第28話 『じゃあ、がまんして』
さて、苺を食べた後、それぞれ風呂に入ってそろそろ寝ようと言う時間。
そういえば、俺はせっかく買った布団を使っていない事に気付いた。
昨日はつい眠たさで美桜と一緒に寝てしまったが、いやいやそれはいかんだろうと俺の理性が働いた。けれど、美桜は今日も一緒に寝たがるだろう。どうやって説得しよう、そんな風に考えていると
「ねぇ、ごしゅじんさま? 美桜、今日はお布団で寝てもいい?」
美桜の方から聞いて来た。
てっきり今日も俺と寝たいと言うと思ったのに。一体どうしたのだろう。俺の考えを読んだのだろうか。
「え? 美桜、どした?」
「んーん。どうもしない。ベッドはごしゅじんさまのなので。美桜はお布団で寝るので。ひとりでも寝れるので。大丈夫なので」
いや、確かに今日は別々に寝ようと思っていたが、こうもあっさりと言われると戸惑ってしまう。
俺……何かしたっけ。それとも、美桜の巣立ちが近いのか?
俺が動揺している間に、美桜は俺のベッドを整えてくれた後、ベッドの隣に布団を敷いて中に入り、
「じゃあ、美桜はもう寝ます。おやすみなさい」
丁寧におじぎをした後、俺に背中を向けて寝てしまった。
え、え? なんだこれ??
「美桜?」
「…………」
声を掛けるが返事はなく。
「……おやすみ、美桜」
俺は美桜の背中におやすみを言ってベッドに入った。
……なんだ? どうしたんだろう。さっきまで普通に楽しかったのに。美桜も楽しんでると思っていたのに。確かに今日は別々に寝ようと思っていたけど。
……もやもやとしながらなかなか寝付けない。天井を眺めながら、あれ、ベッドってこんなに広かったっけ、布団ってこんなに冷たかったっけと思う。
まさか……俺の方が美桜と一緒に寝たいと思うなんて。ひとりで寝ることが、寂しいと思うなんて。
いや、別々に寝るのが当たり前なんだ。昨日までが、幸せすぎたんだ。
俺はただの世話係に過ぎないのだから。
無理やり自分に言い聞かせ、俺は眠りについた。
……
…………
朝。アラームが鳴る前に目が覚めた。
寝つきが悪かったからか、あまり寝た気がしない。
美桜は……ちゃんと眠れたのだろうかと、美桜がいるはずの布団に目をやる。
え? 美桜が……いない。
「美桜!?」
びっくりしてガバッと飛び起きた。すると、足元の方から声がして
「ん、……にゃ?」
眠気眼を擦りながら返事をする美桜がいた。
「……え? どした。美桜。なんでそんなところに?」
「え、あ……夜中、やっぱり寂しくなっちゃって……」
「……うん」
「でも、美桜ひとりで寝れるとか言っちゃったから、その……ごしゅじんさまのお布団入ったらだめかなとか思って……」
「それで俺の足元で、布団には入らずに丸まって寝ていた、と?」
「そのとおりでござます……う、ごめんなさい」
美桜は猫耳を下げて罰が悪そうにしている。
「ばか」
「だってー」
「朝方冷えるのに。ほら、おいで。もー、身体冷えてるじゃないか!」
ひやりと冷えた美桜の身体を温めたくて俺は美桜の身体をぎゅっと抱きしめた。
「う、あの、その……、ごしゅじんさま?」
「ん?」
「その……ぎゅっとされる、と、なんか……どきどき……する」
美桜の顔を見てみると、節目がちで少し赤くなっている。
「え、いやか?」
「いやとかでは、なくて……」
美桜の目が泳いでいる。相変わらず顔は赤くて。なんだこれ、可愛い。
可愛いとつい意地悪をしたくなって
「……これは? いやか?」
なんとなく俺は美桜のほっぺをむにっと軽く摘んでみた。
「うう、いやとかでわ、にゃい。れす」
美桜は頬を摘まれながら喋りにくそうに赤い顔をしながら答えた。
「へぇー。摘まれてもいやではないんだ」
なんだ、美桜、俺にされるがままじゃん。俺を嫌うどころか……むしろ、好き?
