猫耳少女の過去

第6話 『美桜の夢』


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「お妃様、お妃様、おめでとうございます。

元気な三つ子の赤ちゃんですよ」


 ぼんやりと声が聞こえる。けれど目の前はぼんやりとしていてあんまり見えない。


……ああ、またいつもの夢だ。嫌な、夢。

 私が……いらない子だと言われる夢。


「さあ、お妃様、赤ちゃんを抱っこしてあげてください」


 私は一緒に生まれた他の仔猫たちと一緒に、“お妃様” と呼ばれるその人——ママに抱き締められた。


 それはすごく気持ちがいい瞬間だった。


 そのままうとうとしてたら、ザワザワとする声が聞こえて来る。


「せっかく生まれて来たのに、可哀想よねぇ」


 その時の私は、その言葉の意味が分からなかった。


 またうとうととしていたら、バンッと扉が開く音がして、ゾロゾロとたくさんの人が入ってくる気配と共に、男の人の大きな声がした。


「どの子が一番目に生まれた? オスかメスか」


「……こちらのグレーの子が一番目に生まれました。性別はオスでございます。ピンク色の子が二番目、性別はメス…… 最後がこのベージュの子、こちらもメスでございます」


「そうか、分かった。メスはいらん。権力争いの元となる。すぐに捨ててこい」


「……ですが国王様、王家に生まれるピンク色の仔猫は千年に一度。国に変革を齎すと古来より言い伝えられておりますが……」


「ふん、そんないつ生まれたかも根拠も分からん言い伝えなど知らん。第一王子がこの国の王になる、それがこの国に代々続く伝統だ」


「……畏まりました。仰せのままに」


 冷たい手が私ともう一匹の仔猫を拾い上げた。その時


「あなた、待って。せめて……せめて、三ヶ月だけ、この子達を育てさせて」


 それは女の人の声だった。私の、ママの声。


「ふん、勝手にしろ。第一王子だけは連れて行け。今日から帝王学を学ばせる」


 男の人の大きな声がそう聞こえたと思ったら、ゾロゾロとたくさんの人を従えその男の人は扉の外へと出て行った。


 その後私達はママに抱き締められた。ママは何も言わなかったけど、もしかしたら静かに泣いてたのかもしれない。けれどその時の私には何も分からなかった。


 それから私は、三ヶ月間だけ、一緒に生まれた妹、ベージュの仔猫と一緒にママに育てられた。


 名前は、私が『ニバンメ』妹が『サンバンメ』。

長いから『ニィ』と『サン』、そう呼ばれた。


 最初のうちはあたたかさに包み込まれるような日々が続いてた。けれど、ママが私達を見るたびに大泣きする日が増えて行ったから……私達は日替わりで“お手伝いさん” と呼ばれる人達に育てられるようになった。


……いつも同じ夢だから、覚えちゃった。

 本当か嘘かも分からない、私が赤ちゃんの夢。


 夢の中の私は、その後また冷たい手に持ち上げられた。そして無理やり口をこじ開けられ白くて苦い何かを口の奥に入れられた。口の中に苦い味が広がって、喉に引っかかるような感覚の後、哺乳瓶でミルクを飲まされ飲み込んだ。


「よし、これでもうこの先成長しても、今の猫の姿から我々のように人型になることはありません。

 国王が捨ててこいと言った以上、我がネコピト国に居ても生きづらいだけ。人間の世界で猫として暮らしなさい。

 殺さないだけマシでしょう。その先生きるか死ぬかはあなた達次第。恨むなら自分達の運命を恨むのね」

 

 そして暗い箱の中に入れられ……捨てられたんだ。


 ……いつも決まってそこで目が覚める。

 ほらね、やっぱり目が覚めた。


 でも……今日はあったかい。


 嬉しい……やっと会えた。会いたかった、ずっと。

 目の横に黒い点が二つあって、口元に傷跡がある人。

  

 寝てる顔、はじめて見た。ほっぺた、あったかいなあ。


 私はその人の黒い点々と口元の傷をペロッと舐めた。


「ん…… 」


 少し声を漏らして、その人はスースーとまた寝息を立てた。


 えへへ、本物だ。夢じゃない。


 くっついてたらあったかいけど、でもやっぱりちょっと寒いや。あ、あれ被って寝たらあったかそう。持って来ちゃお。


——美桜はベッドから掛け布団を引きずり持ってくると、愛しいその人に被せて自分も布団の中に入り、その人に抱きついて幸せそうな笑みを浮かべ眠りについた。

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