第8話 『全裸の美桜と、朝ごはん』
ちょ、ちょっと待ってくれ、何で全裸!?
……俺、やっちゃった? 記憶ないだけで実はやっちゃった? いや、そんなはずない。ないないない。
俺にそんな度胸あるわけないし、そんな経験値もない。いくらタイプの女の子が俺の腕枕で俺に抱きついて寝ているからってそんなことするはずがない。
いや、そうか? タイプの女の子が俺の腕枕で俺に抱きついて寝てるにも関わらず、俺は何もしなかったのか? そんなやつ本当に男なのか? 実際さっき俺、美桜のこと抱き締めたいとか思ったじゃないか。
「なあ、美桜、何で全裸なんだ」
内心パニックのクセに相変わらずロボット人形のような淡白な言葉が、俺の口から出ていた。
「え? あれえ? すっぽんぽんだあ。なんかちょっと寒いなあと思ったんだあ。もうちょっとこれ被ってぬくぬくしてていい?」
美桜も美桜で何でそんなマヌケな言葉を飄々と言えるんだ。恥ずかしいと言う気持ちはないのだろうか。
美桜は布団を被ってまたぬくぬくと幸せそうに横になっている。
……はあ? 意味がわからない。どういう事なんだ。美桜が全裸なのも意味が分からないし、辺りを見渡しても美桜の着ていた服がない。
消えた? そうとしか思えない。
「美桜、とりあえず風邪引くからこれ着て」
「え? はあーい」
探しても美桜の服が見つからないので、とりあえず俺のスウェットを着せた。小柄な美桜にはブカブカだが、全裸でいられるよりマシだ。
……全裸に俺のスウェットと言うのもちょっと胸に来るものがあるが。気にするな、俺。忘れろ、俺。
……昨日パーカー着てた時は気付かなかったけど、美桜の胸、めちゃくちゃデカかった……とか、思い出しちゃいけない。そーいえば俺の腕に抱きついてる時に当たってるそれもかなりの質量だった……とか、再確認してはいけない。
「あー、とりあえず朝ごはんにしよっか。お腹空いてる?」
「え? 空いてるー! 朝ごはん食べたい!」
美桜の様子に変わったところはない。
とりあえず冷蔵庫からハムと卵を出しながら美桜に聞く
「なあ、美桜、夜中なんかあった?」
「え? なんかってなに?」
「いや、その、美桜の服、俺が脱がせた?」
「え? 知らない。夜中美桜が起きた時はすっぽんぽんじゃなかったよ?」
……美桜、夜中起きてたのか。でも俺が脱がせたわけではなさそうだ。まあ、猫耳少女がここにいる時点で不思議なんだし、もう考えるのやめよ。
俺は美桜の服の件を考えるのを諦めてフライパンに卵を落とす。
ジュージューと言う音と共にいい匂いが立ち込める。
……せっかく美桜がいるし、スープも作るか。いや、考えてみれば猫耳人間って人間と同じもの食べるのか? いや、食べるか、大丈夫だろ。
思案しながら朝ごはんを作っていると、
「ねー! ごしゅじんさまー! 見てみてー!」
慣れない呼び名で呼ばれて振り向いた。
「な……っ!?」
そこには黄色い水着姿の美桜。
……せっかく脳内から追い出したのに、また目の前に……肉の谷間がっ!! さっきはしっかりとは見なかったが、出るとこ出てるくせにウエストはしっかりとくびれ、並のグラビアアイドルよりスタイルがいい。ああ、俺、もう血吹き出して倒れそう……
「あれ? ごしゅじんさま? だめだった? あっちにこれ着た女の人の写真いっぱいあったから、ごしゅじんさま好きかなと思ってたら美桜もおんなじ格好になってた!」
もちろん俺の部屋に、水着なんてものがあるはずもない。どっから出したのその水着。
……ねぇ、ミオチャン、アナタ、何のノウリョク持ってんの?
