俺の暴走と、そして。
第34話 美桜のハンバーグと、俺の暴走
——美桜と一緒に住む様になってから数週間が経った。
「ただいまー」
「おかえりなさい、ごしゅじんさまっ」
扉を開けると笑顔で出迎え、抱きついてくる美桜。
「ん、ただいまー」
そんな美桜にもう一度そう言って、抱きつく美桜の頭をわしゃわしゃと撫でると、なんとも満足そうな笑顔を浮かべる。
たぶん美桜は頭を撫でられるのが好きなんだろうな。俺も撫でるの好きだけど。嬉しそうな顔をされるとなおさらだ。
「ね、ね、ごしゅじんさま、今日の夜ご飯は目玉焼きハンバーグだよー!」
「え、マジか、それは楽しみだ!」
「へへーごしゅじんさま好きかなと思って。がんばって作ったんだー」
俺に髪を撫でられながら、俺の腹に抱きついたまま俺を見上げてにこにこと話す美桜はやっぱり可愛くて。俺、幸せすぎだなと思う。
美桜が来るまでは、玄関を開けても暗くて冷たくて散らかった空間が広がるだけだったのに、今じゃ扉を開けるのが楽しみで仕方がない。
もともとは、美桜が人間になった時に困らない様にと、一緒に家事や料理をしていたに過ぎないのだが、やはり美桜は教えればすぐに出来る様になるので、今では俺が仕事に行っている間に洗濯や掃除を済ませて夜ご飯を作って待っていてくれるようになった。
え、もうこれ、彼女通り越して嫁じゃん、と思う時もあるが、呼び名は“美桜” と"ごしゅじんさま” のまま。
ご飯は一緒に食べるし、夜も同じ布団で寝るが風呂は別、いってらっしゃいのキスはするが俺が美桜の頬に軽くするのみ。
ハグは……、美桜の方からよく抱きついてはくるが、俺が抱きしめ返すとドキドキしすぎてやだと断られるのであまりしないようにしている。
拒絶されるのもいやだし。
ヘタレ上等、なんとでもいえ。俺は美桜との関係が壊れる方が怖いのだ。
サンがいなくなった日の夜はヤバかった。別に意図してではないが、勝手に守り通してきた俺のファーストキスを唐突にあんな激しく奪われたのだから、美桜のはじめても、もしかしたら唐突に誰かに奪われるかもしれないと思うと、俺が奪いたくて仕方がなくなった。
その日の夜は今まで以上に美桜も俺に抱きついてくるし、やたらにこにことしてて俺といる事を嬉しそうにしているし、俺も俺でやっと二人きりになれた安堵で美桜が愛おしくて仕方がないしで……マジで無理やりにでもキスしたいと思った。
ぶっちゃけ……寝る前にベッドの中で、俺に抱きつく美桜が可愛くて可愛くて……美桜の顎に手をかけた。
美桜の瞳はなんとなくうるうるとしていて、唇は食べてしまいたいくらい可愛くて、美桜の唇を見ていると、サンにされた激しいキスが脳内を駆け巡って……
脳内の暴走をそのまま、俺は美桜にしたいと思ってた。
でも……
「ごしゅじんさま? ……どしたの? ちょっと、こわい……よ? 」
美桜にそう言われて怯んだ。
美桜が来てからは頬が緩むことが多くて忘れてたが、もともとは昔から顔が怖いとよく言われてた俺だ。
獣になりかけてる俺の顔は、美桜から見ても怖かったのだろう。
ましてや美桜は、顎に手をかけられることが、キスされそうになってる、ということをわかっていないのだから……
たぶん、美桜が俺とキスしたいと言っていたのも、幼い子供がパパとキスをするような、その先がある事を知らない、スキンシップの延長でしかないものなのだろうと思った。
まあ、俺なんか……ただの家主で主人でしかないのだ。
……少しだけ、以前美桜が俺にいってらっしゃいのキスをねだった時に、しれっとしてしまえばよかったとさえ思うことがあるけれど。
してしまえばそれはそれで、俺は自分を止められなくなる気もするから、これでよかったんだろうと思う。
