第31話  『かやく』


「美桜……!」


 目の前で静かに泣き出した美桜を見て、胸が突き刺さる思いだ。美桜は、俺の家に来た時から自分の猫耳を気にしていた。


 俺と生活する中で、何度か俺とキスをしたがったが、それは俺の嫁になれたらと先送りにし、嫁になるのも猫耳がなくなったらと先送りにしていた。


 先日美桜が嫉妬した時も、


『美桜はごしゅじんさまの専属だから、ごしゅじんさまも美桜の専属がいい……だめ?』


と言い、俺も


『心配しなくても、俺は美桜だけいてくれたらいいよ』


そう言ったばかりだ。


 それが、すべて突然現れた妹に、目の前で覆されそうになっている。


 いや、俺は突然現れたサンにキスされたからと言って美桜への気持ちは変わらない。ただ、"美桜の前でキスされた” と言う事実は覆りようがない。


 たとえ今から俺が美桜にキスしたところでそれは違う。それに俺は……するのなら勢いに任せてするのではなく、ちゃんと気持ちを込めてしたい。


 それは美桜を大切に思うからだ。


 けれど、突然現れたサンを外に追い出す事など出来ないわけで……


「サン、ごめん、ちょっと離して……」


「え……」


 俺は抱きつくサンの腕を解く。


「美桜……泣かないで。美桜の猫耳、俺は好きだから……」


 静かに泣き続ける美桜の頭を優しく撫でる。


「……コータは、お姉ちゃんの事が好き?」


 俺の様子を見て、サンが弱々しい声で聞いて来た。さっきまでのハキハキさはない。


「ん……そうだな。俺は美桜が好きだよ」


 俺の言葉を聞いて、サンは眉尻を下げた。


「……お姉ちゃん、ずるい。サンより少し先に人間になれて、サンより少し早くコータに会えただけなのに」


 サンが……サンまで静かに泣き出した。


 え、待ってくれ。何これ、俺、どーしたらいいの?

 

 俺の部屋に可愛い女の子が二人もいて、俺を理由に二人とも泣いていて。

 こんなの……つい先週までは想像すらしなかった出来事だ。


 モテるやつなら上手くこの場を切り抜けるのだろうか。しかし生憎俺は今まで色恋とは無縁の非モテ男子だった。


 おまけに今のこの状況、特殊すぎないか。二人とも……帰る場所が他にないじゃないか。


 ……少し考えてみたが、やはり俺には打開策が思いつかない。いや、これしか思いつかない。


「あ……なあ、二人とも、お腹……すかないか?」


「え……」


「あ……」


 場違いな俺の言葉に弱々しく反応する二人。


「あ、いや、ごめん、……なんて声掛けたらいいかわからなくて。ご飯食べたら元気出るかなと思って。二人とも……泣き止んで欲しくて」


 非モテ男子歴の長い俺にはこれが精一杯なんだ。

それを察した二人


「美桜、お腹すいたあ!」


「サンも! お腹すいた!」


 まだ涙が光る顔を笑顔で光らせ、二人は元気にそう言った。



「よし! じゃあ、ごはんにしよう!!」


「やったー!」


「ごはーん!」


 一気に機嫌を取り戻した二人の笑顔にホッとする。

 ホッとしたら唐突に腹が減って来た。もう結構な時間じゃないか。


「なあ、カップラーメンでもいい?」


 そういえば美桜が来た時もカップラーメンだったなあとか思いつつ。まあ、サンも平等って事で。


「うん!」


「かっぷらーめ?」


 喜ぶ美桜と、不思議そうなサン。


「……サンは、今まで何食べてたの?」


「えっとねー、茶色いカリカリしたやつか、茶色いぐちゃぐちゃしたやつ! たまにトロトロの美味しいやつくれる人もいるし、パンとかおにぎりとか卵焼きとかくれる人もいる!」


 ……どうやらサンは、いろいろな人に愛想を振りまいて食べ物を貰っていたようだ。割と雑多にいろいろ食べていたようだが、麺類は流石に食べたことがないらしい。


「じゃあ、カップラーメンははじめてか。美桜、お湯取ってくるから、ラーメンの蓋開けて中の袋に入ってるやつ出しといて」


「え、袋?」


「ああ、こないだ食べたやつとは違うやつだから。今日のは中に袋が何個か入ってる。それ出しといて」


俺の言葉に


「はーい!」


素直に返事する美桜にラーメンを三つ渡して、俺はキッチンへ向かう。すると


「え、え、え、ごしゅじんさま、これ、爆発したりしない!?」


すぐに美桜の慌てる声が聞こえて来た。


「は? 爆発??」


 一体なんの事かと美桜の元へと戻ってみれば、カップラーメンの中に入っている小袋に、『かやく』と書かれている。どうやら…‥“火薬” だと思ったらしい。


「こ、これっ!!」


 美桜は明らかにへっぴり腰になり、"かやく” と書かれた小袋から距離を取り警戒している。


“あはは、大丈夫” そう言おうと思った時、


————ドドド————ン!!!!!!


