第56話 『凛の部屋で』


「とりあえず……カーテンつけてやるから、貸して」


「えへ、ごめんね? お兄ちゃん。お願いします!」


 ひとまずカーテンを取り付けてあげようと、凛に声を掛けた。


 そして、凛がカーテンを俺に渡そうとした時。


「あっ! っひゃあ!!」

 

——ドッシーン!!!!


 カーテンの布地に足を引っ掛け、そのまま俺を道連れにして倒れ込んできた。


「ひゃっ! ご、ごめんなさいっお兄ちゃん!!」


 咄嗟に凛を支えようとした俺の手は、凛の肩を掴んでいて、けれど勢いに負けて俺の体勢は尻餅をついた形になっていて。なんか……真っ赤になってる凛の顔が、近くて。


 待って、この距離、この場所……


 ふと、昨日凛に押し倒されてキスされた事が脳裏に浮かぶ。


 なのに今日の凛は……なんだか、潮らしくて。


「だ、大丈夫か? 凛。ドジだなあ……」


「ご、ごめんなさい……」


「まぁ、凛に怪我がないならいいんだけど」


「お兄ちゃんこそ……」


 そんな会話をしながら、なんとなく立てないままでいた。


「にしても、凛、どした? 昨日は俺を押し倒してキスして来たくせに。急に潮らしくなって」


 つい、そんな言葉が俺の口から飛び出していて。


「うっ……うるさいなっ、だって……お兄ちゃん、彼女……いるじゃん」


 俺の言葉に急に凛が涙目になっていて。


「まあ……そうだけど」


 一応返事はしたものの。


「お兄ちゃん、ひどいな? 昨日聞いた時に最初から彼女だって言ってくれたらあんなこと……しなかったのに……」


そんな事を言われて、戸惑ってしまう。


「い、いや、あの時は本当に、彼女……っていう意識は……なくて」


「……一緒に住んでるのに?」


「あ、ああ……」


 まさか凛が美桜を“彼女さん“ と言った事がきっかけで、美桜を彼女だと認識するようになっただなんて、口が裂けても言えず。言葉に詰まってしまう。

 

「じゃあ……最近なんだ。彼女さんと、そう言う関係になったの」


「……まあ、そうだな。ここ最近……だな」


「……じゃあ、凛がもう少し早く来てたら、お兄ちゃんの……彼女になれたかもしれない?」


「え? ……まあ、そう、だな」


 もしもそうだったら、俺の人生はそこで変わっていたのかもしれない。そう思って、つい、そんな返事をしてしまう。


 実際、俺は凛に“将来お嫁さんにして” と言われて、“いいよ” って言ってたわけだし。絶対付き合うことはなかったなんて、到底思えない。


「あーあ。それなら……もっと早く来ればよかった。本当はずっと……会いたかったのに。いいなあ、彼女さん。凛も……お兄ちゃんと一緒の部屋、また……住みたかったな」


 凛は、手に持ったカーテンで顔を隠しながら、静かに泣き出してしまった。


 ……ど、どーしたらいいんだ、この状況。


「り、凛? ちょ、泣かないで……」


 泣き止んでほしくて、つい、咄嗟に。……凛の頭を撫でた。


 すると凛は、さらに泣き出して


「そーゆーことされると、我慢……できなくなるから、やめて」


 か細い声でそう言って、そのまま俺の方に倒れ込んで来た。

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