第10話 『湯上がりの美桜と、美桜の過去』



「ごしゅじんさまーただいまー」


 シャワーを終えた美桜が出てきた。

 湯上がりの美桜はいいにおいがして、胸にグッとくるものがある。


「おいおい、美桜、髪の毛びちょびちょじゃないか。ちゃんと髪も拭いて」


 とりあえずで着せた俺の部屋着の肩のところが水を含んで色が変わっている。


「あれー? ほんとだ。髪の毛難しくてよくわからない」


「仕方ないなあ。ほら、ここ座って」


「ごめんなさい?」


「謝るほどのことでもないから大丈夫」


 俺は美桜の髪の毛をタオルでわしゃわしゃとして水気を取っていく。美桜はなんだか嬉しそうだ。


 ……それにしても、こんな可愛い子が俺なんかに髪の毛触られるがままだなんて、普通なら有り得ないよなぁ。まぁ、頭に猫耳付いてる方がもっと有り得ない事なんだけど。


「美桜、耳に水入ったら大変だからちゃんと耳も拭くぞー」


「ん、ふにゃ」


 俺に耳を触られて美桜は、ふにゃりとした声を漏らして身体を捩りながら笑った。くすぐったかったらしい。

 

 よし、タオルはこんなもんかな。


「じゃあ乾かしていくけど、美桜、ドライヤーは初めて? 大きい音出るけど、大丈夫か?」


「んーっと、前の飼い主さんのところでお手伝いさんって人にされたことあるからたぶん大丈夫。ちょっとだけ怖いけど」


 さっきも掃除機にびびってたし、大きい音がする物が基本苦手なんだろうな。それにしても……


「お手伝いさん? そう言えば美桜、ある日突然公園から居なくなったけど、俺がご飯あげてたその後は誰かに飼われてたのか?」


「……うん。“ピンク色なんて珍しいから観賞用にするかー” って、美桜ずっとガラスのケースみたいなのの中で飼われてた」


「観賞用?」


 ……その言葉に胸がザワりとする。公園の中だけとは言え、美桜が居なくなるまでは精一杯可愛がっていたつもりの俺にとってはあまりいい気がしない。


 もっと、幸せな形で飼われていて欲しいと思っていたのに。


 美桜の話によれば、たまたま通りかかったお金持ちが美桜を拾って車で連れ帰ったらしい。広い部屋の中には、たぶんペットショップみたいなガラスケースがたくさんあって、他にも飼われている動物が何種類かいたらしい。


 美桜は飼い主にガラスケース越しにたまに見られる程度で触られる事はなく、日替わりで来るお手伝いさんと呼ばれる人にお世話をされていた。


 中には撫でたり遊んでくれる人もいたが、トイレやご飯のお世話だけという淡白な人もいたらしい。


 たまにお手伝いさんに身体を洗われていて、ドライヤーはその時にされていたようだ。でも、たぶん美桜はドライヤーが怖かったんだろうな。それで乾かすのが甘かったんだろうな。


 ある日美桜は風邪を引いたらしい。くしゃみばかり出るようになって、だんだん身体がだるくなって、寝てばかりいたらダンボールに入れられて、道端に……捨てられた。


 通りすがる人の中には美桜を見つける人もいて、『可愛い』と寄ってくるものの、少し撫でては『ごめんね、うちで猫は飼えないから……』と立ち去る人ばかりだったらしい。


 『あー死ぬのかなー』と思いながら、美桜は俺の事を考えていた。『また会いたい、人間だったら飼ってもらえたのに。人間になりたい!』 そればかり考えていたら、ブワッとピンクの光に包まれて、人間の姿になり、風邪もすっかり良くなっていたと。


 その時の美桜は裸だったけど、裸でいる事に人とは違うと思って隠れながら街行く人を見て“あの服いいなー” と眺めていたら、出会った時のあのパーカーの姿になっていたらしい。


 靴を履いていなかったのは隠れながら見ていて足元が見えていなかったのと、美桜に靴という概念がそもそもなかったからなのだろう。結局それが、家出かと俺が思う理由になったわけなのだけど。


 美桜はせっかく人間になれたのに猫耳だけ残っている事に気付いてショックを受け、見られたくなくてフードを被った。


 けれどフードさえ被っていればバレない、そう思い、俺に会うためにそこからかなり歩いてあの公園にたどり着き、俺を待っていた、との事。


 ちなみにあの時持っていたダンボールもどうやら美桜が出したようだ。気付いたら目の前にあったと言っていた。

 拾ってくださいの文字は、美桜が書いたわけではなくおそらく念写みたいなもの。美桜が捨てられたダンボールに書かれていたものをそのまま思い返していたら書いてあったらしい。


 ……俺が世話してたのなんて日数にしてしまえばほんの数ヶ月間しかなかったのに、美桜は俺に会いたいと思いあんなに足が傷だらけになるほど歩いて会いに来てくれたのか。あの時の嬉しそうな表情を思い返して胸が熱くなる。


 なんかもうめちゃめちゃ幸せにしてやりたいと思う反面、美桜の今の姿的にはブレーキが掛かってしまう。猫だったら抱きしめて撫で回しただろうけど。猫だったら飼えなかったわけだし。


 ただ、猫耳が付いているのがむしろ俺にとっては少し猫扱いしてもいいような、そんな許された気がして正直ありがたい。俺だけが知っている秘密。俺の部屋にいさせてもいい理由として充分だ……


「……よーし、乾いたぞー。美桜ー、起きて。ちょっと怖いとか言ってたくせに、寝てるじゃん」


「えっ! あっ、美桜、寝ちゃってた? なんか途中から気持ちよくなっちゃって…… えへへ」


 ……何俺に頭触られてリラックスしてんだよ。無防備かよ。可愛い。


「さて、俺もさっさとシャワー浴びたいけど、美桜の服びちゃびちゃだし、先に美桜の支度するか……

美桜、この格好になれるか?」


 ネット検索で見つけた全身フルコーデの写真を美桜に見せる。


 美桜は『んーっと!』とまたおでこに人差し指をグリグリと押し込みながら目をギュッと瞑って考え込む仕草を見せると、


「出来た!」


 両手を開いて見てのポーズをしてみせた。


 うんうん、思った通りよく似合っていて可愛い。


 ゆったりしたキャスケット帽で猫耳を隠し、緩めのオフホワイトのニットにふわりとしたロングスカート。足元は歩きやすいようにスニーカーにした。


 昨日うちに来た時の白のパーカーにショートパンツも似合っていたが、なんとなく美桜の綺麗な足を人に見せたくなかった。猫耳を隠しても違和感がないようにしたかったし、過度な露出がなく可愛い感じにしたかったので、かなり吟味したつもりだった。


 顔立ちもスタイルもいいのでまるでファッション誌から飛び出してきたような美桜の姿に感嘆しつつ、こんな美少女と一緒に歩くのか? と我に返る。


 俺は自分の格好を気にしたことがなかったのでたいした服を持ち合わせていない……

 せめて、と持っている中で一番マシと思える服を手に持ち風呂場に向かう。

 

 いつもより丁寧に髭を剃り、久しぶりに髪を整え、身支度を済ませた。


 はあ、ただの買い物とは言え、こんな唐突に、しかもこんな可愛い女の子と二人で出掛ける日が来るとは、想像すらした事なかったな……。




 

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