第13話 『美桜とオムライス』


 部屋着などのすぐに必要になりそうなものだけを残して後は自宅に郵送の手配を終え、どこか飲食店にでも入って休憩したいなと思う。


 ……もうあまり美桜を歩かせたくないし、箸が苦手な美桜でも食べやすいものがいい、ということでショッピングセンター内にあるオムライス屋に入ることにした。


「いらっしゃいませ。2名様でしょうか? お好きなお席にお座りくださいませ」


 にこやかな店員さんが出迎えてくれる。


 時間が少し早いこともあって店内の席はほぼ空いていて、静かで落ち着いた雰囲気だった。

 これなら少しゆっくりしても大丈夫そうだ。


 おそらくこれから来店してくる客たちは窓際に座るだろうことを予想して、あえて窓際から遠い、角の席に座ることにした。


「美桜、ここにしよっか。少し休憩しよう」


「うん!」


 美桜はほっとしたような笑顔を見せてから席に座ると、まるでふかふかの布団に入った時の様な、リラックスした幸せそうな顔を浮かべた。


 座れた事がよほど嬉しかったのだろう。



 注文したオムライスはすぐに届いて食べ始める。

美桜も美味しい美味しいと食べたが、半分くらい食べたところでうとうとしはじめた。


 美桜はずっと立ちっぱなしだったし、着替えるのも美桜、見慣れない場所をたくさん歩いたし、疲れるのも眠くなるのも仕方ない。しかし食べながら寝るのは危ないし行儀もよくない。


「おーい、美桜ー寝るなー」


「んっ! 寝てない。美桜寝てない」


 俺の呼びかけにハッと我に返ったように目をぱちくりとさせてから、眠気を飛ばす様に首を軽く振り、背筋を伸ばす様な仕草をしてから食べはじめる。元気な美桜ももちろん可愛いが、こんな子供の様な美桜も可愛いなあと思う。


 そうして少し眠気と格闘しながらなんとか全て食べ終えた。


 疲れてそうだし眠そうだし、早く帰らせた方がいいかなとも思いつつ、甘くて冷たいものを食べたら回復するかなと思ったりもして


「美桜、今日頑張ったからこれも注文しようと思ってたんだけど、もう帰る方がいいか?」


「え?」


「これはパフェって言って、昨日食べたアイスクリームの豪華なやつだ!」


「え、何これ食べたい! 美桜目覚めたから食べれるから食べたい!」


 途端に目を輝かせてめちゃくちゃな日本語で答える美桜はやっぱり可愛くて、少し笑ってしまう。


「じゃあ、今日頑張ったご褒美な。これ食べたら帰ろっか」


「うん!」


 美桜はさっきまでより元気そうに返事した。






「お待たせいたしましたあ。プリンパフェでございます」


 注文してしばらくすると、再びにこやかな笑顔を浮かべた店員さんが現れる。テーブルに乗せられたパフェを目で追う美桜の表情はキラキラとしていて、見るからに嬉しそうだ。


「え、ごしゅじんさま、美桜、これ全部食べていいの?」


「もちろん。食べれなかったら俺が食べてやるから気にせず食べれる分食べたらいいよ」


「やったあ!」


 嬉しそうに食べる美桜の姿を見ながら、やっぱり美少女と生クリームの組み合わせは映えるなあと思う。口元についたクリームをペロリと舐める姿はまた可愛い。


 こんなに可愛い子が、俺の選んだ服を着て、俺の選んだパフェを俺の目の前で食べながら、俺に向かってにこにこしてる。普通ならありえない現実に、パパ活してるパパ側の気持ちってこんな感じなんだろうか? と、ちょっと思ったりした。


