第36話 『甘いお仕置き』


 俺の腕の中にすっぽりと収まる小柄な美桜を、俺はぎゅうっと抱きしめ、美桜の髪に顔を埋める。


 風呂上がりで身体は火照っていて、髪はいい匂いがして……そして明らかに赤い顔をしながら動揺してる美桜が、……可愛い。


「美桜、ドキドキしてる?」


「えっ、うん」


「いやか?」


「いやとかじゃ……ない、けど、うう」


 あーダメかも。暴走してるのは分かってるけど、この腕解きたくない。なんかもう、美桜をこのまま自分のものにしてしまいたい。


「さっき、美桜も俺のことドキドキさせたかった?」


「え、うん。……ダメだった? 美桜、悪い子?」


「そーだなー。ちょーっとだけ、悪い子、かなあー」


 だって、美桜があんな事したから、俺が今暴走してしまってるわけで。


「うー。ごめんなさいー」


「やーだ。だから、もうちょっとこのまま、我慢してー」


「う、うう」


 美桜は……俺の腕の中で真っ赤になってて。やばい、可愛い。マジで……可愛い。


 ——だから俺は我慢できなくなって、美桜の首筋に……キスをした。さっき、美桜が俺にしてきたみたいに。


 その瞬間、美桜は身体をピクッと跳ねさせて


「んっぅ……」


 可愛い声を漏らした。


「はーい。悪い子にはお仕置きでしたー。じゃ、爪切りしよっか。ほら、指出して」



「にゃー」



 美桜は真っ赤な顔のまま猫耳を垂れさせてて、困った顔をしてて。


「ごめんごめん、もうしないから。ほら、爪切りしよ」


 やりすぎたかなと、美桜の頭をポンポンと撫でなる。


「美桜、なんか……はいぼくかん……。くやしい」


「敗北感なんて言葉、どこで覚えてくるんだよ。アニメの見過ぎだぞー?」


「だーって。ごしゅじんさまいない時、寂しいんだもーん」


 ああ、もう、こんなこと言う美桜は、やっぱり可愛い。


 美桜は……このまま純粋無垢のままいて欲しいなと思う。出来ればこのまま、この幸せな時間を手放したくない。


 …………俺、美桜のこと、大切にしよ。


 と思うのは何回目だよ、と暴走してしまった自分を反省して、ちょっと気持ちを整えた。


「じゃあ、俺も仕事早く終わらせて、出来るだけ早く帰ってくるから。これからも俺のこと待ってて」


「うん! 美桜、これからも、おかえりなさいするねっ。だから……これからも、美桜のごしゅじんさまでいてね」


「もちろんだ」



 はぁ、本当に。この幸せはなんなんだろう。


 俺の過去を振り返ってみれば、なかなか幸せとは言い難い人生だった。俺はそれを受け入れて、この先もそんな人生を送ると思っていた。なのに。


 俺の部屋には今、可愛い猫耳少女がいて、毎日ご飯作って笑顔で俺の帰りを出迎えてくれる。


『これからも、美桜のごしゅじんさまでいてね』


 普通ならありえない、そんな言葉。


 大切に……してやりたい。


 俺は美桜のご主人様。それは、ちょっと特別で、責任も伴う。


「美桜ー、お風呂上がりの方が爪が柔らかくなってるから、今がちょうど切り時だ! ほら、指出してー」


「お? それは今が絶好のつめ切りちゃんすってこと? だったら今切ったら痛くない?」


「当たり前だろー。俺が美桜に痛いことなんてするもんか」


「うん! だってごしゅじんさまは、美桜のごしゅじんさまだもんねー」


 美桜は火照った顔のまま、嬉しそうににこにこの笑顔を見せた。


「なに、嬉しそうにして」


「だって、美桜、しあわせなんだもん。今が美桜の人生で、い——ちばん、しあわせっ」


 俺の部屋の中には、ありえないくらい可愛い猫耳少女がいて、


 その子は今、俺の腕の中にすっぽり収まって俺に笑顔を見せている。


 こんなありえない幸せ、手放すはずがない。


「ん。俺も美桜がいてくれて、人生で一番幸せだ」



 俺はそのまま、美桜の爪を優しく切った。


 部屋の中にはパチンパチンと音がする。



 世の中に、こんな幸せなつめ切りがあるか?


 俺はその音を聞きながら、美桜がいる幸せを噛み締めた。



「よーし、出来たぞー。どーだ、痛くなかっただろ?」


「うん! 美桜のつめのギザギザ、キレイになったー! へへ。嬉しいな。 ドライヤーも美桜、苦手だったけど、ごしゅじんさまにされるのは気持ちよかった。ごしゅじんさまにされるなら、なんにも怖いことないねっ」


「当たり前だ。美桜は、俺の大事な……」


 そこまで言いかけて、言葉に詰まった。


 その先に続く言葉はなんだろう?


 ペット? いや、違う。美桜は女の子だ。


 彼女……でもない、恋人でも、友達でも……ない。



 ただ、確かなのは、俺にとってすごくすごく大切で、愛しい存在だと言うこと。


「う?」


 言葉に詰まった俺を不思議そうに見つめる美桜はやっぱり可愛くて。


「美桜ー。可愛いなあ、もう。……好き」


「え? へへっ 美桜も、ごしゅじんさま、大好き」


 俺は恋人でも友達でもない、大切な大切な猫耳少女に、また、何度目かの告白をするのだった。

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