第14話 『うたた寝する美桜』


 ショッピングセンターを後にして、駅まで歩いて電車に乗った。

 あえて各駅停車に乗ったので、人はほとんどいない。急行に乗った方がもちろん早く帰れるのだが、満員電車に美桜を乗せたくなかった。


 二人並んで座りながら電車に揺られる。カタンカタンとリズムを鳴らす電車の音が心地いい。


 肩に、美桜の重みを感じる。軽いような温かいような、むず痒いような、嬉しいような。……そして、いい匂いがする。俺と同じシャンプーのはずなのに、美桜の髪が長いからなのか、美桜が女の子だからなのか、俺の胸をくすぐった。


 美桜はすーすーと静かに眠っている。なんの警戒心もない。もう少し男に警戒心というものを持って欲しいなと思いつつ、さっきの河田には明らかに警戒しを抱いていたので、俺だからかと少し安心する。まあ、気を許せる相手がいるのはいい事だ。それが俺でよかったと素直に思う。


 もう少し寝かせておいてやろう。


 左肩の重みを感じながら、俺も少し眠った。




『大森猫國伝公園前〜大森猫國伝公園前〜』


 心地いい夢から呼び戻す電車のアナウンスが聞こえる。あーあ、もう少し遅くてもよかったのに。


「美桜、起きて。もうすぐ降りるよ」


「ん、ふにゃ?」


 美桜は目を覚ましたがその瞳はぼんやりとしていて今にもまた眠ってしまいそうだ。


「おーい、起きて」


 美桜の肩をとんとんと軽く叩いて起こすと、美桜の手を引いて電車を降りた。

 美桜はやっぱりぼーっとしたままで、俺に手を引かれてやっと歩いている感じ。


 どうしたものかと思ったが、躓いて転びそうだったのでおんぶすることにした。


「美桜ー。ほら、おんぶしてやるから背中乗って」


「んー、う?」


 ふわりとした柔らかな重みが俺の背中に伝わる。

しばらくするともう歩く必要がなくなった安心感なのか、耳元にかかる美桜の息は寝息のようになり、さらに重みが増した。


 買った荷物、郵送の手配しといてよかったな。


 美桜を拾った大森猫國伝公園の前を通り過ぎながら、あの時は裸足の美桜を歩かせて後で後悔したことを思い出す。


 ……まあ、あの時してやれなかったし、今ならいいかな。


 それにしても、美桜、俺に全体重を預けて完全に寝てるじゃないか。無防備にも程があるぞと思いながら俺の右肩に寝息を寄せる美桜の顔を見る。


 まつ毛長くて……綺麗な寝顔だな……


 見惚れていると


「ごしゅ……さ、ま……」


美桜が寝ぼけて寝言を言い始めた。


「ぱふぇ、おいしー」


 パフェ食べてた時の夢を見てるらしい。パフェ食べながら甘い顔をする美桜、可愛かったなと俺も思い出して口元が綻ぶ。その時


—— ペロッ


「っ!!??」


 寝ぼける美桜に、耳をペロリと舐められた。


 途端に心臓が痛くなって一気に耳が熱くなるのを感じる。こ、いつ……!


「おい、美……」


 これ以上何かされたら俺の心臓が大変だ。起こしてやろう、そう思った時


「……みおね、…… 、だいす、きぃー」


 美桜は眠りながら笑顔を浮かべて、何かを大好きだと言った。


 ……パフェか? それとも……俺か? いや、パフェか……そう思うのに。


 なんだよ、これ。


 俺の心臓はバクバクとうるさくなった。


「……美桜の、ばか。あどけない顔して寝やがって。俺を……ころす気か」


 心臓の痛みと背中の柔らかな重みを感じながら家まで歩いた。



——

————



「ふう……やっと着いた。美桜、家着いたよ」


 声を掛けるが完全に美桜は寝たまんま起きる気配がない。

 仕方がないのでそのままそっとベッドに下すと、俺の背中からコロンと転がり落ちたそのままの形ですーすーと寝息を立てている。


 マジかよ。無防備過ぎるだろ。俺じゃなかったら……これ、完全に襲われてんぞ。


 あまりにも無防備な美桜に少し腹が立ったのか、それとも無意識に俺の中の男心が働いたのか、俺は美桜のほっぺをツンツンと突いた。


「おーい、美桜ー?」


「すー…… すー……」


 ……マジ? マジで起きないじゃん。


 無意識に、本当に無意識に美桜の帽子を脱がせ髪を撫でる。さらりとした髪を撫でとかして、美桜の猫耳に触れる。


「ん、にゃ……」


 美桜は可愛い声を漏らして猫耳を少し動かしたがやはり起きる気配はない。


 せっかく静かになった心臓が……また痛い。


 たまらなくなって、ほっぺを摘んで起こそうとした。その時


 ス————ッ


「う、そだろ!?」


 美桜の服が透け始め……全裸になった。


「くっ」


 その姿にハッとして、俺は咄嗟に美桜に布団を掛けた。


 この野郎。マジで、マジで俺をころす気かよ……

さっきまでドキドキと脈を打っていた俺の身体は、もうその感覚すらなくて、ただただ苦しい。


 その苦しみを抑えつつ、俺は美桜に今日買った部屋着を着せた。すーすーとリズムのいい寝息と、支点の定まらない重みは美桜が完全に寝ている事を物語っていて、着せるのに手間取った。


 上を着せたところで布団を掛けて隠した。もうこれ以上は、俺が無理だ。


 そのまま眠りこける美桜を眺めながら呼吸を整える。


 えらいもん拾ってしまったなあと思う。拾ったのが俺でよかったと心底思う。もしも拾ったのが他の男だったら……そう思うと、胸の奥に嫌なものが込み上げてくる。


 そして少し落ち着いてから、美桜の服が消えるのが想定より早かったなと思った。

 初日に着てたパーカーは美桜の話から計算すると、俺と知り合った日の朝から着ていて、翌日の朝方くらいまでは着ていたらしいので、少なく見積もっても20時間近くは着ていたはずである。

 けれど今回は長く見積もっても10時間……


 そして今朝からの事を思い出す。

 最初の黄色い水着、その後の黒のレース、そしてまた水着、その後風呂に入ってから新しく水着を着替え直して、その上からお出かけ用の服……

 変身だけでも5回、そして朝から片付けたり風呂入ったり歩き回ったり……疲労も重なっているだろう。


 そして……美桜は数日前まで猫で、一日の大半を寝て過ごしていたと言っていた。


 ……これだけ眠りこけている事と合わせ考えると……とっくに美桜の限界を越えて、疲れさせてしまったのではないか。


 そうだよ、美桜は帽子を被っていたらどこからどう見ても人間だから忘れていたが、数日前まで猫だったんだ。人間と同じと考えるには浅はか過ぎる。


 そこまで考えると、ものすごく美桜の世話係として失格だと、申し訳ない気持ちで堪らなくなった。


「美桜、無理させてたんだな。気付いてやれなくて……ごめん。ゆっくり休んで」


 俺は小さな声で言い残して部屋の電気を消し、いつもは開けっぱなしにしている寝室の扉を閉めて静かに部屋を出た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る