第23話 『今日も一緒に寝る?』



「あーあ、美桜、よく見たらコーラで服びちょびちょじゃないか」


「えっあ、ほんとだ! お着替えする?」


 美桜は無垢な顔して俺に聞く


「んーん、ダメ。"変身” は、俺と美桜だけの秘密。他の人に見られたらダメだから、家に帰ってから着替えよ」


「……そうなの? うん。わかった!」



 ……美桜は、何も知らないんだ。


 美桜の下着姿に、俺が発情しかけたことも

 それを俺が、必死に堪えたことも。


 ……美桜は、知らなかったんだ。


 夜空の星が、キレイだってことも、

 変身する姿を、人に見られてはいけないことも。



 数日前まで猫だった美桜は、知らなくて当然だったんだ。


 だから……美桜が今言った、『ごしゅじんさまだいすき』って言葉も、ただ飼い猫が飼い主に思うそれと同じ。


 だから俺も、しばらく秘密にしておこう。


 そんな可愛い美桜に、俺が言った『好き』は、猫に対するそれではなくて、美桜に対する特別な『好き』だってことは。



「よーし、帰ろっか」


「うんっ」



 俺と美桜は手を繋いで帰った。

 ひんやりとした外の空気と違って、繋いだ手はあたたかい。


 けど、この手は側から見るような恋人同士の手じゃなくて、美桜からすればきっと、子供が親戚のお兄ちゃんに繋がれているような手と一緒。


 そして俺は……愛しいこの子をこのまま離したくないと思いながら繋いでいる手。


 あーあ。所詮、俺の片思い。

 

 そう思う俺は、気付かない。


 にこにことしあわせそうに笑みを浮かべる美桜の顔が……やっぱり少し、赤いことに。


 そして俺は、すっかり忘れてたんだ。

 俺が美桜の頬にキスをしてしまった時、


『んっちがう。いやとかじゃない。でも、なんかわかんない。ドキドキ……する』


 確かにその時、"ドキドキする” と言っていたという事を。




 ……しばらく歩いて家に着いた。


「ただいまー。よし、美桜、着替えておいで」


「はーい」


 美桜は着替えを持つと、洗面所へ行き、着替えて戻ってきた。


 もう美桜は、俺の前で脱いじゃダメだと理解しているようだった。


 けれど、少し困り顔で帰ってきて、


「ねーごしゅじんさま、汚しちゃった服、どーしたらいい?」


と聞いてきた。


「ん、ああ、そっか、染みになったら良くないし、軽く染み抜きしてから他の洗濯物と一緒に洗ってしまおっか。本当は昼間洗濯して、外に干した方がいいんだけど、俺仕事だしなー」


 そんな事を言いつつ、美桜と一緒に洗濯機を回して、洗濯を待つ間に歯磨きをする。


「美桜、辛くない歯磨き粉買って来たよ」


「えっほんと? 辛くない?」


 うんうん、子供用だからなと思いつつ、黙っておく。


「試してみ?」


「うん!」


 美桜はいちご味の歯磨き粉をつけた歯ブラシを咥えながら、うんうんと頷いてにこにことしながら歯を磨いている。


 どうやらお気に召したらしい。


 そんな美桜を見ながら、歯磨き嫌いにならずに済んでよかったとほっとした。


 磨き終えると


「美桜、歯磨き出来たよー! 人間だもーん!」


 嬉しそうにるんるんとしている。


「そうだな、さすが人間だ! えらいぞ」


 子供用の歯磨き粉で子供みたいに喜ぶ美桜が可愛くて。


 人間は人間でも子供の方だと言う言葉は、やっぱり秘密にするのだった。


 お急ぎコースで回した洗濯物を美桜と一緒に干し終えると、途端に睡魔に襲われた。


 ああ、そっか。今日も早く帰りたくて仕事急いで終わらせたし、昨日はドキドキして朝方まで眠れなかったから、俺、寝不足なんだっけ。




——眠いと判断力も低下するもので。


「美桜ー寝よっか。今日も一緒に寝る?」


そう聞いた。


「うん! ごしゅじんさまと一緒がいい」


 もちろん美桜もそう言うわけで。


 もう俺は、美桜と別の部屋で寝ようなどと思うこともなく、


「じゃあ、美桜、寝るぞー。おいで」


さっさとベッドに入ってアラームを掛けると、布団をめくって美桜を呼んだ。


「えっえっ?」


 いつもと少し違う俺の様子に美桜は戸惑いを見せたが、俺はもう眠くて眠くてそれどころではなくて。



 ああ、昨日は美桜が俺に抱きついてくるから眠れなかったじゃん。お返しだ。



 そんな事を思って美桜を全身で抱きしめ、美桜の髪に顔を埋めてそのまま眠りについた。


 ああ、美桜、柔らかくてあったかい。

 それに……いい匂いだ。


 だから俺はまた気付かなかった。


 俺の腕に抱きしめられている美桜の顔が、真っ赤になっていた事も。

 美桜がその日、ドキドキとして眠れなかった事も。


 なーんにも知らず、朝までしあわせな夢を見てたんだ。


 片付けられたローテーブルと部屋。

 洗い物の済んだキッチン。

 洗濯物がなくなった洗濯物カゴ。


 明らかに数日前とは様子が変わった部屋の中で、俺は可愛い猫耳少女をベッドの中で抱きしめながら、朝まで眠りについたんだ。

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