第30話 『サンと、結婚しよ』


「!!??」


 俺も美桜も驚きすぎて声にならない。

 ただ、俺は唐突に唇を奪われたまま身動きが取れない。


 ちょ、え?? 俺、はじめてなんだけど? 

 美桜とすらまだ……してないんだけど?


 突然奪われた唇はしばらく離されることはなく、柔らかな感触を押し付けられたまま10秒ほどが過ぎた。


「ぷはっ」


 女の子は息継ぎをすると、『んっ、ん、んっ』と声を漏らしながらさらに三回ほど俺の唇に自分のそれを重ねた。


 突然の出来事に、怒るでもなくただただ放心状態の俺。そしてそれを見ていた美桜はどんどんと泣き顔になっていく。


「ご……しゅじんさま……う、そ、やだ! やだやだ! 美桜のごしゅじんさまだもんっやだ、やめて」


 美桜は、俺に覆い被さったまま離れないその子を必死に離そうとしている。


 するとその子は俺の上に乗ったままケロッとした顔で、


「お姉ちゃんもこの人好きなの? サンも好き! だからちゅーした! だーいすきだからちゅーした!」


美桜に向かってそんな事を言い出した。


・ ・ ・ ・ ・ ・は?


 俺?? 唇を奪われて告白されてる??


 時を止める魔法があるなら、俺は今すぐ一旦停止したい。なにがどうなった? 意味がわからない。


 猫拾って来て、シャワー入れて、乾かして、抱っこしたらその猫が突然女の子になって、俺に抱きついて、キスをした。しかも長いキス。


 ……ウソだろおい、待ってくれ。唐突すぎる。なにそれ。美桜を連れ帰ってきた時でさえ驚いたのに、これは急展開すぎる。


 ただ、ひとつだけ分かることがある。


 今、一時停止は出来ない、早急に動かなくては、ヤバイ。


 俺に抱きつくその子は、美桜が離そうとする手も構わず俺に抱きついたまま、俺の頬にスリスリと顔を擦り付け、また俺の頬にキスをしている。……やばい、美桜が、泣いてしまう!!


「ちょ、待って。とりあえず一旦降りて」


 俺は起き上がると、その子を俺の上からそっと下ろした。


「えー。もうちょっとくっついてたい。サン、やっと人間になれたのに」


「えっと、サン? 君はサンって名前なのか?」


「え? えっと、本当は名前ないんだけど、便宜上? サンって呼ばれてた! お姉ちゃんはニィでしょ?」


 言われた途端、美桜がふるふると動揺し始めた。


「え、うそ、あれって……ただの夢じゃないの?」


 ……美桜とサンの話を聞いてみると、美桜がよく夢で見る内容と、サンの認識が一致しているようだ。


 美桜は夢の中ではいつも同じ夢だと思うのに、起きるとほとんど朧げになっていてよく覚えてはいないようだが、どうやら二人は日本とは別の場所、ネコピト王国王家の三つ子として生まれたうちの二人らしい。


 父親と母親は人間の姿をしていたので、猫の姿で生まれ、成長と共に人間の姿になるのかもしれない、と。


 ちょっと待て、唐突すぎて色々理解が追いつかないのだが。

 ならば今の美桜の姿も成長途中で、時が経てばいずれ猫耳がなくなり人間の姿になれるのだろうか?


 だとすれば……なぜ。


 目の前の、人間の姿になったばかりのサンには猫耳がないのだろうか。


 サンには猫耳はなく、人間の姿になった時点で服を着ている。美桜が人間になった時は、はじめ裸だったと言っていた。


 話し方も、美桜の方がややゆっくりで子供のような部分があるが、サンの方がハキハキと話す。


 ……そこは性格の差もあるのかもしれないが。


 とにかくサンは、サラサラのベージュのボブにブラウンのカーディガンにミニスカート、足元は靴下、美桜のように裸足と言うこともなく、なんら人間として違和感がない。もちろん耳も人間と同じ形をしている。


 そこには美桜も気付いているようだが、そこに触れると美桜を傷つけてしまいそうなので触れない事にした。


 ひとまず今、早急に問題なのは人間になってしまったサンをどうするかだ。


 え、うちで面倒見るの? 美桜もいるのに?


