第18話 『美桜とティーバック』


と、思ったのだが。


 美桜はすでに服を脱ぎ始めていたようで、水着姿でタオルと着替えを取り来た。


 せっかく回避したと思ったのに! 美桜は身体を見られる事が恥ずかしいと言う気持ちはやはりないようだ。


 不意打ちだったので心の準備もままならず、後ろを向くという事もできないまま、俺は美桜に釘付けになってしまっている。


 下着じゃないだけまだマシか? とも思わなくはないが、なんせ美桜の身体は破壊力がやばい。


 しかも何故か黒の水着で、なんとなく色気が増したように感じる。


「ねー、ごしゅじんさま、タオルってどこだっけ」


「ん、ああ、そこの引き出しの一番下……」


「あっここかあ!!」


 無邪気な言葉とは裏腹に、成熟し切った身体はそれだけで目を奪われると言うのに、タオルを取るために俺に背中を向け前屈みになった美桜の姿に、俺はさらにドクンと心臓を撃ち抜かれた。


 ……水着だと思ったら、下は昨日の下着屋でサービス品としてもらったTバックだったのだ。


 それに合わせるために上も黒だったのかとかそんな事、もはやどうでもいい。


 Tバックでお尻を突き出したような格好になっている美桜から視線を外せないでいた。


 これが男のサガなのかどうなのか、いや、下心など決して、やましい気持ちなど決してないと、あってはならないと、自分を必死で律する。


「み、お…… あんまりそんな格好で部屋の中、来たら、だめ、女の子なんだから……」


「えっうそ、だめ? すっぽんぽんはダメだと思ってわざわざこれ着直したのにっ」


 美桜は美桜で気を使っていたらしい。声を掛けた時にはすでにもう脱いでしまっていたのか。


「美桜、着替えは後で持ってくから、早く入ってきて」


「え、ごしゅじんさま、何か急いでる?」


 ……いつもはただ可愛い美桜の無垢なところが今回ばかりは仇となっている。


「いや、ほら、そんな格好で風邪ひいたらいけないから。早く入っておいで」


 俺も俺で、美桜の身体の破壊力がヤバすぎていろいろとヤバいなどとは口が裂けても言えない。


「ん、はーい! じゃあ、ごしゅじんさま、美桜のお着替え、よろしくお願いしまーす!」


 言い残して美桜は風呂場へと消えて行った。


「はー……ヤバかった…… 」


 なんだろう、男として喜ぶべきところだったのかもしれないが、決して興奮してはいけないというのは辛いものがある。


 一気に疲れを感じつつ、美桜が風呂場に入ったのを確認してから、俺は美桜の着替えを持って行った。



 脱衣所に美桜の着替えを置く。扉の向こうにはシャワー中の美桜。


「あわあわあわー。シャカシャカシャカー。乗っけて乗っけて、もこもこもこー」


 何やら自作の歌を歌っているようで、なんだか楽しそうだ。そこだけ聞いていると、さっきの出来事はウソのようにただ純粋無垢な子供のように感じる。


「美桜ー、ちゃんと指の間も洗うんだぞー」


「はーい! ゆびゆびゆびー 指の間ももこもこもこー」


 扉の向こう側にいる美桜はすごくご機嫌と言った様子で、自作の歌はまだ続いている。

 身体さえ見なければ、本当に子供のようだなあとさえ感じる。


 おっと、長居はまずい。さっきの二の舞になるところだ。


 俺は急いで着替えを置いてその場を去った。



 しばらくすると、脱衣所の方からドライヤーの音が聞こえる。

 てっきりまた先日のように髪の毛びちょびちょのまま出てくるかと思ったが、自分で髪を乾かしているらしい。


 いや、ちゃんと自分で出来るのか? また中途半端な感じで部屋に戻ってくるのではないか、そんな風に覚悟していたが、


「先生! 美桜、帰ってきましたー」


帰ってきた美桜は髪の毛サラサラ、服が濡れているようなこともなく、今すぐにでも布団に入って眠れるほどちゃんとしたパジャマ姿だった。


 美桜は、知らない事が出来ないだけで、意外と一度教えれば器用に出来てしまうのかもしれない。うっすらとそんな風に感じた。


