第9話 『美桜とシャンプー』


 飼う、と言う表現は自分の中でしっくりは来なかったが、美桜本人も飼われたいと言うし、何より自分の中で美桜を女性として見るのを躊躇った結果、飼うと言う表現でいいかなと思った。


 なんと言うか、猫とか子供の面倒を見ながら成長を見守るような、そんな感覚。


 美桜だって、たまたま頼れる人が俺だっただけで、いずれ好きな人が出来るかもしれない。その時に送り出してあげられるくらいの距離感でいたいと思った。



「じゃあ、これから美桜がうちで生活するためにいろいろ必要なものがあるから、後で一緒にお買い物行こうか」


 美桜は『お買い物』と言う言葉の意味が分かっていないようで不思議そうな顔を浮かべたが、『ごしゅじんさまと一緒ならどこでも行くー!』と嬉しそうに返事した。


 さて、出掛ける事は決まったがその前に。やりたい事が二つある。ひとつは風呂。不覚にも昨日入らずに寝てしまった。そしてもうひとつは……さすがにこれから美桜と一緒に暮らすならこの散々な部屋の有り様はまずいだろう。軽く片付けたい。


「なあ、美桜、出掛ける前にちょっと片付けて風呂に入りたいんだが、手伝ってくれるか?」


「何したらいい?」


「そうだなあ……とりあえずこの部屋にあるペットボトルを集めて袋に詰めて」


「はーい!」


 美桜にペットボトルをまとめてもらっている間に俺も床に散乱した物たちをざっくりと回収して、掃除機をかける。


 美桜は掃除機の音に肩をびくつかせてびっくりしていたが、ゴミを吸ってるだけだと説明すると安心した様子だった。


 床から回収したものと洗濯カゴの中に溜まった洗濯物をまとめて洗濯機を回し、その間にさっきの朝ごはんの分とシンクに溜まっていた分の洗い物をして……洗濯物を干したら、よし、こんなもんだろう。


 俺の部屋は久しぶりにまともな状態になった。


 まあなんか隅に固めただけのモノもあるが……それはおいおい片付けよう。



 さて、部屋も片付いたら次は風呂だ。しかし、美桜の猫耳を見て少し考え込む。あの頭……美桜は自分で洗えるのか?


「よーし、美桜、部屋はこのくらいにして、次は風呂なんだが……美桜、自分で入れる?」


「んーっと……」


 いやいや、聞いといてあれだけど無理とか言うなよ。そんな事言われたら俺が一緒に入らなくてはならなくなるじゃないか。それはまずい。実にまずい。そんな俺の心の中とは裏腹に


「ごしゅじんさまと一緒に入るのはだめ?」


 予想通り淡い期待は裏切られた。


 でも考えてみればそりゃそーだ。ボディーソープすら不思議そうにしてたのに、シャンプーやら洗顔料やら分かるとも思えない。ましてや猫耳がある。慣れない美桜が自分で洗って耳に水が入って中耳炎にでもなったら大変だ。


 ここはやはり飼い主としての俺の責任か。俺が入れてやるべきか。いや、それより自分用のシャンプーとか洗顔料しかないけど、女性はどんなのを使ってるんだろうか。


 あんなに可愛い子を無碍にはしたくない。しかし、“猫耳娘の育て方” なんて情報がネットにあるはずもない。俺には女の知り合いもいないし、聞きようもない。いや、妹がいるが……あいつには聞きたくない。


 もしもあいつに聞こうものなら『は? 兄貴彼女でも出来たの? ウザ』 とか言われそうだ。ここはやはりネットで調べるしかないか。


 ……ネット検索の結果、とりあえずシャンプーとボディーソープは俺の使ってるもので良さそうだ。しかしトリートメント? コンディショナー? 化粧水やら乳液やら、そんなものは持っていない。女性は何かと大変なのだなと思いつつ、必要なものは後で買い揃えるとして、今はあるもので済ますしかない。


 さて、後はどうやって美桜を風呂に入れるかだ。

その後出かける事も考えると、湯船に浸かるよりはシャワーで済ませたい。これは決定事項だ。

 

 後は……二人とも全裸、それは却下だ。シャワーを浴びるのに全裸は当たり前ではあるが、俺と美桜は知り合ったばかりだし、何より美桜の裸を見れば俺の息子が黙っちゃいない。

 

 そんな暴れん坊になった息子を美桜に見られることだけはなんとしても避けたい。


 ならば……水着か。丁度美桜は今スウェットの中に水着を着ているし、美桜はそれでいいとして、後は俺か。インドアな俺が水着なんて持っているはずがないし、むしろ俺のこのだらしない身体を美桜に見られるのはなんか嫌だ。よし、夏場に部屋着にしているTシャツとハーフパンツにしよう。


