第5話 『猫耳少女とのはじめての夜』
しばらく猫耳を触ってみて、
あれはどう見たって本物だろう。
こんな可愛い子に猫耳? そんな事があっていいのか? 俺が世話してた仔猫が人間に? そんな昔話の様な事が現実に?
けれど、美桜の猫耳を目の当たりにし、美桜の名前を聞いて、俺の中で疑問だった事がスッと一本の糸に繋がるような、妙に清々しい気持ちにもなった。
それと同時に、俺の中にあった変な緊張感が和らぐのを感じた。例えば、迷子の子供を見つけた時の感覚から、迷子の仔猫を見つけた時の感覚。
しかし、俺がそんな事を考えているとは知らない美桜は、
「あの…….、その、やっぱり猫の耳あるから、美桜、追い出されますか?」
その姿はまるで叱られた猫の様。自分の猫耳を下げて肩を竦め、弱々しい。
「なんで猫耳あったら追い出されると思ってるの?」
俺としてはなんで猫が人間になったのかの方が不思議だったが、美桜は追い出される事を恐れて気が気じゃないようなので先に安心させてやりたいと思い聞き返した。
「だって、『猫は飼えない』んでしょ?」
ああ、なるほど。その一言で理解した。
俺が公園で美桜の世話をしてた頃、俺が帰ろうとすると決まって後ろを付いて来ようとする美桜に、『ごめんな、俺のアパートは猫飼えないんだ』とよく言っていた。だから『猫は飼えない』、つまり猫耳がある自分は猫だから飼ってもらえない、そう思ったのだろう。
今までの美桜の言動から、猫だった美桜は『一緒に暮らす』という概念はなく、人間も猫と同じように『拾われて飼われる』そういうものだと思っているのかもしれない。
なんというか……連れてきた女の子に猫耳付いてたのは衝撃的だったけど、いざそれを受け入れてしまえば一連の不思議だった事全てに合点が行く。
公園で人を探していたのも、俺を見つけて嬉しそうにしてたのも、箱に入って拾ってくださいと俺に言ってたのも、全部……美桜が元はあの時の仔猫で、俺にまた会いたいと思っていたからか。
なんとなく、胸に込み上げてくるものがある。
「美桜……その足、俺を探すためにいっぱい歩いたのか?」
「え? うん。美桜、やっと人間になれたから、あの公園に行ったらまた会えるかなって。いっぱい歩いた。外が暗くなったら会えるかなって。いっぱい待ってた」
俺の口から『はぁ』と溜息が漏れ、バタンと後ろに倒れて天井を仰ぎ見る。
なんか、今日は色々ありすぎたから、その言葉だけでいいや。まだまだ聞きたいことたくさんあるけど、とりあえず今日はいいや。
「そうか。美桜、頑張ったんだな。そんな頑張った美桜を追い出すわけないだろ? よく来たなー。えらいえらい」
俺のそばで足を崩してペタンと座り込みながら不安そうに俺を見つめる美桜の頭をわしゃわしゃと撫でる。
撫でられた美桜はさっきまでの不安そうな顔から一変して、へにゃりと笑い、嬉しそうに俺に頭を委ねている。
そんな美桜がなんとも愛おしく感じる。
……今日は色々な事があった。急な休日出勤で朝から慌てて出掛けて、仕事に行けば休む間もなく大忙しで、ヘトヘトになった帰り道で美桜に会って。
家まで連れて帰れば、死ぬかと思うくらい心臓バクバクした後、美桜はネグレクト受けてたのかなとか、親元に返したくないとか、いろんな事考えすぎて。
美桜の耳見て、出した事ないくらいの大声出るほど驚いて……
でも、美桜が元猫なんだったら、悪い人に騙されている詐欺でもないし、家元に返す必要もないし、とりあえず……今日はいいや。
本当は、風呂に入りたいとか、美桜を着替えさせてやりたいとか、部屋を片付けたいとか、洗濯したいとか、いろいろ考えてたんだけど……
その時の俺は、安心した拍子に疲れがドッと出て、ラグの上に寝転んだまま美桜の頭を撫でながら……美桜を抱き寄せ寝てしまった。
美桜も美桜で疲れてたんだろう。俺に撫でられながらそのまま俺に抱きついて寝てしまったらしい。
寝落ちしながら、ちょっと仮眠するだけ、ちょっとだけ、そう思ってはいたのに。
普段怠惰な男の一人暮らしの癖とは恐ろしい。
飯食ったらラグの上で横になってそのまま寝落ち……深夜に起きて、ああ、しまった今日もやってしまったと後悔して、そこからシャワー浴びて寝支度をしてベッドに入り、朝はけたたましい目覚ましの音で目覚めて、とりあえずスマホゲームのログインボーナス回収してから仕事に行く……そんな日常からついた寝落ち癖。
ただ、日々の日常と違うのは、俺の腕の中には可愛い猫耳少女が居て、ローテーブルの上には二人分のカップ麺、いつもはつけっぱなしのテレビが今日は消えてて……夜中に起きる事なく俺は朝まで幸せな夢を見てた事。
だから、その時の俺はまだ知らない。
翌朝起きたら美桜が全裸になっててパニックになる事も、美桜がなんで人間になったのかも、美桜の耳だけがなぜ猫のままなのかも。
俺はなーんにも知らずに寝てたんだ。
俺の腕の中で眠る美桜が夜中に起きて、俺の頬にキスしてたのも、俺に抱きついてまた眠った事も。
この先、甘えん坊美桜に俺の心臓がまたバクバクする日々が来ることも、なーんにも知らずに。
それが、美桜がうちに来たはじめての日の夜だった。
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