 ピカリと光るのとほぼ同時に、すっかり忘れていた雷が落ちた。

 途端、部屋の中が暗闇に包まれた。


「きゃー!!!!」

「きゃー!!!!」


 部屋に響く二人分の悲鳴。


「ん、ああ、ブレーカー落ちたかな。ちょっと見てくるから待ってて」


 俺はスマホの明かりを頼りにブレーカーを上げに行く。


 ブレーカーを上げてみるが電気はまだつかない。

 とりあえず二人の元に帰ろう。


 部屋が真っ暗だと、外のザーザーと横殴りの雨の音がひときわうるさく聞こえる。


 二人のいる部屋に戻って来た時、ちょうどパッと電気が付いた。


「なんだ、二人とも仲良しじゃん」


 そこにいたのは、ぺたんと座り込みながら抱き合う可愛い姉妹。


「う、だってえええ」


「こわかったんだもんんん」


 また半べそ顔になる二人。

 けれどさっきまでの痛々しい泣き顔ではなく、少し笑ったような半べそ顔。


 サンはそのまま美桜を見つめ、無言のまま美桜にぎゅっと抱きついた。

 そんなサンを美桜もぎゅっと抱きしめ返した。


 二人に言葉はなかったが、やはり姉妹として感じるものがあるのかもしれない。


 出来るならこのまま、せっかくの姉妹なのだし仲良くして欲しいなと思う。




 少し遠くで聞こえる雷の音を聞きながら、改めてカップラーメンを作りはじめる。


 美桜はかやくの中身が乾燥した野菜だと知って目を丸くし、サンはカチカチだった麺が柔らかくなっていることに興味津々だった。


 部屋にラーメンのいい匂いが立ち込める。

 出来上がったラーメンをそれぞれお椀に移し替え、フォークと共に二人に渡した。


「はい、おまたせ。じゃあ、いただきますしようか」


「うん!」


 俺の声に元気よく返事する美桜と、


「いただきます?」


ハテナ顔のサン。

 そんなサンに、美桜は


「こうやって、手を合わせて、いただきますって言ってから食べるんだよ」


と教えてあげていた。


 それから三人でいただきますをして食べた。

 フォークの使い方が下手くそなサンと、少し上手くなった美桜。


 美味しそうに食べる二人の表情は少し似てて、そんな二人は可愛いなと思った。


 食べ終えた頃、サンが少しシュンとした顔をしながら、


「あ……その、コータ?」


俺に話しかけて来た。


「ん、どうした、サン」


「その……コータもお姉ちゃんの事好きなのに、なんでちゅーしないの?」


 唐突な質問をぶつけて来た。


「え、いや、あ……なんでと言われても、困るのだが……」


 上手い返事が思いつかず言葉を探していると、サンはさらに言葉を続けた。


「……サン、コータにちゅーしたの、ダメだった?」


「ん、ああ、まあ、そうだな。会ってすぐの人間にすることではない、かな」


 少し言葉に悩みながらそう答える。するとサンはさらに俯きながら


「そっか。ダメだったんだ。サン……悪いことしちゃった。ごめんなさい。……サンも……コータに好きになって欲しい。だからサンも……コータに好きになってもらえるように頑張るから。サンのこと好きになったら、ちゅーして欲しい」


そんな事を言った。

 正直、サンに唐突にキスされた時はどうしようかと思ったが、そもそもサンに悪気はなかったのだろ

う。


「あと、お姉ちゃんも……さっきは泣かせちゃってごめんなさい。サン、ひどいこと言ったつもりなかった。でも、泣かせちゃったからごめんなさい。仲良くしたいと思ってる」


 さっきまでのハキハキとした物言いは嘘のようにしおらしく、サンは美桜にも謝った。


「うん」


 美桜は多くは語らず、一言だけ返事した。

 

 ……はじめは俺もサンの事を知らなかった。だから突然キスされて、ちょっとヤバい子だと思った。

 でも、美桜が火薬だと思ったそれがただの乾燥野菜だったように、中身を知ってみれば、サンもただ素直ないい子なのかもしれない。


 食べ終えたカップラーメンとサンを見ながらそんな事を思う。

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