第51話 『想起』


 俺の腕の中でスースーと眠る美桜の寝顔を眺めながら、美桜が寝る前に言った言葉を思い出していた。


“……りんちゃんも、ごしゅじんさまの事が好き?サンも……ごしゅじんさまのこと好きだったから、不安になっちゃうな。美桜は、このままずーっとごしゅじんさまと一緒に居たい”


 不安だったから、俺をドキドキさせたかったのだろうか?


 そのくせ、あどけない顔をして寝るなあと、そっと美桜の頬に触れてみる。そのまま頬をむにむにとしてみるが、やはり美桜は起きなくて。


 ……無防備にもほどがある。


 俺の腕の中で眠る美桜は、抱きしめてみると線の細さを再認識する。出るとこ出てるのに、ウエストとかすごく細くて。なんかもう、存在自体が可愛い。


 と、思う俺は重症だなと思うけど。


“……りんちゃんも、ごしゅじんさまの事が好き?”


 実際のところ、どうなのだろう。


 何年間も会ってなかったのに、突然隣に引っ越してきて、


“そっか……じゃあさ、ずっと彼女できなかったら、凛をお嫁さんにしてくれるって約束、まだ生きてる?”


“ねぇ、じゃあさ、凛とキスしてから……他の人とは、キス、した?”


 全く身に覚えのない言葉を言ってきた後、覚えてない事に対して


“……お兄、マジで覚えてないんだ。嫌い。大っ嫌い。マジで嫌い。氏ねばいいのに”


 あり得ないほどの暴言。


 それはまるで俺が本当にあった事を忘れてしまっているかのようじゃないか。

 

 そしてその後、嫌いと言いながらキスされた。


 ……普通、嫌いな人間に抱きついてキスするか?


 行動と言動が真逆過ぎる。


 そこまで考えて、凛からのメッセージの言葉を思い出す。


“昔お兄ちゃんが作ってくれたオムライス、美味しかったなー! 本当はすっごく嬉しかったのに、あの時は酷いこと言ってごめんね!”


 いろいろ思い返してみると、もしかして凛って……ツンデレ?


 一緒に住んでいた頃は暴言が多すぎて分からなかってけど、あの言葉の数々は本心ではなかったってことか?


 なんだ。凛のあの暴言の数々のせいでどれだけ俺が傷ついたと思ってるんだよ。


 凛も美桜みたいに素直だったらよかったのに。


 そんな事を思いながら眠る美桜の頭を撫でていた。


 ……あれ? なんだっけ、この感じ。凛にも素直だなって思ったことがあった気がするのに。


 その時も確か……俺は今みたいに眠いなと思いつつ、寝るでもなく起きるでもなくボーっとしてて……


 ……そう、今みたいに頭を撫でてたんだ。


 頭?? 美桜ではなく、凛の??


 ……そうだ、俺のそばで寝てる凛の頭を撫でていた。


 そして…….


“お兄が家に居ないと寂しいよ……”


“ずっと一緒に居たいよ。だから……大きくなったら凛をお嫁さんにして“


 そうだ、たしかにあの時そう言われた。


 その時俺、なんて返事した??


 ……いいよって……言わなかったか?


 そしてその後、凛にキスされた。


 そんな大事なこと、忘れているとかある?

 忘れているとしたら俺、最低過ぎないか?


 なぜ忘れてた?


 いつの記憶だ?


 そういえば、美桜と再会した時も自分の記憶を遡って……何かを思い出したんだ。


 そうだ、これ……


 俺が自転車で事故って入院した時の記憶だ。


 俺は確か事故った前後、一週間くらい記憶が飛んでると聞かされたことがある。


 特段不便もないから日頃はそのことさえ忘れているけれど……


 え?


 それって……



“え、お兄出てくの? ……お兄なんて大っ嫌い!! 早く出てけ!! もう二度と顔も見たくない!! あーうざいお兄がいなくなってせいせいする!!”


 俺が一番傷付いた言葉を言われた直前じゃないか。


 だとしたら……


 せっかく凛が珍しく素直になって“ずっと一緒に居たい、嫁にして” って言ってOKされたのに、それを俺が忘れていたから怒ったということか?


 ……だとしたら、俺が傷付いたあの言葉は、俺のせいじゃないか。

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