第20話 『ごしゅじんさま、起きて』


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「ごしゅじんさまー? 起きて。朝だよー?

“起きる時間” だよー?」


 頬にツンツンと当たる刺激と美桜の柔らかい声が聞こえる。


「ん…… まだ、もう少し……」


「……んーっと、美桜はごしゅじんさまいる方が嬉しいけど、……“起きる時間” 大丈夫なの?」


 ……起きる時間? その言葉にハッとして目が覚めた。


「え、今何時!?」


 ガバッと起きて時計を見る。時間は6時過ぎ。ちょうど起きようと思っていた時間を少し過ぎたくらいだ。


 けど、あれ? アラーム鳴ってないんだが? 不思議に思いつつ、そうか、昨日美桜につられてそのままベッドに入ってしまったから、アラームかけ忘れたのかと気づく。


 美桜が起こしてくれてよかった。危なかった。眠れない夜を過ごしたが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。そのまま眠りこけてしまうところだった。


「あ、ごしゅじんさま起きた。おはよお」


 美桜はにこにこと嬉しそうだ。


「ん、ああ、美桜。おはよう。起こしてくれたのか、ありがとう。それにしても、よく分かったな? 起きる時間って」


「え、だって昨日、ごしゅじんさまが教えてくれたから。これが起きる時間って」


 ……そういえば昨日、卓上時計の針をくるくる回しながらその流れでなんとなく"これが起きる時間” そう言った。けれど美桜には覚える必要はないと思って紙にも書かずに軽く言い流したに過ぎなかったのに……覚えてたのか? 美桜、実はとんでもなく賢いのでは? ふとそんな考えがよぎった。


