第45話 『浩太が家を出てからの凛』
お兄が家を出て行ってから、私は、両親がほぼ帰ってこない戸建ての家にほぼ一人きりになった。
中三で不登校になったから、高校は通信制を選んだ。だからほぼずーっと家の中に引きこもってた。
待ってたらそのうちお兄が会いに帰って来てくれるかなと、そしたら謝ろうと思ってたけど、お兄が帰ってくる事はなかった。
あーあ、やっぱりお兄は私を、妹だとしか思ってなかったんだと再認識して、……自分の失恋を、自覚した。
お兄は、あの事故の前後一・二週間分くらい記憶がない。だから、あの病院での出来事は、私の中だけでしかなくて。
私の告白も、ファーストキスも、なかったことになってて。
そもそも、お兄の中での私の存在なんて大したことなかったのだろうと思うと、途端に虚しくなった。
でも、ある日ふと、このままではいけないと思った。
家にいるからお兄のことばかり考えてしまうんだ。バイトでもしよう。
そう思って、ファミレスでバイトを始めた。
他にやることもないし、私はバイトばかり頑張ってた。
バイト漬けの日々を送ってたら、だんだん他のスタッフとかお客さんとも仲良くなってきて、あ、ちょっと楽しいかも、そう思えるようになっていた。
そうしているうちに店長とも仲良くなって、帰る方向が同じだし夜道も危ないからって事で、車で家まで送ってくれるようになった。
そんな日々が続くうち、いつ送ってもうちの家の電気がついていない事に気づいた店長に、
「凛ちゃんて、一人暮らしなの?」
そんなことを聞かれて。
事の経緯を話したら、“うちの家にご飯食べにおいで” って誘われた。
私はそれが嬉しかった。
それからだんだん店長の家で一緒にご飯食べることが増えて行って、ただ食べさせてもらうのも悪いから、ご飯の支度とか片付けとかを一緒にするうちに、ご飯のお礼も兼ねて、店長の部屋の家事とかもするようになった。
別に店長に対してお兄みたいにドキドキする事はなかったけど、一緒にいて嫌ではなかった。何より、一人じゃない事が、嬉しかった。そして私がいる事を店長が喜んでくれる事が、嬉しかった。
そのうち店長の部屋の鍵を渡されて、店長の部屋に住み着くようになっていた。
そしたらやっぱり……ふとした時に思い出してしまうのは、お兄の事で。
けれどその度に、寂しくて。お兄の事は、考えないように意識して努めてた。
お兄に私は求められてないし。
私のファーストキスも、なかったことになってるし。思い出しても苦しいだけ。
だから、なんかもういいかなって思って。
店長に、キスされても、その先を求められても、なんか……もういいかなって。
だから私は、店長に身体を許してしまった。
そんな生活をダラダラと送ってるうちに、店長に聞かれた。
「凛ちゃんてさ、俺のこと……本当に好き?」
その時、はじめて店長は私のこと好きだったんだと知った。そして……私には、ただ、嬉しいとか楽しいって気持ちしかなかったことを自覚してしまった。
でも、今更好きじゃないなんて言えなかった。
だから
「もちろん。好きですよ」
私は嘘をついた。
サイテーな嘘。自分を嫌いになった瞬間だった。
けれどその日から……店長の様子が段々と変わって来た。
私に服を買ってくるようになって、
下着を買ってくるようになって、
バイトのシフトは店長とばかり仕事をするようになって、
私が他のバイトの男の子と話してたら、周りの空気が変わるほど怒るようになって。
だんだん、バイト先で変な噂が立ち始めて。
あれ? なんか……居心地悪いな。
そう思うようになったから、久しぶりに実家に帰った。ただ、なんとなく……自分の好きな服着て、ひとりになりたいなって思ったんだ。
そしたら……店長は家まで迎えに来て。
「凛ちゃん、家帰ろ? 凛ちゃんは俺のだろ?
そんな肌が見えるような服、ダメじゃないか。俺が服買ってあげただろ? ちゃんと俺の言うこと聞かないと、ダメじゃないか」
……だんだん、店長のことが怖くなった。
そんな時、テレビを見てたら新しいアニメが始まった。
"今日からお兄ちゃんのおうちに押しかけます!〜妹じゃなくてお嫁さんになりたいの〜”
それを見た時、これだと思った。
そーじゃん、私がお嫁さんになりたいのはやっぱお兄じゃん。
お兄のとこに行けば、いいんじゃん。
そしたら店長から離れられるし、寂しくないし!
次にお兄に会ったら素直になるんだ。可愛くなるんだ。
今度こそ、お兄にお嫁さんにしてもらえるように頑張るんだ!
そう思ったらわくわくした。
だからパパに電話した。
『パパー! お兄のおうちに住みたい!』
『えー? だめだよ、浩太くんの部屋じゃ狭いだろ? 隣の部屋を借りてやろう』
……友達には凛のパパ、バグってるとか言われてたけど、最高でしょ?
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