第21話 『おかえりなさいませ、ごしゅじんさま』


——

————


 俺は今日も仕事をさっさと終わらせて、軽く買い物を済ませて急いで帰宅した。


 美桜が昨日、"明日はおかえりなさいませごしゅじんさまする!” と言っていたので、少し楽しみにしながら帰ってきた。


 まあ、ただ出迎えてくれるだけとは分かっているが、玄関先まで出迎えてくれる可愛い子がいると思うだけで嬉しくなる。


————ガチャ


「美桜ー、ただいまー」


 少し重くて冷たい玄関を開けると、いつもなら暗い玄関に今日は電気が付いていて、目の前には満面の笑みの美桜がいた。


「おかえりなさいませ、ごしゅじんさまっ」


 美桜は昨日と同じメイド服のミニスカートを両手で軽く開くように持ち上げて、軽く膝を落として頭を下げ、出迎えるポーズをした。


 うわー、やば。可愛い。今すぐ抱きしめて食べてしまいたい。


 ふとそんな衝動に駆られるが、グッと堪える。


「うん、ただいま。美桜」


 もう一度ただいまを言いながら美桜を見る。なんかもう嬉しくて、顔が緩む。


 そんな俺を見る美桜も嬉しそうで


「へへ、美桜、今日はちゃんと起きてたよっ! おかえりなさいませごしゅじんさまできて嬉しい!」


 メイド服姿でそんな無邪気な事を言う。


「はは、俺も美桜が出迎えてくれて嬉しい。仕事の疲れが吹き飛んだ」


 だから俺も素直にそんな事を言った。


「ね、ね、ごしゅじんさま。美桜ね、ごしゅじんさまに食べて欲しくてお料理したの!」


「え、料理?」


 まさかの言葉にびっくりする。まだ美桜には電子レンジとトースターの使い方くらいしか教えていないのに。包丁とか……使ったのだろうか? 少し不安になった。


「火は使ってないから大丈夫! 上手くできたから食べて欲しい!」


「……何作ったの?」


 あまり大した食材はなかったのになと、不思議に思いながら尋ねると


「えっとね、目玉焼きと、スクランブルエッグと、プリン! 全部ゆーちゅーぼ見ながらレンジで作ったよ!」


 ……まさかの卵料理の三連コンボに『ふふっ』と少し笑みが溢れる。


「へぇー三品も作ったのか。どれどれ、見せてもらおうかな」


「はいっごしゅじんさま。ご用意いたしますので少々おまちくださいませっ」


 美桜はごきげんでキッチンへと向かう。

 そして『お待たせ致しました、ごしゅじんさま』と言いながら可愛いメイドさんが卵料理三連コンボを運んできてくれた。


 ローテーブルに並べられたのは想像よりも可愛らしく、目玉焼きには黒ゴマとケチャップで目とほっぺが、スクランブルエッグにはケチャップで可愛いハートが描かれていた。


「おー。これはすごいな。想像以上だ」


「へへー。でね、今から美味しくなる魔法をかけます!」


 美桜はにこにこの笑顔で両手でハートマークを作ると、その手をぐるぐるとしながら


「ごしゅじんさまにもえもえきゅん、ごしゅじんさまがだいすききゅん、美桜のお料理、世界で一番おいしくなーあれっ」


料理に呪文をかけてくれた。


 ……メイド喫茶によくある感じのやつだ。

 なんだろう、そーゆーのとは無縁な生活をしていたからむず痒いような恥ずかしさもあるが、美桜はにこにことごきげんなので悪い気はしない。


「これ、全部食べていいのか?」


「もちろんっごしゅじんさまのために作ったよ!」


 なんかもう、嬉しいとか可愛いを通り越して、やばい。


「うん、うまい!」


「へへ、よかったあ」


 けれど、こんな気持ちに俺だけがなってるのがちょっと悔しくて。


「美桜ー、美味しいから半分こしよ。ほら、あーんして」


「えっ! あ、あ——ん……」


 メイド姿の美桜に、俺が食べたスプーンで食べさせる。

 いつかのパフェの仕返しだ。


 素直に口を開けて俺に食べさせられてる美桜は、恥ずかしそうに顔を赤らめていて。


 もしかして、するのは平気でもされるのは恥ずかしいのか? と、少しそんな事を思うと、余計に可愛いやつだなと思った。


 そしたら俺の中に独占欲が湧いてきたりして。


「なあ、美桜」


「え?」


「その格好、俺以外の前でするの、禁止な?」


 ついそんな言葉が俺の口から出ていた。いつもみたいにキョトンとした顔で『なんで?』なんて言われるかなと思ったが、美桜の返事は