 ……色々俺、見栄張ってるなと思う。部屋片付けてみたり、身体見られない様に考えてみたり、普段より豪華な朝ごはんにしてみたり。俺にもそんな“誰かに向けてかっこつけたい気持ち” があったんだなあと再認識した。



——————

————————


 俺は夏物を引っ張り出してきてそれを着ると、少し深呼吸をして気を引き締める。よしよし、フツーにフツーに。平常心。平常心。



「よし、じゃあ、風呂行こっか。美桜、スウェット脱いで水着になって」


「はーい!」




「じゃあ、この椅子座って耳押さえて下向いて」


 俺は美桜を風呂椅子に座らせる。もしも立たせたままにして、間違ってボディーソープで滑って俺に抱きついて、ラッキーすけべみたいなお約束は避けたいのだ。


 そんなことしたらもう俺の心臓がどうなるかわからない。俺の精子に……じゃなくて生死に関わる。ここは普通に。平常心、平常心を保ちたい。


 美桜は言われた通りに椅子に座って猫耳を押さえて俯いた。……無防備に晒された白い背中が……やはり綺麗だ。


「頭にお湯かけるよー」


「はっはいっ!!」


 俺の言葉に少し身体をビクつかせて覚悟を決める美桜が可愛い。


 美桜の髪をつたってお湯が滴って行く……. 水も滴るいい女とは、まさにこのことだなあ。やはり美桜は、俺なんかの家にいるのが不思議なくらい綺麗だ。



「よし。じゃあシャンプーして行くぞー」


「はーい!」


 泡立てた泡を美桜の髪に乗せて行く。女性の髪など洗った事などもちろんないのでやり方が分からない。

 長い髪は俺のそれと違って扱いが難しい。でも、せっかく綺麗な桜色の髪……出来るだけ丁寧にしてやりたい。ちゃんと後でコンディショナーとかトリートメントとか、調べて買ってやろうと決めた。



「ぷはあ!」


 無事にシャンプーを済ませた美桜は顔を上げる。息でも止めていたのだろうか。相変わらず子供っぽくて可愛らしいなと思う。


 けれどその反面、風呂場に立ち込めるシャンプーのいい匂いと、濡れた髪が白い背中にかかる様は何となく神秘さを感じるほど綺麗で妙な色気を感じる。


「よし、じゃあ次は身体だ。昨日やったボディーソープの泡立て方は覚えているか?」


「はい! 先生!」


 まさか二日続けて泡泡講習会を開くことになるとは思ってもいなかったが、今日は美桜に傷もないので痛がる姿を見ることもなさそうでほっとする。もう怪我なんてして欲しくない。俺が……守ってやりたい。


「じゃあ、泡を作ったら身体に乗せて優しく擦って……」


「……こう?」


「…………っ!!」


 その瞬間、俺の心臓がドクンと波打った。


 首筋に泡を乗せ、俺を見上げるようにする美桜の姿は、髪を洗っていた時とは違って胸元が嫌でも目に入り、水気を弾く白肌に濡れた髪が垂れていて、その姿は妙に色っぽい。


 う、わ……マジで俺、夏服着ててよかった。俺の息子……なんて正直なんだ。


 ああ、ダメだ、胸がそこにあると思うからいけないのだ、他のものだと想像しよう


 白くて、柔らかそうで、まあるくて……そうだ、肉まん! 肉まんが二つ並んでいるようだ。ああ、かぶりついてしまいたい。


 待て待て、俺、それはいかん。肉まんはヤバい。もっと食べ物とは、かけ離れたものを想像しよう。


 そうだ、ボーリングの玉! あれが二つ並んでいると想像しよう。ただ大きくて丸いものが二つあるだけ……



「……ねぇ、ごしゅじんさま、洗いにくいからこれ、脱いでいい?」


 あっカ—————————————ン!!!!


 美桜の言葉は見事に俺の中にストライクを決めた。


 「ん、ああ、後は……分かるよな? 俺は外に出ておくから、水着脱いで全身綺麗に洗って」


「えー、ごしゅじんさま、いっしょにいてくれないの?」


「そりゃーそうだ。美桜はもう猫じゃないだろ? 人間はちゃんと自分で洗うんだぞ」


「そっか、美桜もう人間だ! できる!」


「よしよし、いい子だ。じゃあ洗い終わったら外に出てタオルで身体拭いて服着たら呼んで。服は用意しとくから」


 出来るだけ見ないようにして浴室を出た。


 そうだ。美桜はもう人間だ。あんな身体……間近で見てたら俺がもたない。


 俺は壁に頭を軽く打ち付け、美桜の着替えを取りに部屋に戻った。

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