「そうか……美桜、覚えてたのか。すごいな。おかげで助かったよ」


 美桜の頭をぽんぽんと撫でる俺を見つめながら、


「へへ、美桜、役に立った?」


美桜は嬉しそうに得意げな顔をして微笑んだ。


「うんうん、大助かりだ。よし、朝ごはんにしようか」


「うん!」


 美桜と二人キッチンへと移動する。朝ごはん……何にしようかな。


 とりあえず、トーストと、目玉焼き、あとコーンスープにしよう。


「美桜美桜、じゃあ、食パンを焼こう。ここに、パンを入れて、タイマーを回す。だいたい3のところくらい」


「うんうん」


「後は、目玉焼きと、コーンスープ」


「あ、美桜覚えてるよ! フライパンに卵ぽとんって落とすやつ! ピンクい丸いやつは入れないの?」


「ああ、ハムか、今日はちょっと余裕ないからナシだ。今日は目玉焼き」


 それにしてもよく覚えているなあと思う。前回のハムエッグなんて、特に美桜に教えるつもりもしていなかったのに。遠目で見て覚えていたのか。


「ね、美桜も目玉焼き、今度作ってみたい」


「んー、そうだなあ。でも火は危ないから、今度俺がいる時に一緒にやろうな」


「はーいっ」


 美桜は相変わらず素直に返事をした。


「よし、じゃあ美桜くん、袋を開けて、中の粉をマグカップに入れてください」


「ん? はーい。こう?」


「そうそう。おっけい。そこにポットの……ここを押してお湯を入れます」


「ふんふん」


「じゃあ、美桜くん、後はスプーンで混ぜ混ぜしてください」


「……? まぜまぜ。あ! とろとろになって来た!」


 美桜は目をきらきらとさせて嬉しそうだ。


「ふふふ、これでコーンスープの完成です。じゃあ、トースターからパンを出して来てください。朝ごはんを食べましょう」


「はーい!」



 完成した朝ごはんをローテーブルに並べていただきますをする。まあ簡単な朝ごはんだが、充分だろう。


「美桜美桜、このスープにな、食パン浸してつけパンにして食べてもうまいんだぞ」


 ちょっとそんなことを言ってみる。すると美桜は興味津々と言った雰囲気で真似をして、スープにパンを浸して口に入れた。


「わー! ほんとだ! パンがとろとろになってこっちも美味しいっ」


 声を弾ませて喜んだ。


 こんなスープにパンを浸しただけで喜んでくれるんだから、なんて純粋で可愛いんだろうと、また俺の頬が緩んだ。


 さて、朝ごはんを食べたら身支度だ。


「美桜、歯磨きしよ」


「う……、はぁーい」


 美桜は珍しく嫌そうだ。昨日の歯磨き、嫌だったんだろうな。


「まあまあ、そんな顔しないで。今日は歯磨き粉つけなくていいから。俺の真似して磨いてみて」


「うん。美桜人間がいいからがんばりゅ……」


 軽く決意を込めたような声を出す美桜と、二人並んで歯磨きをした。

 昨日は嫌そうだった美桜だが、やってみると意外と大丈夫と言う様子で安心した。



 さて、歯磨きを終えて自分の身支度だ。

今日も今までよりはちゃんと丁寧に髭を剃り、美桜に買ったついでに自分にも買った化粧水で肌を整える。髪も整え、ネクタイも整えたら身支度完了。


「ん、よし、こんなもんかな。じゃあ、美桜、仕事行って来るから今日もお留守番しててくれな。お昼ご飯は冷蔵庫に弁当が入ってるから、レンジで温めて食べてくれ」


「え、美桜ひとりでもレンジ使っていいの?」


「ん? うん、昨日教えたから出来るよな。もし弁当で足りなかったら家にあるもの適当に食べていいから」


「うんっ分かったー!」


「じゃ、いってきま……」


 言いかけたところで美桜が少し困り顔をする。


「なんだ、美桜、やっぱり寂しい?」


「うん。美桜やっぱり寂しい。いってらっしゃいのちゅーは……ダメだよね?」


 上目遣いでそんな事を言うものだからグッと胸に来るものがある。


 いや、そりゃ、俺だってしたいさ。本当は。こんな可愛い子に見送られて、ちゅーしたいとか言われたら、したくなるさ本当は。でも、キスしてしまったら俺の歯止めが効かなくなりそうで。それはまずい。


「んー、じゃあ、ハグしよっか」


「うんっ」


 少し考えてから出した俺の提案に、嬉しそうに抱きつく美桜がたまらなく可愛くて……俺は美桜を抱きしめると、無意識に……頬に軽くキスをした。


 してしまってからハッと我に返り、美桜を見ると美桜の顔が赤い。え、あんなにいつも自分から恥ずかしがる様子もなく積極的なのに? 俺にされて……照れてる? 


「美桜? ごめん、嫌だったか?」


「んっちがう。いやとかじゃない。でも、なんかわかんない。ドキドキ……する」


 そう言って美桜は、また俺の胸に、今度は顔を隠すように抱きついた。


 う、なに、これ……可愛い……


 明らかに照れながら動揺してる美桜が可愛くて。もう仕事なんてサボってこのまま美桜を抱きしめて離したくなくなる。


 ヤバいわ。この子。可愛い……


 けれどあまりくっつかれて俺の早くなった心臓の音を聞かれるのも恥ずかしい気がして、美桜の頭をポンポンと撫でながら美桜からそっと離れた。


「あ、ごめん、美桜、時間だ。行かなきゃ」


 本当はまだ時間には余裕があった。けれど俺の心の方に余裕がなく、ついそんなことを言った。


「あ、うんっ。いってらっしゃい、ごしゅじんさま」


 俺の方を見る美桜の顔はまだ少し赤い。


「うん、行ってきます、美桜」


 その顔に、名残り惜しく思う気持ちを堪えながら俺は玄関の外に出ると、ガチャリと鍵を閉めた。


 ——はぁ……


 少しの間、玄関の扉にもたれて深呼吸をする。


 なんだよ、あれ……可愛すぎかよ……


 俺はそのまましばらく心臓と顔のほてりが治るのを待ってから、仕事へと向かった。




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