「えーもちろんだよ。美桜はごしゅじんさま専属だもーんっ」


 嬉しそうに答える美桜が愛おしくてたまらなくなった。


 そんな美桜の顔から少し視線を落とすと、美桜の着ているメイド服は胸元が大きく開いているので、胸の膨らみが強調されてかなりハッキリと谷間が見えているのが目に入る。


 うわ、やっぱり美桜、胸でかいな。

 白くて、ハリがあるのに柔らかそうで……


 しばらくそこから目が離せなくなっている自分に気付いてハッとする。


 あ、ダメだ俺。暴走してしまう前に自制しなくては。


「そうか、ならばよし。美桜、美味しかったよ。ごちそうさま」


「はい、ごしゅじんさま。喜んでもらえてよかったあ」


 可愛い美桜の頭をぽんぽんと撫でて、立ち上がる。


「じゃあ俺、ちょっと先にシャワー浴びて着替えちゃうから、美桜もいつもの部屋着に着替えておいて」


 少し淡々とそう言って、俺は風呂場へ向かうと、いつもより熱いシャワーを浴びた。



 シャワーの後、改めて二人で夜ご飯を食べ、二人で洗い物をする。美桜が卵料理の三連コンボをひとりで作った割には意外とキッチンは汚れていなかった。

 

 家にあるもので、しかもレンジだけで、どれも卵料理とはいえ三品も作ってしまうとは、なかなかスペック高いなと思ったりして。


 ちゃんと料理教えたらかなりうまいものを作れるのでは? と思ったりもしたが、これからゆっくり教えていこうと思った。


 洗い物を終えてひと段落した頃、ピンポーンとインターホンの音がした。


「お届けものでーす」


と届けられたのは、先日買い物に行った時に自宅配送にした美桜の服と、ネット注文していた美桜の下着類だ。


「美桜美桜、こないだの服届いたよ。後、下着。これからは水着じゃなくてこっちを着てな」


「はーい! ん、でも美桜、付け方……わかんない」


「いや、それは俺はもっとわからないから。YouTubo先生に教えてもらって」


「はーい! ね、ね、美桜、新しいの着てみたい。着てきてもいい?」


「ん」


 美桜が素直で良かったと思う。いやマジで、下着とか……俺が着せたらセクハラだろう。というか、俺が無理だ。この世にYouTuboというものがあって良かったと、心底思った。


 しばらくすると


「ねー! ごしゅじんさまー! 見てー! 着てみたよー!」


そう言って美桜が現れた。てっきり新しい服を着て来たのかと思ったら、そこにいたのは……下着姿の美桜。


「な!?」


 驚いた俺に、


「え、だって、まだこれごしゅじんさまに見てもらってないもん」


普通の顔してそんな事を言う。


 参った。シンプルなデザインを選びはしたものの、水着よりも胸のボリュームが強調され、しかも下着というのが水着よりもくるものがある。


「美桜、だめ。そーゆー格好は、人に見せるものじゃないから……」


「えー、ごしゅじんさまにもだめ? ごしゅじんさまだから見て欲しいのになあ」


 ああ、また美桜の無垢さが恐ろしい。

 これ以上、下着姿を俺に晒さないで欲しい。せっかくさっきシャワー浴びて沈めて来たのに。


「だーめ。俺も男なの。……あんまそんな格好でいられると、襲いたくなる」


 言ってから"しまった” と思う。けれど美桜はキョトンとしていて


「襲いたく? 襲うって何?」


 そう言いながら俺に近付いて、俺の顔を覗き込んで来た。


 う……目の前に……すぐ届く距離に……

 俺が選んだ下着を着た、美桜。

 

 ここ、俺の部屋なんですけど。

 美桜と、二人きりなんですけど。

 

 ヤバい、ちょっと、暴走しそう……。


 いやいや、ダメだ。仮に美桜にそういう事をする事になるとしても、こんな……感情に任せて暴走するような事はしたくない。


 ちゃんと……丁寧にしたい。美桜を、傷つけたくない。

 

「美桜、だめ。着替えて。お願いだから」


 無意識のうちに、すでに俺の腕の中に美桜を抱きしめてしまっている自分を律しながら、声を押し殺してそう言った。


「え、うん。ごめんなさい?」


 美桜は俺に謝ると、素直に部屋着姿に変身した。

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