そう思うと、安堵の反動もあって美桜が可愛くて仕方がない。俺は美桜を抱きしめた。
「うー、どきどき、する……」
「いやか?」
「いやでは、ない、です」
「じゃあ、がまんして」
「……はい」
寝起きの俺の軽い暴走と独占欲。
俺はしばらく赤い顔の美桜を強く抱きしめた。
しばらく抱きしめていると
「んっんぅ、ごしゅじんさまっ」
ギブアップと言わんばかりに美桜は真っ赤な顔をしながら俺の背中をぽんぽんと叩いている。
抱きしめる腕を緩めて美桜の顔を見る。
「美桜……もしかして、一昨日俺が抱きしめながら寝たから……眠れなかった?」
「え、……うん」
「だから昨日、別々で寝ようとしたのか?」
「う、うん……」
「でも、夜中寂しかったんだ?」
「う、うう。だってー!」
美桜は突然俺に抱きついて来た。
されるよりする方が平気なようだ。
「あはは、はいはい。美桜、抱きしめないから今日はまた一緒に寝るか?」
「……うん。美桜が抱きついて寝る」
「はいはい。じゃあ、約束、な」
「うん!」
俺と美桜が『約束』をした時
————ピピピピピピピ
起きる時間を告げるアラームが鳴った。
「よし、美桜、朝ごはん作ろっか。今日はハムエッグ作るんだもんな」
「うん!」
二人仲良くキッチンへ移動して朝ごはんを作った。
「じゃあ、美桜、フライパンに火をつけるぞ。火は危ないからつけてる間は絶対目を離したらダメ」
「うん! わかった!」
「じゃあ、油を引いて……ハムを並べる。じゃあ、ここに卵を落とて」
「はいっ」
——パカっと割れてフライパンに卵が落ちていく
……
…………
美味しそうに焼かれたハムエッグ、いい感じに焼けたトースト、綺麗に盛りつけたカット野菜のサラダ、そして美桜お気に入りのイチゴミルク。それらがローテーブルへと二人分並べられる。
危なげもなく、朝ご飯は美味しそうに完成した。
やはり美桜は一度教えれば出来てしまうようだ。
二人で朝ごはんを食べ、片付けて、出勤準備を整えた。
「じゃあ、美桜、行ってくるから」
美桜の頭をポンポンとしながらそう言うと、美桜は俺に抱きつき俺を見上げ……真っ赤な顔をしながら目を閉じた。
え……なにこれもしかして、いってきますのキスをしろ、と?
いやいや、でもさすがにな。と思いつつ、俺は今日も美桜の頬に軽くキスをした。
すると美桜は赤い顔のまま、
「……美桜の猫の耳がなくなったら、お嫁さんにしてね」
少し寂しそうに小さい声でそう言った。
「ん」
そんな美桜の頭をポンポンとしてから、俺は仕事へと向かった。
猫の耳がなくなったら……かあ。
俺が美桜の唇にキスをしないのは、言わば自分の自制のためだ。
なし崩し的にここまでズルズルと来てしまっているが、まだ美桜と再会してから日が浅いし、美桜もまだ人間になったばかり。
なのにキスまでしてしまったら……たぶん俺はもう自制出来なくなる。
俺は美桜を大切にしたいと思っているし、好き……だと言うのは自覚しているが、その前に、美桜がこれからの生活に困らないようにいろいろなことを教えてやりたいと思っている。
言わば世話係であり、教育係であり、『主人』でありたいのだ。
決してしたくないわけではない。
ただ、今じゃないと思っている。
それを……いつ来るか分からない『猫の耳がなくなったら』その日までに先送りにするのは俺にとっても都合がいい。
いつかそんな日が来るのだろうか……
もしも猫耳がなくなった時、その時も美桜は俺のそばに居たいと言ってくれるのだろうか。
その時選ばれるのは、俺ではないんじゃないだろうか。
普通なら、こんなに可愛い子が自分にあれだけ懐いてくれれば、幸せの絶頂。喜んでキスするのかもしれない。けれど俺はやっぱり……自分に自信が持てないのだ。
ただ、今は美桜といられてしあわせだ。
だからまだ……しばらく先のことは考えたくないなと思った。
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