また思考回路停止して白目剥いて倒れそうになったがグッと堪えた。
……なんかもうファンタジー的な感じ? 猫が人間になってる時点でファンタジーなんだし、もう何でもありか。
とりあえず、美桜の着ている水着には既視感があったので、それを確認しに行く。
昨日ベッドの下に捩じ込んだ青年向け漫画雑誌、それの表紙が今美桜が着ているのと全く同じデザインの水着を着たグラビアアイドルで、その表紙の端の方には『ごしゅじんさまに萌え萌えキュン、今日はあなたのハートを頂きます!』と、タイトルしか知らない漫画のそれが添えられていた。
なんか俺、疲れてるのかな。夢でも見てるのかな。そういえば頭痛いわ。ほっぺつねってみよ。あ、痛いわ。現実か、これが現実なのか。
とりあえずどこかの漫画の中の誰かみたいに夢じゃない事を確認してから、俺の中に湧いた仮説を検証する。
「美桜、こっちにはなれる?」
適当に、そばにあった漫画雑誌の表紙を見せて美桜に言ってみた。
「んーやってみるー!」
美桜はおでこに人差し指を当てながら目をぎゅっとして何かを念じている。すると
「…………あ、できたあ!」
見事に美桜は目の前で、俺が適当に支持した姿に変身していた。のだが。
しまった。自爆した。
黒い水着姿になった美桜の姿はさっきよりも破壊力がヤバかった。
所詮漫画雑誌の表紙なので水着とはいえ、さっきよりも布面積が少なく、黒のレースがあしらわれたそれは、美桜の肌の白さを引き立たせ……妙に色気を倍増させた。
これはまずい。早く他の格好にさせなくては。
いそいそと当たり障りのない格好をした表紙を探していると
「ごしゅじんさまぁ……」
美桜が身体を捩りながら俺を呼び、水着の肩紐を下ろしている
え、ちょ、脱ごうとしてる!? 俺、もしかして誘われてる!?
俺が焦っていると
「美桜、この服かゆい……脱いでもいい?」
どうやら美桜は肌が弱いらしい。
「ああ、ごめん、痒かったか。さっきの黄色いのでいいや。あれなら平気? 平気なようならあれになってからさっきのスウェット着てくれる?」
「ん、はあーい!」
美桜は『了解』とばかりにおでこにピースした手を当てながら返事した。
よし、これで全裸にスウェットも回避したぜ。
さてさて、美桜は無事に俺の心の平穏を取り戻す格好になり、少し冷めた朝ごはんをローテーブルに並べる。
俺にしては少し豪華な朝ごはん。ハムエッグとトーストと申し訳程度のサラダと野菜スープ。
ちょっとコーヒーも飲みたかったが、猫ってコーヒーダメだったかなと思って何となくやめといた。
美桜はまたヘタクソにフォークを握ってそれらを美味しそうに食べている。可愛い顔とヘタクソなフォーク使いが妙にアンバランスで可愛い。
腹も膨れたしせっかくの休日、今日を逃したらまたしばらく仕事なので美桜の服を買いに行きたいなと、ぶかぶかのスウェット姿の美桜を見ながらちらりと思う。
「なあ、美桜、足の具合はどうだ? やっぱまだ痛い?」
「んー? あれ? なんか治ってる」
美桜の足は嘘のようにキレイに治っていた。これも美桜の能力的なものなのだろうか。なんにせよよかった。美桜が痛そうなのはこちらの胸も痛む。
「よかった。じゃあ、外もすっかり明るいし後で出かけよっか」
美桜に声を掛けた。すると美桜は
「え!! やだ!! やっぱまだ足痛いので!! お外もまだ暗いので!! ほら、まだ真っ暗なので!!」
高速移動して全身に布団を被って縮こまった。
なんだ?? 足なんてすっかり綺麗になってたし、外もすっかり明るいのに。
「どした? 美桜、まだ眠いのか?」
美桜が被った布団をめくって美桜の顔を覗き込む。美桜は、涙目になっていた。
「……お外、暗くなくなっちゃったから、美桜、拾われるの、もうおしまい?」
眉尻を下げ、弱々しい声で俺に言う。その言葉になるほどと思う。そして昨日俺が言った言葉を思い出す。
『もう外も暗いし、追い出したりしないよ』
そうか、昨日、本当に俺は何気なく、深い意味もなく『もう外は暗いし』と言ってしまったが、追い出さない事の理由のようになっていたのか。
拾われたい一心の美桜にとっては、不安材料になってしまったようだ。
見た目こんなに成熟してるのに、中身がこんな純粋無垢な子供のような猫耳生えた子、追い出せるわけがないじゃないか。そんな事したら誰か悪いやつに美桜が嫌な目に合わされるかもしれない。
「なあ、美桜、美桜はどうしたい? お外明るくなっちゃったけど、拾われるのおしまいにしたい?」
「やだ! 美桜は…… ごしゅじんさまに飼われたいです。だめですか?」
上目遣いの涙目で猫耳を下げて言う美桜がたまらなく可愛い。
「そうか。美桜はもう “猫じゃないから飼える” もんな。ようこそ、我が家へ」
パッと安堵の笑みを浮かべる美桜の表情につられて、俺も口元が綻ぶ。なんか無性に美桜が愛おしく感じる。
俺は美桜の猫耳のついた頭をわしゃわしゃと撫でた。
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