第12話 『ランジェリーショップ』
側から見れば彼女とも見える可愛い女の子と手を繋いで下着売り場とか、どれだけ浮ついた男に見られるんだよ、という羞恥心は捨て、とりあえず下着売り場に来た。
うーん、困った。流石に彼氏でもない俺が一緒に入るのも気が引けるし、何より恥ずかしい。けれど美桜のサイズも分からないし、ここはそう、これしかない。
「あのー、すみません。この子、ちょっとサイズとか分からなくて。見てあげてもらえませんか?」
俺は店頭のマネキンを着替えさせている店員さんに声を掛けた。
「あ、はい、かしこまりました。彼氏さんも一緒にご覧になりますか?」
さらりと笑顔で店員さんに言われたが、俺は彼氏じゃないんだーと言う言葉は飲み込んで、『いえいえ、俺はあそこのソファで座って待ってるので、2.3点選んであげてください』と答え美桜にお金を渡すと、店の向かい側にあるソファへと向かった。
側から見たら俺は彼氏に見えるのか……俺なんかが美桜に釣り合うはずないのに。
俺はただ、美桜の面倒を見ると決めた世話係みたいなもんで。……ただの世話係といいつつ朝からすごいもの見てしまったけれど、あれは事故みたいなものだし。
ああやばい、雑念が。いい加減忘れろよ、俺。そうだ心を無に、むに、……ムニムニ……柔らかそうだったな。
下着売り場前と言うのも重なって、雑念が抜けない俺。しかしそこへ無垢な天使からの天罰が下る。
「ごっしゅじーんさーまー! 美桜のおっぱいのサイズわかったよー!」
……やはり付き添えばよかった。
下着売り場ででかい声でご主人様呼びされるとか、なんの羞恥プレイだよ。
違うんだ、俺はただの世話係なだけで決してやましいことは何も……!!
心の中で言い訳をして、気まずい気持ちを抑えて店内に入れば、さっきの店員さんはにこりとこちらに微笑んだ。
ああ、待ってくれ、そのにこやかな笑顔の中で、ああ、こいつそう言う趣味の人なのねと思っていそうな笑顔だ。違う、決してそうじゃないんだ。断じて……
「ねぇ、ごしゅじんさま、大丈夫? 難しい顔してるけど」
「え? あ、ごめん大丈夫。で、どしたの。好きなの買えばいいよ?」
平静を装って答える。いや、この側から見たら冷静そうに見える物言いは俺の特技でもあるのだが。
「んーとね、服の上からサイズ? 測ってもらってつけてみる事にしたんだけど、どれがいいか分からなくて。ごしゅじんさまはどれが好き? あとね、付け方わかんない」
「う、いや、美桜の好きなのにしたらいいけど……強いて言えば年相応なシンプルな方がいいかな」
精一杯、"エロくないの” と遠回しに言ったつもりなのだが、美桜は分かっていないようだ。いや、別に美桜の下着姿を拝むつもりはないのだが、一緒に暮らせば洗濯とかで見てしまうことはあるだろうし。俺の心の平穏のためにも刺激は少なめにして欲しい。
「こちらはいかがでしょうか」
俺と美桜の様子を見ていて察した様子の店員さんが、割と無難なデザインのものを持って来てくれたので、『じゃあそれで』と答える。
ああ、もう早く立ち去りたい。ただただそう思う。のに。
「ご主人様も一緒にご覧になりますか?」
まさかの店員さんにまで、にこやかな笑顔を浮かべながらご主人様呼びされた。何のいじめだよ。
いや、でもよく考えれば美桜の旦那さんだと思われたとか。夫婦と思われたのなら店員さんにご主人様と呼ばれるのはなくはないか。そう納得しかけた時
「あ、ショーツはTバックや紐のタイプもございますが、こちらもお付けいたしますか?」
にこやかーな笑顔で追い討ちをかけられた。
俺……遊ばれてるのかもしれない。
「いやいや、そちらは結構です。ちょっとこの子、付け方分からないみたいなので、見てあげてもらえますか?」
出来るだけ冷静な声で、俺もにこやかに返事した。俺、笑顔とか出来たんだ、と密かに思いつつ、
「かしこまりました」
と言い残して、美桜と店員さんが試着室に入っていくのを試着室前で待つ事にした。また大きな声でご主人様呼びされたらたまらんからな。
すると中から声が聞こえる。
「あら、お客様……今お召しになっていたのはフリーサイズの水着でしたのですね。申し訳ありません、先程はお洋服の上からお計りしたので分からなかったのですが……大変ボリュームがおありなので、おそらくF……いえ、G65あたりかと思います。
大変申し上げにくいのですが、当店にはサイズのご用意がございません。専門店に行っていただくかお取り寄せしていただくしか……」
聞こえた声に思わず『はー』と溜息をつく。付いて来てよかった。また大声で呼ばれるところだったわ。
いや、それにしても……なんとなく思ってはいたが、そんなにデカかったのか。
仕方がないのでネットで買う事にして、ショーツだけ買って帰る事にした。
当たり障りのないものを3枚ほど選んだのだが、お会計の時に店員さんがこっそりと俺に言ってきた。
「おサイズのご用意がなくて大変申し訳ございませんでした……サービスとして一枚、お入れさせていただきますね、ご主人様。黒色のTバックでございます」
…‥もう、ヤメテ。
俺は一気に疲れるのを感じた。
一気に疲弊した下着屋を後にする。美桜も疲れているようだ。そりゃそうだ。見慣れない場所に来てたくさん歩いて何回も試着して、おまけに美桜は買い物というものが初めてなのだ。
正直、男の一人暮らしの部屋に女性用のものなどないので、まだ揃えなければいけないものはあるが、とりあえず美桜を連れて帰って休ませてあげたい。
後はネットで買うか俺が一人で買いに行こうと決めて、最後にどうしてももうひと仕事だけ。
とりあえずショッピングセンター内のコインロッカーに預けている買った荷物を回収して、家に郵送したいのだ。
二人で持てば持てなくはないが、靴も含めてフルコーデ数着分だ。帰りの電車の中で邪魔になるし、疲れている美桜に持たせるのも気が引けた。
「なあ、美桜、買った服取りに行って家に郵送しに行きたいんだけど、ここで待ってるか?」
「んーん。ごしゅじんさまと一緒がいい。付いてく」
ショッピングセンター内とはいえ、一人にして美桜がナンパされても嫌だしと思ったりもして、美桜を連れて行くことにした。しかし、美桜の足は重そうだ。さっきまでより歩くのが遅い。
「美桜、疲れた?」
「んー? ……だいじょうぶー」
明らかに声と内容が合っていない。やはりさっきまでの元気さがない。これ絶対疲れてるやつじゃん。
そろそろ夕方だし、少し早いが夕飯がてらどこか飲食店に入って休憩してから帰ろう。
「美桜ー、これ終わったら美味しいもの食べに行こっか」
「え、おいしいもの? やったー」
声は少しゆっくりとしていてぼんやりとしているが、表情は嬉しそうだ。
「だからあと少しがんばってー!」
「ん、がんばるー!」
美桜は俺に手を引かれながら、反対の手で握り拳を作ると、さっきまでより少しだけ元気そうにして見せた。
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