第33話 『三人で寝よ』
さぁ寝ようと言うことになったタイミングで、俺は今朝の美桜とした約束を思い出した。
『美桜、抱きしめないから今日はまた一緒に寝るか?』
『……うん。美桜が抱きついて寝る』
『はいはい。じゃあ、約束、な』
『うん!』
……確かに、そんな約束をした。
朝までは、まさかもうひとり増えているなんて想像もしていなかった。今日もまた、当たり前に美桜と二人で過ごすと思っていた。
けれど今現在、この部屋の中にはサンもいて、そして信じられないことに俺の事を大好きだといい、ついさっき、『嫉妬させないで』と釘を刺されたばかりだ。
美桜と二人で寝て、もう一組の布団でサンがひとりで寝る、というのは多分ダメなやつだ。
そして……美桜とサンがベッドで寝て、俺がひとりで布団で寝る……と言うのも、今朝俺の方から美桜に約束したのに、破ることになってしまう。
…‥けれど、事情も事情だし……美桜に話せば分かってくれるか?
最善策が分からず俺は立ったまま悩んでいると
「ごしゅじんさま? 早く寝ようよー」
美桜が俺を呼んできた。見るとサンは美桜のパジャマを着ている。美桜が貸してあげたようだ。
「ん、ああ……どーやって寝る? 俺、布団で寝るから、美桜とサン二人でベッド使うか?」
言ってから、これは名案だと思った。俺がひとりで寝ても美桜は夜中に起きて俺の布団に入るだろう。そうすれば俺と美桜二人で眠れる、約束も果たせる。
確かにそう思ったのだが、そこまで考えてから不安がよぎった。……いや、待てよ、それをもしも朝、サンの方が先に起きて見てしまったら? それはそれでヤバいんじゃないか?
さっきのサンからの深いキスを思い出し、もしもそれを美桜に見られでもしたらと思うと、顔が青ざめてくる。
「え? なんで? 三人でベッドで寝ようよー。ぎゅーってして寝たら、三人でも大丈夫でしょ? ねー、サン」
「うん。そうだよね、お姉ちゃん」
え、三人? シングルベッドに?
正直それは考えていなかった。シングルベッドに三人はかなりキツいだろう。それは相当……抱きつかれていないとキツい。それも二人共に。真ん中は……誰がなるんだよ。俺か?
「え、三人? いや、それはいくら何でも狭いだろー」
「えー? やってみなきゃわかんないよ。ほら、ごしゅじんさま早く。真ん中に来て」
……しずしずとベッドの真ん中に入ってみると、二人も俺の両サイドからベッドに入り、俺に抱きついて来た。
ちょ、ち、近い。いろいろ……あたる。
これは……眠れる気がしない……。
けれど、ひとまずこの場を納めなければいつまで経っても終わらない気がした。
さっさと寝たふりをして、二人共寝たら俺は布団に……いや、待てよ、俺が布団にいったとして、入ってくるのが美桜とは限らないのでは? もしもサンが入ってきて、それを美桜が見てしまったら?
……考えれば考えるほど迷路のように正解が分からない。そもそも正解なんてあるはずがない。こんな事、普通ならあり得ない事なのだから……
俺が天井を見ながらあれこれ考えていると、おやすみを言う間もなく、スースーと両サイドから寝息が聞こえてきた。寝息は聞こえるが、俺の腕を抱きしめる腕は二人とも緩まる事はない。
……寝てしまえば二人ともあどけない顔なのになと思う。けれど、本当は……少なくとも朝までは、美桜と二人で寝るつもりだったのになと、ふと思う。
こうも両腕を拘束されていると、せっかく眠った美桜を、撫でる事も出来ない。ただ、眺めているしかない。
人が見れば羨むかもしれない光景だが、俺にとっては望んだ出来事ではなく、こうして二人に抱きしめられていても、俺はやはり美桜が好きだと思う。
突然はじまった美桜との二人暮らし、まさか一週間も経つ前に、こんな突然に、こんな形で終わるのかと少し残念に思いながら、俺はいつの間にか眠りについていた——
——
————
————ピピピピピピピ
朝。アラームの音で目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む光は嫌なほど眩しく感じる。
「ん、んう……」
俺の左側からはいつも通り、美桜の甘い寝起き声が聞こえる。
右側は……、あれ? 柔らかな暖かさは感じるが、妙にベッドが広く感じる。昨夜寝る時は狭かったのに。
不思議に思い、サンがいるはずの方を見てみると……
「え?」
「にゃー」
そこには、美桜が貸したパジャマの抜け殻と、猫の姿に戻ったサンがいた。
「え、サン? 猫の姿に戻ったのか?」
「にゃー」
サンは、にゃーとしか言わない。
サンはそのまま俺にスリスリと体を擦り付けると、俺の体によじ登り、キスをした。
そして、玄関の方に俺を誘導するようにチラチラと振り返りながら行くと、玄関の扉を『開けて』と言うようにカリカリと両手で掻いている。
「……外に出たいのか?」
そう言って扉を開けると、サンは玄関の外に飛び出した。そしてこちらを振り返り、また『にゃー』と鳴いた。
頭の中で……"お姉ちゃんをよろしくね、コータ” そう聞こえた気がしたが、声というよりは感覚。
誰もが感じたことがあるような、"人に見られてるような視線”とか、"呼ばれた気がした” とか、そういうあやふやな感覚でしかなかった。
サンはそのまま、猫らしい軽やかな足取りで階段を降り、公園の方へと消えていってしまった。
玄関の外に広がる空は、まるで昨日の雷雨が嘘だったように晴れ渡っている。
玄関の中の俺の部屋も……昨日は確かに女の子になったサンがいたはずなのに、それがまるでウソだったようにいつも通りで。
ただ、サンが着ていたパジャマの抜け殻と、歯ブラシだけがサンがいた事を証明するかのように残っているだけだった。
「ごしゅじんさま? サンは?」
寝ぼけ眼を擦りながら美桜が来た。
「美桜……朝起きたらサンが、猫に戻ってて。今……玄関から出てった。お姉ちゃんをよろしくって、言ってるみたいだった」
「え……? うそ……」
美桜も信じられないと言う様子だった。最初こそいざこざがあったが、突然出来たたったひとりの妹を美桜も可愛がっていた。
てっきりサンも美桜の様に人間になったのだと思っていた。あんな……一晩限りの幻の様なものだとは、思っていなかった。
もしかして、美桜も、突然また猫に戻ってしまう事があるのだろうか? そう思うと急に不安になって、俺はそばにいる美桜を抱きしめた。
「えっ、ご、しゅじんさま?」
「ごめん、ちょっとこのまま抱きしめさせて」
「えっあ、うん……」
赤い顔されながら抱きしめられている美桜がたまらなく可愛い。
「抱きしめられるのは、いやか?」
「……いやとかじゃ、ない。その……」
赤い顔をしながら、美桜も俺の身体に抱きついて来た。
「……美桜?」
「……美桜、妹が出来たのは嬉しかったけど……ごしゅじんさまを半分こするのは……ハーゲンダッチッチみたいに、もっと美味しくなったりはしなかった。やっぱり、美桜だけのごしゅじんさまが、いい」
美桜はさらにぎゅっと強く抱きついてきた。
そうだな。サンがいなくなったのは少し寂しいけど……これでよかったんだと思う。
「ん」
俺は言葉少なに返事をすると、美桜とそのまましばらく抱きしめ合っていた。
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