 さすがに女の子二人は経済的にもスペースの問題的にも無理だ。しかし今日は強い雨な上にもう時間も遅い。


 うちに泊める……他ないだろう。


 と思案していると、


——ビカッ


「きゃあ!!」

「いやっ!!」


 しばらく静かだった空がまた光ったと思ったら、二人の悲鳴と共にドドドーンと大きな雷の音がして……


 俺の両腕にそれぞれ二人が半べそ顔で抱きついている。


 俺の左腕に抱きつく美桜は、右腕に抱きついているサンを見て、また泣きそうなほどに眉尻を下げている。


「ごしゅじんさまは……美桜のなのに」


 小さな声で美桜が言う。俺も決っして他の女性に浮ついた心を抱くつもりなどない。けれどこの場合……どうするのが正解なんだ。


 美桜の妹であり、人間の姿になったばかりでさっきまでは猫だった子を、雨の中追い出すわけにはいかないじゃないか。


 いやしかし、困った。こうもしっかりと両腕を拘束されていては、なにも出来ない。

 美桜を抱きしめることも、頭を撫でることすらできない。

 いや、出来たところでサンのいる前でするのも憚られる……


 考え込んでいると、サンが話しはじめた。


「ねぇ、お姉ちゃんばっかりずるい。サンもコータのおうちに一緒に住みたい。サンもコータ好きだし人間になれたんだし! ね、いいでしょ、コータ」


「え……コータ?」

「え、なんで俺の名前知って?」


 美桜も俺も疑問の声を出した。


「え? だって、コータはコータって名前でしょ? オーラに書いてあるもん。あれ? お姉ちゃんはもうニィじゃないの? えーいいな、ずるい。サンも名前欲しい」


 ハキハキとした声でサンが話しはじめた。俺の腕に抱きつく手は離さずに。さらにサンは話し続ける。


「あれー? お姉ちゃん、コータの名前知らなかったんだ。ちゅーもまだだし、コータの裸も見てないの? じゃあさ、コータ、サンと結婚しよ?」


 あまりにも一気にあれこれ詰め込み過ぎじゃないか。俺の裸って……、確かにさっきまでサンが猫だったから風呂に入れる時に裸だったけど。


 ……そして俺の頭の中に美桜とした会話が蘇る。


………………


『ねえ、ごしゅじんさま。美桜、いってらっしゃいのちゅーしたい』


『そうか……。でも、そーゆーのは、夫婦になった二人がするものだから出来ないなあ』


『えー。そうなの? じゃあ、美桜、ごしゅじんさまのお嫁さんになりたい! 猫の耳なくなったらお嫁さんにしてくれる?』


『んー、そうだな。その時美桜がまだ俺のお嫁さんになりたいと思っていたらいいよ』


『ほんと? じゃあ美桜がんばるー!』


………………


 美桜がうちに来たばかりの頃の会話だ。その後も、



『うん。美桜やっぱり寂しい。いってらっしゃいのちゅーは……ダメだよね?』




『なあ、美桜、いってらっしゃいのちゅー、する?』

『えっ……うん。する』



 美桜からだったり俺からだったり、何回かキスする流れにはなったが、その度に俺は頬にしかしたことがない。


 今朝だって……赤い顔して目を閉じた美桜に、俺がしたのは頬。


 そしてその後美桜は…


『……美桜の猫の耳がなくなったらお嫁さんにしてね』


そう言った。


 いつも理由としてあったのは“猫の耳”


 それが……サンにはない。




「う……」


 か細い声を出しながら美桜は自分の猫耳を隠すように手で包みながら、座り込んで泣きはじめた。

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