな俺の様子に美桜は驚いた様子だ。
「ん、ごめん、美桜。ちょっと今日仕事終わらなくて。でも早く美桜に会いたかったから、持って帰ってきちゃった」
急ぎの仕事が終わらず、家でやろうと持ち帰ってきたのだ。
「そうなの? 珍しいね」
「うん、今日中に終わらせないといけないから、ご飯食べたらちょっと仕事させて」
家にはあまり仕事を持ち込みたくなくて、いつもは優先順位つけてさっさと会社で終わらせて持ち帰らないようにしていたのだが、今回は他の社員がミスした修正の分が俺のところに回ってきた急な仕事で、仕方がなかった。
「そっかあ。うん、分かった。美桜、お利口にしてる! ごしゅじんさまがんばってねっ」
笑顔を浮かべて両手でがんばってねのポーズをする美桜が……可愛くて癒された。
美桜が作ってくれた夜ご飯を一緒に食べた後、美桜はいつもは俺がする洗い物を何も言わなくてもしてくれた。
ありがとうと言う短い会話だけをして、俺はずっとパソコンを触ってて、
その間美桜は何も話さず洗濯物を畳んだり、軽い拭き掃除なんかをしてくれてて、
それでも俺の仕事は終わらないから、美桜はそれを察してお風呂に入りにいって。
そろそろ終わらせて美桜と話したいのになと思いつつ、全然終わらない仕事に焦り始めたりして、
そうこうしてると風呂上がりの美桜はなんだか眠そうになってて、
俺がテーブルを独占してるから、美桜はテレビもYouTuboもサブスクも見れなくて、
寝室にある古い漫画雑誌をパラパラとめくりながら、ベッドでゴロンゴロンとし始めて……
気づくと美桜は、俺の枕を抱きしめてスースーと眠ってしまっていた。
あーあ、悪いことしてしまったなと思いつつ、だんだんパソコンにも疲れてきて、俺にも睡魔が襲ってきたので、久しぶりにコーヒーを飲んだ。
美桜が来てから、猫にはあまり良くないかなと、なんとなくやめてたコーヒーを。
——
————
「ごしゅじんさま、ごしゅじんさま……」
「ん、あれ、美桜、どした?」
「えーどしたじゃないよ、ごしゅじんさま、お仕事終わったの? こんなとこで寝てないで、終わったなら一緒にベッドで寝よ?」
……しまった。俺は仕事しながら……寝てしまってたみたいだ。あと少しなのに。
「うわ、ごめん美桜、俺、寝ちゃってた。まだもう少しあるんだ。起こしてくれて助かった。あと少しで終わるから……もうちょっと待ってて」
「……そっかあ。うん、わかった」
口では素直な返事をするけど、美桜の猫耳は下がってて、明らかに寂しそうで。
「あー美桜、マジでごめん、今度埋め合わせするから! あと少し待ってて」
そう声をかけた時、
「ねーなんかいい匂いするー」
美桜が鼻をくんくんとさせながら言いはじめた。
「ん? これか? コーヒー?」
俺はローテーブルに置いてたマグカップを持ち上げた。すると美桜が
「美桜も、飲んでみたい」
そう言い出した。
…………ずっとなんとなく美桜にあげるのは避けてたけど……美桜はもう人間だしな、少しなら大丈夫かな。
判断力が鈍くなっている俺は、ちょっとそう思ったりして。
「んー、一口だけならいいよ」
そう言った。すると美桜は
「やった! いただきまーす」
少し嬉しそうに飲み始め……一口では終わらず、3口くらい飲んだ。
すると……美桜の顔がちょっと赤くなってきて。
「へへー、こーひーおいしい。みお、これすきかも」
とろんとした顔で、ほわんとした声で言いはじめた。
え? なに? なんか……雰囲気が、変わった?
美桜の様子がいつもと違う。
「もうひとくちほしー」
「え、ちょ、やめときな?」
一応止めたが美桜は結局カップに残ってたコーヒーを全部飲んでしまった。
「おいしかったーごちそうしゃまっ」
「え、美桜? 大丈夫か?」
「んー? だいじょうぶらないよ? みお、ずーっとおりこうにしてるの、つかれちゃったー」
そう言いながら、俺の背中に抱きついてきた。
「え、ちょ、美桜? なに、どした?」
「んー。おりこうにしてるのあきちゃった。こうしてるから、ごしゅじんさま、おしごとしてて」
明らかに仕事どころではないのだが、美桜、まさかコーヒー飲んで……酔っ払ってる?
「ちょ、美桜? お前、酔っ払ってる?」
「んー? よっぱってなあに? 美桜、ちょっといま、きもちいい」
だめだ、やばい、これは、酔っ払ってる……よな。
「ちょ、美桜、水、水飲んで」
「おみず? やーだ。 ごしゅじんさまがのませてくれなきゃやーだ」
…………うそだろーおい。美桜が……酔っ払うなんて。
これは早く仕事終わらせて寝かせなくては。
そう思うのに。
パソコンをカタカタと打つ俺の背中には、美桜が抱きついてて、
「ねー、ごしゅじんさまーすきすきい」
俺の首筋に……キスをしてくる。
マジで……! 捗らないんだが!
「美桜、ちょ、わかったから、ちょーっとだけ、あとちょっとだけだから、待ってて」
「うん。みお、ずっとまってるよ? ずっとずーっとまってるよ? もうそろそろ美桜ひとりはさみしいんだもんー」
……確かに、美桜はずっとお利口にして待ってた。待たせてるのは俺のせい。俺が、うたた寝なんてしてしまったから!
ドキドキとする心臓を押さえながら、俺は必死にあと少しの仕事を終わらせようとパソコンに向かう。
すると美桜が耳元で
「ねぇ、ごしゅじんさまって……ドーテー?」
そんな事を言い出して。
「え……? どこでそんな言葉?」
びっくりして振り向くと、そこには変身した美桜の姿。
……昔流行った、童貞を殺すセーターを着ている。
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