 よその世界の他人事のように思っていたが、今日の俺はなんだかんだ美桜の為に散財してるのだから、立場が変わればなんとやら、だ。


「ねぇ、ごしゅじんさま?」


 そんな事を考えていると美桜の手が止まり、俺を見つめて話しかけてきた。


「ん? どした? やっぱり多いか? 無理しなくていいぞ」


 別に他意はなかったのだ。単純に、小柄な美桜がオムライスを食べた後に割と大きいパフェをひとりで食べ切れるのかと思った。ただそれだけの理由でひとつだけ注文したに過ぎなかったのだが。


「美味しくていくらでも食べられそうなんだけどね、美桜、美味しすぎるからごしゅじんさまにも食べて欲しい。ね、あーんしてっ」


 美桜はアイスと生クリームの両方かかった部分をスプーンですくって、にこにことしながら俺の口元に差し出した。


「え、あ、あ——ん……、ん、うまい」


 なんだこれ、やば……口元がにやける。

 

 ひんやりとしたアイスは、その冷たさとは裏腹に俺の頬をほてらせた。


「へへっ美桜とごしゅじんさま、今、口の中おんなじ味だね。嬉しい」


 純粋無垢と言わんばかりの嬉しそうな笑顔を俺に向ける。


 はー、もうこの子何者なの。そんな恥ずかしい言葉を恥ずかしげもなく。俺の方が……恥ずかしい。

 いや、いやじゃないけど。……むしろ、嬉しいけど。


「……そ、そうだな」


 上手い返事が見つからず、棒読みのような返事をしてしまった事を美桜は気にする様子もなく


「ね、やっぱり美味しいから美桜、ごしゅじんさまと半分こしたい。一緒に食べよー? はい、あーん」


「え、あ、うん。あーん……」


 その後はひとつのパフェを交互に食べた。

 食べた、というより美桜に食べさせられた。


 それは強制的にという感じではなく、恥ずかしいような、照れるような、嬉しいような、くすぐったいような。……う、口元がにやける。


 耳が……熱い。


 テーブルには使われないまま残されたもう一本のパフェ用スプーン。


 そんなの使えるはずないじゃないか。あんな……嬉しそうな顔で、俺の口元に美桜のスプーンを運ばれたんじゃ……


 席、人気のない隅っこにしてよかったな、と少し思いながら店を出た。



 「おいしかったー! ごしゅじんさま、ありがとうっ」


 すっかり目を覚ました美桜にそう言われ、返事をしようと思ったその時、


「あれー? 鈴宮? 鈴宮じゃんー!」


 聞き覚えのある男の声で俺の名前を呼ばれた。


「え? ……ああ、久しぶり、河田……」


 入社時は同じ職場だった俺の同期だ。


「この子は? まさか彼女じゃないよな?」


「ん、ああ、彼女じゃないよ。親戚の子」


「だよなあ、こんな可愛い子が鈴宮の彼女なわけないもんな」


 河田は美桜を値踏みするように、じろじろと上から下まで見てくる。そんな目で美桜を見るな。

 美桜も俺の後ろに隠れるように不安そうな表情を見せた。


「お前は相変わらずだな、河田。ごめん、この子人見知りなんだ。じゃあな」


 あまりこいつに美桜を見せたくない。逆に美桜にも見せたくない。そんな気持ちもあってさっさと退散する事にした。


「ん、ああ……」


「ほら、行くぞ、美桜」


 少しだけ足早に退散しようとする俺に、少し駆け足で美桜が追いかけてくる。


 はあ……分かってる、こんな可愛い子が俺の彼女なはずがない。けれどさっきまでの甘い時間の余韻に、もう少し浸らせて欲しかった。そう、少しだけ心の中で唸りつつ。


 あれ? さっきの会話……あいつに聞かれてないよな? 少し不安が過ぎる。


“おいしかったー! ごしゅじんさま、ありがとうっ”


 まあ、聞かれていたところで適当に誤魔化せばいいか。


 俺の少し後ろを追いかけている美桜の手を繋ごうと出した手を引っ込めて、俺は足を緩めた。


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