とにかく今は、今の幸せな関係のまま壊したくない。
部屋着に着替えて食事の準備をする。
ローテーブルに、俺の好物のハンバーグが並び、そして目の前にはにこにこと笑顔を浮かべる美桜がいる。
はあ、幸せだ……。
「じゃあ……、いただきます」
「うんっ……、いただきます」
ふたりで食べ始める。
「ん、おいしい! 美桜すごいな、何作ってもうまい」
「ほんと? 嬉しいー。ごしゅじんさまいつも喜んでくれるから美桜ももっといろいろ作ってみたい!」
「それは楽しみだ」
美桜がご飯を作って待っていてくれるようになってからもう数週間くらい経つが、実際何食べてもうまい。
それに、毎回メニューが違う。俺がひとりの時は同じもののローテーションばかりだったのに、こうも違うものかと感心する。
もちろん、俺が教えた料理なんて、チャーハンとかカレーとか、ハムエッグとか……簡単なものばかり。
美桜は動画サイトや料理サイトから見つけてきたレシピを見て作ってくれている。しかも冷蔵庫の食材と照らし合わせながら、俺が好きそうなものを選んで。
世の中にはこんなにもいろいろな料理があるのかと思うほどだ。
俺が実家にいた頃でも、こんなに日々違ったものは出てこなかった。
もともと両親は仕事が忙しかったし、父と兄が事故で死んでからは母は女手一つで俺を育てるために、さらに仕事が忙しくなり、食事の代わりにお金が置いてあることの方が多かった。
だから最初の頃は俺も適当なものを買って、ただなんとなく口に運んで食べていた。
けれど母親が再婚して、義理の妹が出来てからは妹もそれでは不憫だと思い、俺が作るようになっていた。
まあ、両親は外で済ませて来ることが多かったし、作るとは言っても俺と妹の分だけ。
妹は好き嫌いが多かったし、俺も美桜みたいに料理が上手いわけではなかったから、おいしいと言われた記憶はないのだが。
……美桜が来てから、なんとなく妹を思い出す事が増えた気がする。元気にしてるのだろうか。
ま、俺が気にしたところで俺はあいつに嫌われているし、何も変わらないのだけれど。
「ごちそうさまでした。あーおいしかった!」
空になった皿を前に、美桜が作ってくれた料理に手を合わせた。
「へへー。美桜、さっき味見したんだけどね、ごしゅじんさまといっしょに食べる方がおいしく感じるの、なんでかなっ」
美桜は今日も嬉しそうだ。俺なんかと一緒にいて、こんな笑顔を向けてくれるなんて、その笑顔に俺の方が嬉しくなる。
美桜がうちに来た時、
『やだ! 美桜は…… ごしゅじんさまに飼われたいです。だめですか?』
『そうか。美桜はもう “猫じゃないから飼える” もんな。ようこそ、我が家へ』
そういう会話をした。あの時も感じたけど…… "飼う” って、なんなんだろうな。
確かに俺が家主だし、金銭的には俺が出してるけど……
俺はあの時、"飼われたい” に対して、"飼ってやる” とは言えなかった。
美桜がずっと気にしていた"猫は飼えない" その言葉を否定したくて"猫じゃないから飼える" とは言ったけれど……
美桜は、こんなにも……可愛い。
俺にはもったいないくらいだ。
ただ一緒にいるだけで楽しくてしあわせなのに、
ましてや今ではうまい料理作って掃除も洗濯もしてくれる。
むしろ……俺の方が支えられているとさえ感じる。
もう、俺は、世話係とか主人とか、そーゆーのでさえ、ない気がする。
俺の方が……美桜にいて欲しい。美桜が居ないとダメになりそうだ。
だったらこの関係はなんなんだろう?
俺は……好きだけど。
美桜も……俺を好きだと言うけれど。
俺は美桜に本当の意味で好かれるほどの自信が、自分にはないのだ。
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