「おー、美桜、すごいじゃないか、髪の毛までちゃんと乾かして!」


「へっへー! だって美桜、人間だもーん」


 ……本当に、さっきのあの色気は何だったんだろうと感じるほど、今の美桜は子供っぽい。そして得意げで嬉しそうな美桜がすごく、可愛いなと思う。


 それと同時に、こないだのように俺に髪の毛を乾かされながら寝てしまうような、あの感じはもう味わえないのかと、少し寂しく感じたりもするのだった。


「さすがだなー美桜。そんな美桜に、今日もご褒美買ってきちゃったんだが。さすがに三日連続はやりすぎかなあ?」


「え、なになに!?」


「これ、風呂上がりのアイス! 今日はハーゲンダッチ。一日目のアイスよりいいやつだ!」


「え、アイスのいいやつはパフェじゃないの?」


 美桜はキョトンとした顔だ


「パフェはアイスの豪華なやつ、これはアイスのいいやつだ! 違いがわかるかな?」


「アイスも奥が深い……!!」


「まあ、食べてみたら分かるよ。チョコ味とイチゴ味、どっちがいい?」


「え、味が違うの?? ……困った、美桜選べない、どっちも食べてみたい……うーん!!」


 美桜は猫耳を下げてすごく難しい顔をしながら悩んでいる。そんな美桜をもうしばらく眺めていたくなったが、それも意地悪かなと思い提案する。


「じゃあ、チョコとイチゴ、半分ずつにしよっか」


「えっ??」


 俺はお皿を持って来ると、チョコ味とイチゴ味、両方を半分ずつ取り分けた。


「どーだ、ハーゲンダッチスペシャルだ! 両方の味が楽しめる特別バージョンだぞ」


「うっわー! やったあ!」


 美桜は目をキラキラとさせて喜んでいる。そんな美桜の顔を見て、俺も嬉しくなってしまう。


 いや、しかし。いくら美桜が可愛いからって三日連続でご褒美はやりすぎかなぁ。明日からは少し自制しなくては。


「まあ、今日は美桜がひとりでお風呂入れた記念のご褒美な。でも、あんまり毎日は良くないから明日はなしだ。期待しないように!」

 

 残念がるかなと思いながら、念のためそんな事を言ってみたのだが。


「うん! わかったあ! 美桜、ごしゅじんさまといられるだけで幸せだから、これ以上続いたら幸せすぎて大変になっちゃうとこだったからよかった。 でも、ごしゅじんさまがご褒美くれるの嬉しいから美桜、ご褒美の時はいーっぱい味わって食べるね!」


 美桜は笑顔いっぱいでそう言うと、無垢な子供のような顔をして幸せそうにアイスを食べ始めた。

 

 本当に美味しそうに食べるなあ……と、美桜が食べる姿に一瞬見惚れてしまう。


「そうか。そう言ってくれると俺も嬉しい」


 美桜の笑顔を見ていると、俺の方まで嬉しくなって来る。仏頂面だとか怖そうだとか散々言われてきたけど、俺もこんな風な気持ちになれるんだなあと思ったりなどする。


「ねぇ、ごしゅじんさま、これすごいね。チョコ味と、イチゴ味と、イチゴチョコ味が食べられるね! 二つの味で三つの味を楽しめるとか、すごいね!」


 美桜はそんな事で喜んでくれるのか。


「あはは、そうだな」


 美桜はすごく笑顔だ。……多分、俺も、今笑顔なんだろうな。珍しくそう思った。


「あー美味しかったあ! ごしゅじんさまありがとうっ」


「喜んでもらえて何よりだ。それより美桜、ここ、アイスついてるぞ」


 思わず美桜の口元についているアイスを拭い取ろうと、手を伸ばしてしまった。俺の親指に触れられて、ぷにっと形を変える柔らかい唇……


 そしてその美桜の口元から拭い取った親指のアイスを、なんの気無しに俺は舐めた。舐めてから、あ、これって……一種の間接キスか? と思ったのだが、


「え? ごしゅじんさまも、ついてるよー?」


そう言う美桜も、俺の口元に手を伸ばし、俺の口元についたアイスを拭い取ると、その指をペロリと舐めて微笑んだ。


「う……」


 なんだよ、これ。間接キスのお返しかよ。


 自分からしたクセに、腹の中がむず痒くなった。


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