錯綜する恋心

第52話 『浮かれ気分の浩太』

 朝が来た。


「こ、こここここ、こ、こーた、おはよお」


 赤い顔した美桜に起こされた。


「おはよ、美桜」


 俺はそのまま赤い顔した美桜の顔を引き寄せて、キスをした。


 すると美桜はさらに顔を赤くして


「……こ、こーた。最近、キスしすぎだよ?」


そんな事を言うから。


「だめか?」


 聞いてみると


「だめじゃないけど、その……」


 赤い顔をしたまま、もじもじと言葉を詰まらせていて。


「こーたって呼んでくれるの、嬉しい」


 俺が話題を変えると


「へへ」


 美桜は赤い顔のまま、嬉しそうな顔をした。



 なんだろうな、俺の呼び方が変わっただけなのに、一気に美桜が女性ぽく見えてくると言うか、“彼女” だと言う事を再認識するというか……



 今までだって大好きだったのに、さらに愛情が深くなったような気がする。


 それは、俺の中にあった劣等感が薄れて来たからかもしれないのだが。




 いつも通り美桜が作ってくれた朝ごはんを食べて、出勤の準備をする。


 そして今日も……美桜が玄関まで見送りに来てくれる。


「じゃあ、美桜、行ってくるな」


「うんっごしゅ……じゃなくて、こー、た」


 赤い顔をしながら照れ笑いする美桜がやっぱり可愛くて。


 美桜を引き寄せて、いってきますのキスをした。


 いつもは頬に軽くしていたけど、なんかもうそんなの忘れてて、普通に美桜の唇に。


 そしたら美桜は、ふるふると唇を震わせて恥ずかしそうな嬉しそうな、なんとも言えない顔をしてから、


「今日もご飯作って待ってるから、気をつけて行って来てね」


 照れつつも、可愛い笑顔で手を振りながら見送ってくれるのだった。




 はー、最高に可愛いわ、俺の嫁。




 俺はすっかりもう新婚気分で。


 浮ついた気持ちのまま玄関から出ると、ちょうどそこにいた凛と目があった。


「あれ、凛、おはよ、どした?」


「あ、お兄ちゃん、おはよー。うん、バイトの面接行くところ。いつまでもパパに仕送りしてもらうわけにいかないし」


「ああ。でも、お義父さんなら、全然出してくれるんじゃ? なんか裕福だし」


「んーん。金銭的な話じゃなくて、気持ちの話。凛も、自立しなきゃと思って」


「そか」


 そんな話をしながらアパートの外階段を降りていく。


 話していると、ちょうど行く方向が同じだとわかったので、凛と話しながら仕事へと向かうことにした。


「あ……そういえば、凛。俺……昔凛とした約束、忘れててごめんな? 昨日、急に思い出した」


 謝ろうと思って俺がそう言った途端、


「え、え、えっ」


 凛は赤い顔して動揺し始めて。


「あああ、もういいの、忘れてて」


 そんな事を言うから


「ああ、そうだよな、俺と結婚する気なんて、とっくにないよな?」


 そう言ったら


 途端に凛は少し涙目になって。


「お兄のばーか」


 小さな声でそう言ったあと、ハッとした顔をして。


「そうだね、お兄ちゃんには可愛い彼女が出来ちゃったしね。朝からあーんな、にやけたお兄ちゃん見ちゃったら、もう完敗だよね。彼女さん、お泊まりしてたんだね」


 そんな事を言うから。ああ、凛にいつまでも黙ってるのも悪いかなと思って


「ん、いや、お泊まりじゃなくて、一緒に住んでるんだ、彼女と」


そう言った。


 そしたら凛は


「そっ、……そっか。そーなんだっ。もお、お兄ちゃん、隅に置けないなあ?? あ……私……寄るとこ思い出しちゃった。……先……行くね?」


 そう言って、俺の返事も待たずに走って行ってしまった。


 なんだ? 急に急ぎ始めて。なんか……声が震えてたように聞こえたけど。……面接前だし、緊張でもしてたのかな。


 ……いや、もしかして……俺のせい?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る